サバイバル・オブ・ザ・モモンガ   作:まつもり
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第二十話 転機

頭の芯が微熱を持ったような不快感と共に、ンフィーレアは家路についていた。

 

今日も朝から夕方まで、魔術の師匠が開く私塾で勉強をしていた。

王都に来てから既に半年は過ぎただろうか。

 

住んでいる家にも魔術を学ぶ毎日にも既に慣れたが、言い方を変えれば、慣れてしまう程に変わり映えのない毎日という事だ。

白い髭を蓄えて、様々な星座を白い糸で刺繍した如何にも魔術師らしいローブを着ているンフィーレアの師匠は、口癖のように言っている。

 

魔術とは遠大な学問だ。

膨大な既存の知識を学び、常に新しい知恵を模索し続けて尚、魔術の深淵にはまだ遠い。

 

何十年という月日を魔術と向き合い続け、ようやく大いなる魔術師への道が開けるのだと。

 

師匠はンフィーレアには才能があると言っていたし、彼も自身が同年代の子供と比べて早く第一位階を使いこなせる真の魔術師へと近づきつつある事は自覚している。

 

だけれど、幾ら才能があると言われた所で、数年の修行で何千枚もの金貨を自分で稼ぐ英雄になれる程の可能性が自分にある訳ではない。

 

この先、どれほどの修行を続ければ自分の望みは叶うのだろうか。

いや、そこに行き着くまでに自分の才能の限界に突き当たってしまう可能性の方が高いかも知れない。

 

師匠、同じ塾で学ぶ生徒、街の人々。

ンフィーレアは王都で暮らす中で多くの人々と接し、努力だけでは越えられない自分の限界に気がつき始めていた。

 

(普通の修行をしていても、手が届くのは普通の成功だけ、なのかなあ)

 

そんな鬱々としたンフィーレアの思考は、聞き覚えのある声によって遮られた。

 

『ンフィーレアか? そろそろ王都に帰る。 今日は変わった事はなかったか?』

 

幾度も経験している自分の頭の中に声が響く感覚。

モモンガが遠く離れた相手に声を伝える魔法、《メッセージ/伝言》を用いて話しかけてきたのだ。

 

この魔法で会話するときは実際に声を出さなければならず、人目がある中での会話は不自然だ。

慌てて路地裏に入ると、ンフィーレアはモモンガの声に応答する。

 

『問題ありません。 帰るのは何時頃になりますか?』

 

『そうだな……、多分後、二、三時間という所だろう』

 

モモンガは時折、ンフィーレアを残して経験値稼ぎの為に王都の外へと出かけているが、ンフィーレアには外出の理由までは伝えていない。

 

しかしながら今のモモンガにとって、この世界における唯一の協力者という以上に重要な存在となったンフィーレアの近況を知る為に、モモンガはこうして一日に一度は《メッセージ/伝言》を使って連絡をとっている。

 

ンフィーレアのみが依頼書に触れる事で、依頼書を使用可能にする事が出来る現象について、当初はモモンガも判断に迷っていたが、その後のふとした世間話の中でンフィーレアが自分のタレントについて言及したことにより、モモンガは明確な仮設を立てる事が出来た。

 

この世界の人間特有の能力と思われるタレント。

ンフィーレアのそれは『あらゆるマジックアイテムを使える』という極めて強力なものであり、それが依頼書に作用したのではないかと。

 

依頼書も一応はマジックアイテムの一種ではあるし、ンフィーレアのタレントの対象となる。

この世界では使えないマジックアイテムと、条件に関わらず『あらゆるマジックアイテムを使える』というタレント。

 

この相反する両者がぶつかり合い、タレントの方が打ち勝った。

ンフィーレアのタレントが、本来誰にも使えないアイテムを使用可能にするという驚異的な効果を発揮した。

 

今のところモモンガは、そう結論づけている。

 

