• 日本赤十字社 社長からのメッセージ

日本赤十字社 社長からのメッセージ

日本は奇しくも原爆投下と福島第一原発事故という二つの重く辛い原子力災害の経験をした唯一の国となりました。その日本が身を持って言えるのは、被災者の立場からみれば、両者の人道的影響に共通点があるということです。68年前、日本赤十字社は広島、長崎の原爆犠牲者の救護に活躍し、その後、原爆症治療を目的として、それぞれの地に原爆病院を設立し、現在に至っています。そこで得られた知見は、チェルノブイリ原発事故の救援で生かされました。

福島の事故が起こったとき、日本では原発の安全神話が広がっていたために、国民も、また原発周辺の住民も、事故が万が一起きた際の影響や対処については十分知らされていませんでした。日本赤十字社も原子力災害を想定した救護班の装備や安全基準の用意がなかったことから、原発事故発災当初の救護活動では、一時的な制約が生じました。
その後、必要な対策を早急に講じた結果、約半年間にわたり、日本赤十字社は、原発から約60キロ離れたところにある福島赤十字病院をはじめ、他の赤十字病院から動員した救護班が避難者の救護や心のケアに従事することができました。そして、現在も、避難を余儀なくされている被災者の方々への支援に引き続き尽力しています。
被ばくの可能性がある環境で活動する救護員の安全確保について、日本赤十字社は急遽放射線防護基準を決め、福島県で活動する要員には自前のオリエンテーションを行い、各自に個人線量計を携行させて、絶えず放射線量を計りながら活動しました。こういった救護活動を行う上での職員の安全確保のための処置の重要性を再確認しました。

今回、救護にあたって問題となったのは、当局による事故の実態把握が困難だったことと、その結果としての情報が不足したことでした。放射線の影響が及ぶ範囲、人体、食品、飲料水、環境などへの放射線の影響について、異なった情報が入り乱れ、それが地域住民はもとより、広く日本国民や海外にまで混乱を引き起こし、風評被害が様々な形で現れました。

内外の赤十字関係者は、国のエネルギー政策を左右する極めて政治的な問題である原発の存廃について、その賛否を表明する立場にはありません。しかしながら、およそ30カ国が400基を超える原発を保有し、新たに原発の導入を計画している国もあるという現実のなか、保有国が不測の事態に備えることは、自国の国民のためばかりでなく、周辺国に対して、そして国際社会に対しての責任であると考えます。自然が人間の想定を超える猛威を奮い、また、原発を狙ったテロの危険も否定できない中で、安全神話がもはや通用しないことは明らかです。

それでは我々赤十字にできることは何でしょうか。まずは、原発保有国のそれぞれの社がすでに持っている自社の経験やノウハウを見直し、また自国の救護対策などについての情報を入手し、それを各姉妹社でシェアすることです。そして、自国民はもとより広く海外にも必要な情報を提供することが大事であります。原発事故の影響は国境を越え、自国だけで解決できるわけではありません。日本政府の事態の認識不足や情報の発信不足に対し、海外からの批判もありました。その反省から、原発事故への対応は、常に国際的なコンテクストで考えなければなりません。そして、原発事故が発生する前にできること(preparedness)、事故発生後にできること(response)、将来の再生に向けてできること(recovery)についての議論を深めることが大切です。私は、草の根に展開する赤十字・赤新月のボランティアのネットワークは、住民に放射線の障害に対する正しい知識と備えを伝え、事故が発生した際に「正しく恐れる」心構えを広めるうえで、重要な役割を果たせると確信します。

私が会長を務める国際赤十字・赤新月社連盟は、2011年(平成23年)に開催された総会において、原子力災害対策を強化することをうたった「原子力事故がもたらす人道的影響に関する決議」を採択しました。これを踏まえ、日本赤十字社は、福島第一原発事故から得られた教訓や知見を情報発信し、ゆくゆくは、国際赤十字・赤新月社連盟や関係各社と連携しながら赤十字・赤新月共通のガイドラインを作成し、姉妹社や他の救護団体に貢献したいと考えます。

こうしたことから、赤十字原子力災害情報センターが、原子力災害における人道的支援において、過去から学び、現在の課題に立ち向かい、将来の課題に備えるためにお役にたてることを願っております。

日本赤十字社 社長
近衞忠煇

日本赤十字社 社長

近衞忠煇