“水道坂のプラネタリウム”の名で親しまれた和歌山市鷹匠町の「和歌山天文館」で12月11日(土)、最後の投影会が開かれる。天文教育の普及に尽力した故高城武夫さんが1959年に私費で建設。81年に閉館したが、県内の天文研究者でつくる「和歌山星空再発見プロジェクト」が保存活動を展開していた。投影会は、プラネタリウム本機が和歌山市立こども科学館へ移設・保存されることが決まったためで、同プロジェクトは「星を眺めながら、高城さんの功績を振り返ってもらいたい」と話している。

       
 和歌山天文館は、大阪市立電気科学館(現大阪市立科学館)で初代プラネタリウム主任を務めた高城さんが「和歌山の人に天文の魅力を知ってもらいたい」と自らが設計施工した。全国5番目のプラネタリウムとして注目を集め、県内の小学生らが見学に訪れた。
 プラネタリウム本機は、穴をあけた半円形の板金を内側からランプで照らし、亜鉛鉄板のドーム天井一面に星空を再現するピンホール式。愛知のアマチュア天文家、金子功さんが開発したもので、映し出す星は約3000。現存するものは国内にわずかという。
 高城さんは、館長として子どもたちに天文の魅力を語りながら、『天文教具』や『プラネタリウムの話』など著書を多数出版。教科書の監修に携わるなど天文教育の普及につくし、74年に県文化奨励賞を受賞している。和歌山星空再発見プロジェクト代表でみさと天文台研究員の豊増伸治さんは「高城さんは研究機関に所属しなかったが活動や知識は本格的で、今はいないタイプ。プラネタリウムをみても、そのセンスと、天文普及にかける熱意には圧倒されます」
 同館は1981年、プラネタリウム施設を備えたこども科学館の開設とともに閉館した。以後、老朽化が進み、顧みられることが少なかったが、2000年に「和歌山星空再発見プロジェクト」が調査をスタート、高城さんの功績を再評価するとともに館の保存活動を展開した。県や和歌山市に館の保存を訴えかけ、プラネタリウム本機がこども科学館に移設、保存されることになった。
 投影会は移設前に「もう一度だけ和歌山天文館で投影を」と企画した。豊増さんは「高城さんの熱意を引き継げていないのが残念。顕彰の意味も込め星を映し、保存につなげたい」と願い、「昔の館の様子を知っている人に来てもらい、当時の様子を教えて欲しい」と呼びかけている。また、高城さんの二女、桑野まりさんは「最後に華やかに星を映せ、建物も父も喜んでいると思います。星を映す時に流すストーリーを父と一緒に録音したことを懐かしく思い出します」と喜んでいる。
 投影会は11日の日没後に実施予定。問い合わせはみさと天文台内同プロジェクト(073・498・0305)。
 また、こども科学館は12月25日(土)から来年(2005年)5月15日(日)まで特別展「高城武夫と旧和歌山天文館」を開く。問い合わせは同館(同432・0002)。

写真上=和歌山天文館のピンホール式プラネタリウム、写真下=開設時には子どもでにぎわった天文館)