【野球】東邦・森田監督、還暦! 感激! 神懸かり采配 宣言通りセンバツV「肩の荷下りた」2019年4月4日 紙面から
ついに甲子園の宙を舞った。監督として、初めてセンバツを制した東邦の森田泰弘監督(59)は、ナインに胴上げされ、厳しかった表情を緩めた。「ホッとした。肩の荷が下りた」。「絶対優勝する」と宣言した通りの大会制覇だった。 新チームから投手を兼任させた石川が、投打の大黒柱に成長。準決勝の明石商戦では、5番から7番に打順を下げた吉納が決勝の3ランを放った。そのさい配は、支える志水和史コーチ(39)が「神懸かっていた」と驚いたほど。決勝でも、打者の傾向を分析し、外野手に極端な前進守備を指示。ベンチから、選手を後押しした。 バンビ坂本が話題をさらった1977年夏の甲子園で、東邦の「4番・三塁」、主将として準優勝を経験。駒大、本田技研鈴鹿を経て84年、母校コーチに就任した。89年の優勝時はネット裏で見届け、涙を流した。 「自分には向いていないと思ったけど、あの優勝で指導者も魅力あると思った。人生を懸けてやれることだと思った」 2004年に恩師でもある阪口監督(現・大垣日大監督)の後を継ぎ、監督に就任。厳しくも温かい指導でチームを強化し、春夏の甲子園に7度出場。愛知県内では常に上位をキープしてきた。 5年前から腎臓を患い、昨年12月に移植手術を受けた。体重は10キロ減。免疫抑制剤を朝晩服用しているため、普段はマスクを欠かせない。特例で試合の際の着用も許可されているというが、あえて外してベンチに立った。「選手にそんな姿を見せられない」。気迫と執念で甲子園を制した。 4日は還暦の誕生日。試合開始直後に三塁側アルプスから「ハッピーバースデー」の大合唱で祝福された。今年度限りでの退任を公言している指揮官が、ついに甲子園優勝監督の仲間入りを果たした。 (麻生和男)
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