電車の中からインターネットにつながると,人はこんなにも驚くものか!――成田エクスプレス(NEX)に乗った時のこと。通路をはさんだすぐ斜め前に座った外国人が,ノート・パソコンを広げた。仕事でも始めるらしい。彼は無線LANの電波があることに気が付いたようだ。ネット接続の画面を操作して,IPアドレスを自動取得したと見える。続いてブラウザを開く。「ウワォ!」。

 突然,彼は大声を発した。彼のノート・パソコンの画面には,スタート・ページに設定していたであろう検索サイトが現れてきた。そう,彼は予想もしなかったことに,NEXの中からインターネットにつながってしまったのだ。

 私は,NEXでの無線LANを利用したインターネット接続実験の開発に参加した。だから彼のパソコンがどうなるかの予想はついたのだが,それでもびっくりするような彼の叫び声だった。接続サービスを使った人にこんなにも喜んでもらえたことを目の当たりにし,とてもうれしく思ったことが忘れられない。

 ここで,この実験の概要を簡単に説明しよう。NEXでのインターネット接続実験は2002年5月27日から7月31日まで,日韓両国で開催されたサッカー・ワールドカップと横浜でのIETF開催に併せて実施された。「誰もが簡単に,列車の中でもインターネットができる」がキーワードだ。

 実験で利用した各種通信機器は,NEXのグリーン車すべてに搭載し,車内では無線LAN(IEEE802.11b)を利用して車内情報提供サーバ(*)へのアクセスやインターネットへの接続ができる。列車の通信機器とインターネット接続には,第三世代(3G)携帯電話を利用した。もちろん,IPv6インターネット接続もトンネリング接続により可能にした。

 また,同時に成田空港内でも無線LANでのインターネット接続実験も行われたので,空港に降り立ってからNEXで目的の会場に移動するまでの間,まさに,いつでも,どこでもインターネットを利用できる環境にあったのだ。

 今回の実証実験は多くのメディアで取り上げられたこともあり,反響も大きかった。また,実験に協力いただいた各社のご支援のおかげで,無事に実験を終了することができた。とはいえ,列車内への通信機器設置と運用には苦労した。特に運用にはずいぶん気を遣った。

 その代表例として,搭載機器の稼動確認がある。稼動確認は車載サーバーからの定期メール送信(Aliveメール)で行ったが,まれに不着となることがあった。この定期メール不着現象を,機器故障のためか,該当車両が3Gの電波が届かないところに行ってしまったのか判別できなくなる事があった。

 というのも,悪天候や車両故障などにより運行車両が急遽変更になるからで,成田空港駅でのメンテナンスでも,目的の車両が来なかったり,来ないと思っていた車両が突然に現れたりで,長時間の待機を強いられることもあった。当時,ワールドカップ開催で成田空港駅は厳重警戒下にあり,ノートPCを持ちながら長時間ホームにたたずんでいる姿はかなり怪しく見えたらしい。そのため,運用メンバーが警備員に尋問されることも…。

 このように,電車のような移動体に搭載される通信機器の運用・管理には,車載機器の位置をリアルタイムに把握する仕組み,例えば,GPSのような仕組み必要であろうと思う。しかし,列車はトンネルや地下ホームなど,電波が届かない場所に長時間いることも多く,GPSだけではなかなか厄介となる。今後,さらなる検討が必要だろう。

 今では,列車内からのインターネット接続実験はNEX以外にもすでにいくつか始まっている。今後,インターネット接続やコンテンツを提供するようなサービスが実現するものとを期待している。

 その際,ユーザ端末の電源を入れれば簡単にネットワークに接続して,楽しい旅のコンテンツを楽しんだり,家庭内の各種機器を操作したり…。また,列車を降りても,インターネットで情報検索や観光地情報を手に入れられると便利だろう。そう考えると,IPアドレス自動設定やモビリティ機能を持つIPv6の出番なのかなと思うのだ。

 それを実現するには,携帯電話のように狭い列車内でも端末の取り扱いが楽で,操作性よく,また,メール作成や資料作成,そして,コンテンツ鑑賞もできる大きな画面を持ちうるPDAが今のところ最適だろうと思っている。従来,家庭やオフィスに限定されたインターネット利用が,誰もがどこでも簡単に,それも高速移動しながらでもできる時代が近づいている。この実験から,そんな具体的な形が見えてきたように思う。

 とはいえ,電車からのインターネットアクセス実現には,前述の運用上の問題のほか,インターネット接続回線の帯域不足,高速移動中の接続性確保,そして接続回線のコストなど,クリアすべき課題がいくつか残っている。

 ところで,3月14日~16日にパシフィコ横浜で開催された「Net.Liferium2003」のIPv6 TOWN内では,「くらしに広がるインターネットを体験してもらう」というコンセプトのもと,上記実験も展示・紹介をした。来場者はお子さん連れの家族が多かったが,「新幹線でも同じサービスをやって欲しい」「外出先からも家庭内の機器操作や子供部屋の様子をモニターできると便利」との声が多く聞かれた。

 一般のユーザ向けにインターネットが基盤となる生活を紹介する機会はまだまだ少ない。そのためには,家庭内のさまざまな状況でインターネットを利用できる「モノ」が沢山必要になると思う。今後もいろいろなインターネット環境作りを通して,インターネットの普及,IPv6の発展に寄与できればと思っている。



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庄司靖久
 2000年中央大学理工学研究科 博士前期課程物理学専攻修了後,同年三菱電機情報ネットワーク入社。2002年,成田エクスプレスでの無線LANインターネット接続実験に参加し,列車からのインターネット接続とIPv6の世界に初めて触れる。現在は,WIDEプロジェクトの商用インターネット接続実験(dix-ie)の分散拠点運用に参加している。