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【社説】

<虐待なくすために>(3)保育に志抱ける環境を

 高知市中心部の保育園で園長をしていた前野當子さんが、沢田敬医師と出会ったのは二十年ほど前の園長会での講演だった。

 当時、複雑な事情を抱えた家庭の子どもが増えていた。心のもやもやが、園での乱暴な言葉やふるまいという形で噴き出していた。

 その後、仲間の保育士と沢田医師との勉強会を重ねた。子どもには「甘え」を受け止めてくれる存在が必要。もし親の心が弱って受け止められない状態ならば、親も支えてあげた方がいい-。そんな話を聞くうち、「(園にとっての)困った保護者」は、困り事を抱えた一人の人間だと想像できるようになった。

 「親なのに何でこんなことができないの」といういら立ちが、「しんどい中で、よう育ててきたね」という共感に変わると、保護者の方から悩み事を打ち明けてくれるようにもなった。

 いつもミニスカート、ハイソックスで一歳の子どもを預けに来る若いお母さんがいた。下にはゼロ歳児もいた。園を出てから翌朝登園するまでおむつが交換されていない日が続き、見かねた前野さんが家を訪ねると、こたつに電気が入っておらず、食べ物はふかしたイモしかなかった。生活保護の申請に付き添った。

 子どもの父親は家を出ていたが、三人目を身ごもっていた。園に来なかった日に家に行くと、自宅で一人で出産していた。赤ちゃんは低体温症で「菜っ葉色」になっていたが、救急車を呼び一命を取り留めた。

 その後、生い立ちを打ち明けられた。母親はアルコール依存症で自分もお風呂場で産み落とされたこと。施設に預けられたが、家に戻った後、よくたたかれたこと。子どもが卒園するときには「先生がお母さんだったら良かったのに」と抱きつかれた。お母さんは現在、三人目は里子に出しているが二人は自分で育てている。

 前野さんは十年前に定年退職し、沢田医師とともにNPO法人「カンガルーの会」で虐待予防に取り組む。保育園でも研修会をしているが現場のあまりの忙しさが気掛かりだ。

 国会では幼児教育・保育を無償化するための子ども・子育て支援法改正案が九日、衆院を通過。これから参院での審議が始まる。「無償化よりまず、受け持ち人数を減らし、保育士が志を持って子どもや親に向かいあえる余裕が必要」と前野さんは話す。

 

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