大げさではなく、彼のクローザー人生が懸かったマウンドになる。僕はそう思って、9回の鈴木博を見ていた。2点差で2番・青木から始まる打順は、あの男に回ることを意味していた。1死から山田哲に中前打を許してバレンティン。捕手のサインを見る鈴木博の右肘は、肩と同じ高さまで上がっていた。
「中途半端なことはやめて、走者がいないときと同じようにいこうと変えたんです。はい。気持ち、入ってましたね」
あこがれのキンブレル(レッドソックスからFA)で有名な「スパイダーアーム」。打者を威圧するかのように、腰を深く曲げ、肘を上げて投げる球を決める。今季から取り入れたのだが、本家と違い、走者がいるときにはけん制などに支障があるため、通常のポーズに戻していた。それをやめ、この日は全球「スパイダーアーム」。バレンティンを151キロで三ゴロに打ち取った。
4番に弱いクローザー。昨季の彼にはそう呼ばざるを得ない数字が残っている。打順別で4番は最悪の打率4割5分5厘、4本塁打、10打点。今季もDeNA・筒香に右前打、広島・鈴木には死球と抑えてはいなかった。これを相性とは言わない。残念ながら飲まれていたのだ。中でも最もやられた4番がバレンティンだった。5月3日には同点弾、8月12日には逆転弾を浴びるなど6打数4安打3本塁打。この男を抑えずして彼のクローザー襲名はない。
「ずっと悔しい思いをしていたので。でも、まだ始まったばかり。何試合もやりますから。ここからです」
ホッとはしただろうが、勝ったとは思っていない。次はバレンティンも目の色を変えてやってくる。それがプロの対決だ。クローザーとはなんぞや。禅のような質問に、岩瀬仁紀さんはこう答える。「メンタルです。それに尽きる」。鈴木博には常時150キロ超のスピードと、球界屈指のカットボールがある。足りなかったのは折れない心。鉄の心臓。4番を、バレンティンをねじ伏せてつかんだセーブは、大きな一歩となるはずだ。