そうなると唯一無二のタレントを持つンフィーレアをモモンガは失う訳にはいかなくなり、こうして遠征中にも頻繁に連絡を取り合っていた。

 

『今日、帰った後に渡したいものがあるんだ。 ………君の目的を果たすのに、役立つものだと思う。 それが何かは帰るまで秘密だけれどな』

 

その言葉を伝え終わると、モモンガは返事も聞かずに伝言の魔法を解除する。

目的も告げずに遠征に出かけたり、以前二回だけだが妙な紙を渡してきたりと、何かと怪しげなモモンガが言う、役に立つもの。

ンフィーレアは一抹の不安を抱きながらも、仕事帰りの人々でごった返す街中を再び歩き出した。

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

家に帰り一息ついたあと、モモンガがアイテムボックスから取り出して見せたのは一冊の本だった。

 

「この本は、私が昔手に入れたマジックアイテムでな……、修験の門という。 簡単に言うと、修験者(モンク)となる為の道筋を示してくれるアイテムだ」

 

その正体はユグドラシルにおいて新たな職業につくために必要とされる転職アイテムだ。

ユグドラシルではファイターやモンク、レンジャーなどの基礎クラスへの転職アイテムは非常に安く、修験の門も店売り価格は金貨三百枚程。

 

流石にこの世界に来てから半年以上の期間を過ごしたモモンガは、人間やモンスターは基本的には非常に低レベルであると理解していた。

とは言えあくまでも知識があるのは王国という限られた地域でしか無く、殆ど情報のない秘境に乗り込む程には慢心していない。

 

だが街道や人里から少し離れた平野部や小さな森なら、今のモモンガでは太刀打ち出来ないモンスターに遭遇する可能性は低い。

近頃のモモンガは人類の生活圏から離れて、以前よりも大胆に狩りをする事が多くなっていた。

 

この世界に来てから倒したモンスターは、既に百体を軽く超えただろう。

今のモモンガのレベルは8。

この世界の人間の基準ならば非常に限られた才能を持つものしか行使出来ない、第二位階魔法に手が届きはしたが、素直に喜べる事ばかりではない。

 

レベルが高くなる事に次のレベルへと上がる為に必要な経験値は徐々に増えていくし、この数ヶ月間の遠征にしても、自分の手に負えないようなモンスターに遭遇してしまう事も幾度かあった。

 

このままのやり方でレベルを上げるのは、いずれ限界が来るだろうし、その訪れは自分の死を意味するかも知れない。

 

依頼書はゴーレムを出現させた時以来使ってはいなかったが、やはり決められたモンスターを、予め知らされた場所に出現させる事の出来る依頼書は経験値稼ぎに何としても利用したい。

 

だがンフィーレアに、依頼書の効果を知られれば、彼は決して協力してくれなくなるだろう。

ゴーレムを出現させた時にだって王都の警備兵に死者が出たし、これから依頼書を使用する時は、出来るだけ人里離れた場所にモンスターを出現させるつもりだとは言え、取りこぼしたモンスターが人間に危害を加える可能性はある。

 

 

だからンフィーレアに一刻も早く冒険者になってもらい、旅の途中で上手く誤魔化して依頼書を使用可能にしてもらう。

そして自分がその依頼書をンフィーレアの知らない所で使い、知らない所で出現したモンスターを討伐する。

 

それが現在のモモンガの計画だった。

 

しかしンフィーレアが魔法を習得するのを待っていては何年掛かるか分からない。

彼の話が正しければ、第一位階魔法一つを使うのにさえ、数年の修行期間を要し、新しい魔法を習得するのにもまた勉強が必要だというのだ。

 

アンデッドとなり時間の流れを気にする必要は薄くなったモモンガではあるが、目の前に更に効率的にレベルを上げる手段があるのに待たされ続けるのは限度がある。

 

