プロローグ:おっさんは竜の祭壇を進む
三竜の祭壇にある、竜を模した三つの石像の口に、隠しボスである三竜がドロップした宝玉をセットする。
その瞬間、大規模な転移が始まった。
奇妙な浮遊感のあと目を開くと、そこは石造りの広々とした回廊だった。
「ユーヤ、風景変わったのに祭壇がある」
「あれ、ちゃんと宝玉もはまってるよ」
「きゅいっ?」
お子様二人組とエルリクが首を傾げている。
いつもの転移であれば、跳ばされるのは俺たちだけであり、元の場所にあったものは置き去りにされるので不思議なのだろう。
「ここだけの独自仕様だな。今俺たちが見ている祭壇と、俺たちがとんできた祭壇は世界が重なっているって扱いなんだ」
「世界が重なっている、ですか。そんな場所もあるんですね」
「ああ、だからこっち側で宝玉を外すと向こう側でも外れる。逆に言えば、向こう側で外されるとこっちのも消える。しっかり回収しておかないとな。あの祭壇にたどり着ける冒険者が他にいるとは思えないが、万が一にでも取られたら帰れなくなる」
「【帰還石】は高いもんね」
ティルの言葉に首を振る。
「昨日、説明をしたのを忘れたか? ここは入り口とボス撃破したあとの出口以外からは出られない」
一部の上級ダンジョンにある仕組みだ。
いざというときの保険である【帰還石】を使えないことでリスクは跳ね上がる。
「あっ、そうだったね。じゃあ、もしここに置きっぱなしにして、向こう側で取られちゃうと、ボスを倒すまで帰れなくなっちゃうんだ」
「正解だ。……ただ、ここに置きっぱなしにすることのメリットもあることはあるんだがな」
向こうからいつでも誰かが来ることができるということは、増援が来れるということ。
ここのダンジョン突破は長丁場になる。協力者を用意し、支援物資を届けてもらうなんてこともゲーム時代にはあった。
それに、パーティとはぐれた場合、宝玉をそのままにしておくと入り口から帰還することができる。
石を外してしまうと、宝玉をもっているもの以外は入り口に戻ってもそこで行き止まりになる。
ということをみんなに説明する。
「わかったよ。でも、やっぱり盗られちゃうの怖いから、もっていこ」
「私も賛成ですね。……途中で踏破を諦めて、戻って来て帰れなくなってたら絶望です」
俺は頷いて宝玉を外す。
「フィルが持っておいてくれ。俺とフィルは結婚していて、ストレージ共有ができる。俺たちのうちどちらかが持っておくべきだ」
「そうですね。万が一の場合がありますから」
その万が一を起こさないように全力を尽くすとはいえ、保険はかけておいたほうがいい。
「みんな、準備はいいか。ここから先、少しも気を抜くなよ」
「ルーナはばっちり。ユーヤに教えてもらったトラップ全部覚えている」
「壁になっていい魔物と、そうじゃない魔物は理解しているわ」
「このティルちゃんを信用してよ」
「行きましょう」
頼もしい。
ここまで完璧に情報を叩き込んでのダンジョン探索は初めてだ。
俺は今日までに、覚えている限り、出現する魔物のデータと罠、地形、ギミックを叩き込んでいる。
そこまでしなければ、ならないほどの高難易度だからだ。
行こう。
ここから先はセオリーがまったく通じない。
そんな場所だ。
◇
石の回廊を進む。
石と言ってもただの石ではない、回廊すべてが大理石だ。
道幅も広く、パーティ全員が並んで歩けるほどだ。
ある程度進むと、第一の関門である大理石の立体大迷路にたどり着く。
もし、こんなものを現実で作ろうとすればいったい何十億かかるかわかったものじゃない。
その迷路に挑み、二時間ほどが経っていた。
「ユーヤ、また分かれ道」
「これ正しい道を進んでいるんだよね?」
「それはわからない」
いくら俺でも、踏破に半日かかる立体迷路の道筋すべてを覚えてはいない。
ただでさえ広大なのに、立体迷路のせいで複雑さは何倍にも増している。五階建てであり、登ったり下りたりを繰り返す上、ゴールまでの正解の道筋は一つしかない。
「もう二時間以上歩いているのに、ぜんぜん先に進んでいるって実感がないわ」
「はい、これかなり精神的に来ますね。ユーヤに聞いてなかったら、心が折れていたかも」
「こればかりは地道にやるしかないな。着実に、為すべきことを重ねていく」
俺はそう言いながら、指で半球のアイテムを弾く。
それは壁に張り付いて光り輝いていた。
「さきほどから、ユーヤおじ様が壁にくっつけているのは何かしら?」
