今回は男女観から観た僕のイギリス見聞録。
僕が留学していたロンドン大学の School of Oriental and African Studies (SOAS)は、その名が示すとおり、イギリスにおけるアジア・アフリカ研究の拠点であった。したがって、たくさんのアジア系留学生、アフリカ系の留学生たちがイギリス人に混じって暮らしていた。当然、日本人も多くいた。僕もそのひとり。雨の日も風邪の日も大学へ通い、難解な講義に辟易、疲労困憊、指導教官に会い叱られ、そして夜更けまで図書館のCフロアで勉強した。
でも、そればかりではない。ずいぶんと青春謳歌もした。友人たちとパブに通い、プール(日本で言うビリヤードのようなもの)に興じ、時の経つのも忘れ、思い思いの哲学談義に明け暮れた。しかし、結局のところ、男たち-----とはいってもいつも同じアジア系の民族同士が集まるのだが-----が行き着く先は、きまって女の話。ジェニファはおっぱいがでかいとか、スーザンは尻がいいとか、いやいや、話はさらに進む。ここには到底書けないような淫らの極みまで墜ちてゆく。酒の酔いにまかせて、そこはかとない淫靡の世界が夜明けまで展開することもしばしば。そして、それぞれの塒へと離散してゆく。
男たちはいつもこうであった。どうやら世界共通なようだ。でも僕たち日本人を含むアジア系の人間は特にその傾向が強い。それはなぜか!
つまり、もてないのである。
英語がへたなのでイギリスの女たちを口説けない、というのがいつもきまって自分たちの勝手な言い訳だった。でもそうじゃない。ホントのところは、イギリス男の美形に太刀打ちできないのだ。英語ができないうえに貧相なルックスが災いして、とにかくもてない。そこへいくとイギリス男は美形が多く、話もウィットとユーモアに溢れ、女を惹き付ける。
ああ、悲しきかな、日本男児たちよ!
日本人女たち・・・まったく事情が違った。とにかくもてた。イギリスへ渡ってきた女たちはひと月も経たないうちにイギリス人の恋人をつくる。極めて遺憾であった。イギリス在住9年、なぜ日本の女たちがもてるのか考え続けたが、分析できずに終わった。帰国後18年の歳月が流れた今でもその論理的背景を構築できない。しかも、組み合わせが今もって不可解。イギリス男はきまってイケメン。日本人女はきまって****(コトバにできません)。もてない日本人男にとっては羨ましい限りであった。
ただひとつ。これは研究報告ではなく、もてない日本人男に共有されるやっかみ半分のイギリス男女観であるが、イギリス男と日本女の取り合わせには、確かなひとつの傾向があった。まず、日本女に惚れるイギリス男は5つ星の美形だが、芯のないひ弱な輩が多い。ことばではなかなか言い表せないが、一言で言うと、イギリス皇室のウィリアム王子のようなタイプ。逞しさを欠落させ、いつも受け身で、力強く女を引っ張ってゆくような輩ではなく、慢性個性欠乏症候群を患っている。
やつらは、イギリス女にもてないのである。眩いばかりの外観と一連の優美さを共有しているのに、である。
続いて、イギリス男にもてる日本女の傾向。
彼女たちは、まず日本ではもてない。****なうえに自国文化非適応症候群に罹患している。いわば日本では叶えきれない夢と希望をイギリスに求めて海を渡った。そして、彼女たちは勝ち組になった。
われわれもてない日本男たちは、本来、自己憐憫を優先させるべきであるが、もてないイギリス男ともてる日本女に同情の念を抱くことによって、おのれの慰めに換えた。
哀れなり、日本男たちよ!
所変われば品変わる。もてない男たちは、やがて学位をもらって偉くなる。そして、慣れ親しんだイギリス国を後にし、古里日本へ。僕の知る限り、同期の友人たちは皆、日本人の女を嫁にもらい、子宝に恵まれ、仕事と金を得、それなりに平穏な日々を送っている。
イギリスでもてた女たちは今どうしているのだろうか。
その消息を僕は知らない。

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