『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』を見ました。公式表記ではスターとウォーズの間に中黒が入るようだけど、以後は書きなれた表記で書いていきます。
俺はあまりスターウォーズシリーズの熱心なファンではなくて、
「オタクの基礎教養として一応見とくか」
「見る前にネタバレ食らっててもいいや別に」
くらいのノリで、新作が出たらぼちぼちレンタルで見ることが多く、今回もそうなりました。
公開後、色々批判されてた理由を実際に見て確かめることができましたよ。
「宇宙空間なのに重力が存在していて、爆撃機から投下された爆弾が落ちていく」
「レイアがフォースの力で宇宙遊泳しちゃう」
これらは散々ツッコミを食らっていた点ですが、俺の期待値が低かったせいか前評判ほど気にならなかった。
かなり有名なネタで、事前に知ってたせいか、心理的な免疫ができていたという影響も大きい。
前者については、
「どうせ重力制御か何かで爆弾を落としてるんだろう。みんな宇宙船の中をふわふわ浮遊せず、床を歩いてるくらい、この世界では重力制御がメジャーな技術みたいだしな」
と脳内補完し、後者に対しては、
「また設定改変か。フォースの力で可能な範囲、ずいぶん広がったな」
という感じでした。今までもミディ=クロリアン(フォースの力を使うために必要な先天的適正みたいなもの)とかいう設定が急につけたされて、
「修行すれば誰でもジェダイの騎士になれるんじゃなかったの!? 何だよ、この後づけ設定は!!」
こんな風に荒れたりしてましたし。
でもね、ハイパードライブ(ワープ)機能を使って特攻したら、物凄い破壊力を出せるという描写は明らかに駄目だろうと思いましたよ。
これは視聴前にある程度のネタバレをあえて食らうことによって、俺にできていたはずの心理的な免疫すらぶち抜いてきた。
こんな攻撃が成立するなら、もう敵も味方もワープして特攻しちゃえばいいじゃんってなっちゃいますもの。
いや、そもそも人が乗った宇宙船を特攻させる必要がない。ワープできるミサイルなり無人機なりを作って、それを撃ち合っちゃえばいい。
SWに限らず、SF作品において「ワープの攻撃への転用」という描写には、作り手がリミッターかけておかないと戦闘面のバランスが崩壊する。
視聴者から「合理的に考えて○○すればいいじゃん」と言われても、あえてそれをしない心意気が大事。
今回の『最後のジェダイ』は、それを捨てちゃった気がします。
ネットを巡回してると「敵が攻撃に集中するためバリアを弱めていたからこそ、ワープ特攻が成功した」みたいな文章も目にしましたが、そういう設定こみで考えてもワープ特攻は強力すぎるんじゃないかな。
究極的には「敵の本拠地にワープして、最大火力で全てを一瞬にして破壊する」という戦法まで可能になっちゃう。
これを本当にやっちゃった作品が過去にありましたっけ。『冥王計画ゼオライマー』という日本産のOVAで、この文字通りの必殺技、究極の力技によって全4話で物語を完結させてしまった。
『最後のジェダイ』で他にも引っかかったことといえば、
1.小型のデススター砲を破壊するため、フィンが特攻する
2.その特攻をローズが命がけで止める(結果、ローズは死んだように見える……後で生存していたのがわかるが)
3.ローズがフィンを止めたせいで、小型のデススター砲が発射される
4.砲撃の威力、セリフで説明されてたほど強力じゃない
以上の流れ。見ている最中、脳内でツッコミが止まりませんでした。
フィンの特攻を止めたせいでローズが死に、しかも砲撃を阻止できないなら、無駄死にじゃん!
ローズが死ぬ気だったなら、フィンじゃなくて彼女が小型デススター砲に突っ込んでればよかったのでは!?