「【光玉】という。鍛冶で作れるアイテムで、ああやって壁に張り付いて光続ける。分岐のたびに通った道につけてるんだ。これがあれば、少なくとも同じ道を何度も通ることはなくなる。同じ道を通らずに進み続けていれば、迷路というのはいずれ抜けられるようにできているんだ」
「たしかに目印はいるわね。これだけ分岐が多いと通った道なんて覚えきれないもの」
「ただ多いだけなら大丈夫ですけど、似たような風景ばかりですからね」
「わざとそう設計しているんだ。見た目で道を覚えられないようにな。しかも同じ景色ばかりだから、進んだ気がしないし、正しい道を進んでいるときすら同じ道を通っているんじゃないかと疑ってしまう。そのことが冒険者の焦りと不安を生む」
「相変わらず、ダンジョンは嫌らしいです」
終わりがない。
進んでも進んでも分岐と階段ばかり。
いったい、どこまで行けばいいのか、そもそも先に進めているのか、その不安や徒労感は強大なストレスとなって襲い掛かってくる。
「ユーヤ、ただ歩いているだけなの逆に辛い」
「まだ、罠とか魔物とかあったほうがずっといいよ!」
退屈が嫌いなお子様二人組は、かなりきつそうだ。
……そして、これもダンジョン設計者の罠。
迷路を歩き続けることで、どんどん集中力が失われていく。
何も起きないからこそ気がゆるむ、警戒が続けられない。
そんな油断したタイミングで最悪の罠に嵌めにくるのだ。
ルーナが立ち止まる。
「足元、おかしい」
「ふつうに見えるよ」
「微妙に色が違う。ユーヤの言ってた罠」
「うわっ、ほんとだ。微妙すぎて、めちゃくちゃ注視しないとわかんないよこれ」
俺は薄く微笑む。
ちゃんと気付いてくれたか。言葉とは裏腹に集中力は保てている。ルーナは成長していた。
「フィルとティルは弓の用意を」
「任せて」
「いいですよ」
色が変わった床に、【収納袋】から取り出した魔物肉の塊を置く。これは重りだ。
十秒すると、前方十メートルほどの床がひらき、重りが落ちていく。
一定以上の重さが十秒のると発動する広範囲の落とし穴だ。
一応、真ん中に三十センチほどの細い道が残っているがとっさにあれに飛び乗れるものはいないだろう。
穴を覗き込む。
無数の鉄槍が底にあり、魔物肉が串刺しになる。
さらには、地響きと共に、鉄槍群生地帯の側面にある横穴から、グールどもが押し寄せてきた。凄まじい数だ。
グールは痛みを感じないのか、鉄槍に貫かれながら、魔物肉に群がりかぶりつく。
……もし、この罠に気付かなければ鉄槍で重傷状態で、四方から湧き上がるグールの群れと戦わないといけない。
俺たちも、あの魔物肉のようになっていただろう。
しかし、罠に気付けば話は別だ。
上から一方的に攻撃できる。
「【魔力付与:炎】」
「【神雷】」
フィルが矢にグールたちの弱点属性である炎を纏わせ、ティルが上級広範囲魔法【神雷】で、無数の雷を落としグールどもを一掃する。
グールたちはこちらに上ってこれず、かといって喰らうという本能しかないため、逃げることもない。
為すすべもなく次々と倒されていく。
二分もするころには全滅した。
「ふう、これでお掃除完了だよ」
「かなり矢を使っちゃいましたね」
「二人ともよくやったな。これで安心して前に進める」
俺たちは、中央に残された三十センチほどの足場を慎重に進んでいく。
「ユーヤ兄さん、これグール無視して先に進むのも罠なんだよね」
「ああ、この先にやたらと硬い
ここのグールは攻撃力が異常に高い。それが恐ろしいほどの数でやってくる。
この迷路を歩けば、ダンジョン踏破は長期戦になると熟練の冒険者は予想する。
だからこそ、リソースを温存するためにどうせ登ってこれないグールを無視して進むだろう。
……それこそが罠だ。
まず、二時間以上もただの迷路を歩かせ続け、集中力を途切れさせ落とし穴に嵌める。
それに気付く慎重な冒険者は、慎重だからこそ力の温存を考えグールを無視して進み、背後からグールの群れに襲われる。
しょっぱなから二段構えの罠。
「うへえ、最初からえぐいよね」
「まだまだ序の口だ。気を抜くなよ」
「……ちょっと自信がなくなってきたわ」
「ルーナもけっこうきつい」
「きついのは俺も一緒だ。だが、忘れたか、ここをクリアした先には極上の報酬がまっている」
このゲームを設計した奴は、捻くれ、意地が悪く、サディストだ。だが、一つだけ良心が残っている。
それは、難しければ難しいほど得られる報酬が多いということ。
そこだけは信じていい。
だからこそ、俺たちはここに来たのだ。