全てのマジックアイテムを使用出来るンフィーレアならば、あるいはユグドラシルの転職アイテムを使用出来るかも知れない。

リイジーという裏切れない理由がある相手とは言え、ユグドラシル製のアイテムを使用させることに躊躇の気持ちが無い訳ではなかったが、もしユグドラシルのアイテムを使用させる事で手軽に強くさせる事が出来る可能性があるなら、その見返りはあるだろう。

 

そして転職アイテムを使用したンフィーレアを観察すれば、現地人が更なる強さを手に入れる為の仕組み、ユグドラシルと同じようにレベル制が適応されているのかどうか、そして成長に限界はあるのか、という情報を得ることにも繋がる。

 

それらの事情から、モモンガはンフィーレアに修験の門を渡すことを決めた。

ちなみにこの本であった理由は、多くの知識を得る必要が無いと思われる戦士職への転職アイテムの中で、修験の門が一番安かったからだった。

 

 

だが、差し出された本にンフィーレアは怪訝な表情を浮かべる。

 

「昔って……、初めて会った時に、最近自然発生したばかりだって言ってませんでした?」

 

「………言ったな。 すまない、あれは嘘だ。 本当はかなり昔に生まれて、色々な場所を旅していたんだ。 初対面の君に、全ての事情を話すのは躊躇われたのは分かってくれるだろう?」

 

「まあ、薄々そんな感じはしてましたけど、そんなあっさりと言われても……。 別にいいですけど。 モンクとなる為の道筋を示すって事は、修行の方法を纏めた本って事ですか? 今魔法の修行をしているので、他の事に手を出すことはあまりしたくないんですが……。それに僕は体格も良くないし、喧嘩すらしたことが無いですし……、絶対モンクには向いていないと思うんですが……」

 

そう言いつつ、ただ突き返すのも悪いか、と思ったンフィーレアはモモンガから本を受け取り、適当なページを開こうとする。

 

真新しい紙の匂いと共に本が開かれ、そこに書かれた見覚えの無い文字が目に入った瞬間……、突如として本全体が光輝いた。

 

それは以前ンフィーレアがモモンガに渡された紙と同じ光景。

ンフィーレアは思わず本から手を離したが、本は重力には従わずに元の位置に浮かび続けている。

 

発光はゆっくりと大きくなり、やがて本があった場所には眩い白い光しか見えなくなる。

 

その間僅か数秒ほど。

 

やがて光が急速に収まると既に本は消えており、モモンガ達が住む古い家は元の薄暗さを取り戻した。

 

「何です、今の……」

 

「い、いや、私にも分からん。 今のような光景を見たのは初めてだ。 ……な、何か変化は無いか? 例えば具合が悪いとか、逆に力が湧いてくる気がするとか……」

 

「いえ、特にそんなことはありませんが……」

 

暫く修験の門に起きた現象について二人で話していたが、何の変化もンフィーレアに齎さなかったという結論に落ち着いた。

 

(やはりそう上手くは行かないか……。 仕方ない、やはり焦らずに気長に待とう)

 

モモンガはため息をつくと、遠征による気疲れを癒すために寝床に横たわる。

 

ンフィーレアはモモンガの過去について色々聞きたい事もあったが、自分達の関係を考えるとあまりしつこく問いただすべきではないと考え直した。

 

(結局どんな本だったのかは分からないけど、魔術師以外の道を勧められるなんてね……。 僕に戦士は絶対向いていないのに)

 

でも、とンフィーレアは思う。

もし魔術師以外の才能が自分にあれば、それでも僕は魔法を学び続けるだろうか、と。

 

自分が魔法を学ぶのは、あくまでも強くなる為の手段としてであって、師匠のように魔法そのものに魅せられているわけではない。

 

もし他に強くなれる方法があるなら……。

 

(いや、意味の無い事を考えるのはやめよ……)

 

ンフィーレアは横たわると、日中に酷使した頭が求めるままに深い眠りについた。

 

 

 



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