……と思ったところで砲撃が実施されてしまったものの、威力が微妙だった。
短時間のうちに二重三重の「はぁ? 何だこれ?」って感覚を味わえましたよ。
そして最後に「ローズ、生きてたんかい!」となる。
近年、SWに限らず色んなジャンルで、
「公式様がお出ししたものに文句をつけちゃいけない」
「新作を受け入れることができない奴は老害だ」
みたいな空気が濃くなっちゃってますが、批判が許されないってスターリン時代のソ連かよ! と思っちゃいますね。
俺が一番好きなSW関係の映画は本編じゃなくて、このSWオタクの面倒臭さを描いたドキュメンタリー『ピープルVSジョージ・ルーカス』です。
このサムネを見ただけでも、「俺はSWが好きだが、エピソード1・2・3は気に食わない」と、発言者が実に活き活きと主張してるのがわかるでしょう。
面倒臭いオタクが「お前、面倒臭いんだよ、黙ってろよ」と同志達からの同調圧力で粛清されず、自分の意見をストレートに言える。これが自由ってやつだと思います。
余談ですがとあるアニメでは、監督がエゴサーチ中に自作への批判を見つけると罵詈雑言を浴びせてくる酷い状態が続いてましたので、さすがにあれは批判しました。
俺はあまりスターウォーズシリーズの熱心なファンではなくて、
「オタクの基礎教養として一応見とくか」
「見る前にネタバレ食らっててもいいや別に」
くらいのノリで、新作が出たらぼちぼちレンタルで見ることが多く、今回もそうなりました。
公開後、色々批判されてた理由を実際に見て確かめることができましたよ。
「宇宙空間なのに重力が存在していて、爆撃機から投下された爆弾が落ちていく」
「レイアがフォースの力で宇宙遊泳しちゃう」
これらは散々ツッコミを食らっていた点ですが、俺の期待値が低かったせいか前評判ほど気にならなかった。
かなり有名なネタで、事前に知ってたせいか、心理的な免疫ができていたという影響も大きい。
前者については、
「どうせ重力制御か何かで爆弾を落としてるんだろう。みんな宇宙船の中をふわふわ浮遊せず、床を歩いてるくらい、この世界では重力制御がメジャーな技術みたいだしな」
と脳内補完し、後者に対しては、
「また設定改変か。フォースの力で可能な範囲、ずいぶん広がったな」
という感じでした。今までもミディ=クロリアン(フォースの力を使うために必要な先天的適正みたいなもの)とかいう設定が急につけたされて、
「修行すれば誰でもジェダイの騎士になれるんじゃなかったの!? 何だよ、この後づけ設定は!!」
こんな風に荒れたりしてましたし。
でもね、ハイパードライブ(ワープ)機能を使って特攻したら、物凄い破壊力を出せるという描写は明らかに駄目だろうと思いましたよ。
これは視聴前にある程度のネタバレをあえて食らうことによって、俺にできていたはずの心理的な免疫すらぶち抜いてきた。
こんな攻撃が成立するなら、もう敵も味方もワープして特攻しちゃえばいいじゃんってなっちゃいますもの。
いや、そもそも人が乗った宇宙船を特攻させる必要がない。ワープできるミサイルなり無人機なりを作って、それを撃ち合っちゃえばいい。
SWに限らず、SF作品において「ワープの攻撃への転用」という描写には、作り手がリミッターかけておかないと戦闘面のバランスが崩壊する。
視聴者から「合理的に考えて○○すればいいじゃん」と言われても、あえてそれをしない心意気が大事。
今回の『最後のジェダイ』は、それを捨てちゃった気がします。
ネットを巡回してると「敵が攻撃に集中するためバリアを弱めていたからこそ、ワープ特攻が成功した」みたいな文章も目にしましたが、そういう設定こみで考えてもワープ特攻は強力すぎるんじゃないかな。
究極的には「敵の本拠地にワープして、最大火力で全てを一瞬にして破壊する」という戦法まで可能になっちゃう。
これを本当にやっちゃった作品が過去にありましたっけ。『冥王計画ゼオライマー』という日本産のOVAで、この文字通りの必殺技、究極の力技によって全4話で物語を完結させてしまった。
『最後のジェダイ』で他にも引っかかったことといえば、
1.小型のデススター砲を破壊するため、フィンが特攻する
2.その特攻をローズが命がけで止める(結果、ローズは死んだように見える……後で生存していたのがわかるが)
3.ローズがフィンを止めたせいで、小型のデススター砲が発射される
4.砲撃の威力、セリフで説明されてたほど強力じゃない
以上の流れ。見ている最中、脳内でツッコミが止まりませんでした。
フィンの特攻を止めたせいでローズが死に、しかも砲撃を阻止できないなら、無駄死にじゃん!
ローズが死ぬ気だったなら、フィンじゃなくて彼女が小型デススター砲に突っ込んでればよかったのでは!?
……と思ったところで砲撃が実施されてしまったものの、威力が微妙だった。
短時間のうちに二重三重の「はぁ? 何だこれ?」って感覚を味わえましたよ。
そして最後に「ローズ、生きてたんかい!」となる。
近年、SWに限らず色んなジャンルで、
「公式様がお出ししたものに文句をつけちゃいけない」
「新作を受け入れることができない奴は老害だ」
みたいな空気が濃くなっちゃってますが、批判が許されないってスターリン時代のソ連かよ! と思っちゃいますね。
俺が一番好きなSW関係の映画は本編じゃなくて、このSWオタクの面倒臭さを描いたドキュメンタリー『ピープルVSジョージ・ルーカス』です。
このサムネを見ただけでも、「俺はSWが好きだが、エピソード1・2・3は気に食わない」と、発言者が実に活き活きと主張してるのがわかるでしょう。
面倒臭いオタクが「お前、面倒臭いんだよ、黙ってろよ」と同志達からの同調圧力で粛清されず、自分の意見をストレートに言える。これが自由ってやつだと思います。
余談ですがとあるアニメでは、監督がエゴサーチ中に自作への批判を見つけると罵詈雑言を浴びせてくる酷い状態が続いてましたので、さすがにあれは批判しました。
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