運命の分岐点
護衛を引き受けた俺は夜番も引き受け、みんなには寝てもらうことにした。
ただ先程からバシュバシュと
焚き火に薪をくべるとパチパチと木が弾ける。
焚き火の炎を見ると思い出す。村で焚き火を囲んで二人で踊ったダンス、型などないお遊びのようなダンスだが楽しかったな。
別に婚約とか結婚の約束した訳じゃないし、俺が一方的に想いを寄せてただけだ。恋人ができたミスティアを恨むとかお門違いなのだ。
一人で悶々としていると、マイラが荷馬車から降りてきて俺の横に座る。
俺は少し腰をずらしマイラから離れる。だがマイラは更に寄ってくる。丸太の椅子はここで終わりだ逃げ場はない。
「私のこと、お嫌いですか?」
マイラは悲しそうな顔で、俺の顔を覗く。
「好きとか嫌いとかじゃないです。異性の方にこんなに近づかれたことはあまり無いもので」
うちの村に同世代の異性はミスティアしかいない。みんな母と言って差し支えない年齢の人しかいないのだ。
そう言えば、ミスティアもお構いなしで抱きついてきたりしてきたっけ。
「夕食の時の話し、考えてもらえたでしょうか?」
「一緒に冒険する話ですか? そうですね冒険者とか楽しいかもしれませんね」
「じゃあ!」
「ですが、今はまだ考えられませんし、とある理由であまりあの土地周辺を離れられないのですよ」
「……そうなんですか」
マイラは残念そうにうなだれる
「まあ、その件に関しては考えてますので冒険者になるときはマイラさんを誘いますよ」
「本当ですか!?」
「本当ですよ、ちゃんとマイラさんを誘います」
俺の言葉にマイラは両手でガッツポーズをとって喜んで見せる。マイラの表情を見ていると飽きない。こんなに表情を変える子は見たことがない。
「マイラです」
「は?」
「仲間になるんですからさん付けはおかしいです」
「ハハハ、わかったよマイラ」
「じゃあ私もガリウスと呼びますね。いやここは愛称で”がー君”と呼ぶべきか……」
「ガリウスでお願いします」
俺の言葉にマイラはほほを膨らませる。その表情に俺が驚くとマイラはケラケラと笑いだした。
「もう、そんな驚いた顔しないでくださいよ私そこまで変顔しました?」
「マイラは表情が豊かだね」
「そうですか? ずっと私の顔を見ててくれても良いですよ?」
「ご遠慮いたします」
「もう、がー君イケズなんだから」
「ガリウスです!!」
俺がそう言うとマイラは俺の腕をつかみ俺をじっと見つめる。ピンクの髪が美しく焚き火の明かりが照り返しキラキラと輝いている。
その髪色がとても美しいので俺はマイラの髪に指を通し焚き火の炎に透かしてみた。
「美しい」
「キスしても良いですよ?」
「え? しませんよ?」
「普通しますよ?」
「え? しませんよ……ね?」
「はぁ、がー君は朴念仁ですね」
そう言うとマイラが顔を近づけてきて目を閉じる。
「が、ガリウス……です!」
俺はそう言うのが精一杯で動けなくなった。
マイラは片目を開けるとプッと吹き出す。
「ガリウス、そんなんじゃ女の子に不意打ちでキスされちゃいますよ。ちゃんとダメなときはダメと言わないとダメです」
「すみません」
「じゃあ女の子のキスを避ける練習です!」
そう言うとマイラはまた目を閉じて俺に顔を近づける。俺はすぐさま両手でマイラを押し返した。
「ガリウスはエッチですね」
「え?」
「押し返すときに胸をさわって押し返してどうするんですか。世が世なら捕まりますよ?」
「???」
「そう言う場合は肩を押して止めれば良いんです」
「は、はい」
その夜、俺は朝日が登るまでマイラからキス避けのレクチャーをされたのは言うまでもない。
朝日が登るとマイラは「今日の占いしますね”
「クレセアの魔法屋へ行く、想い人を見つけたらすぐに声をかける。そして絶対に逃げてはダメ」
本当に具体的で俺の体は一瞬ブルッと震えた。それは占いの正確さではなくミスティアに会えることそして逃げるような事態になると言うことに対してだ。
「と言うことですガリウス」
「ありがとう、本当に具体的なんだね」
「ええ、言葉にしましたが私には映像もついてますから確実に起こります」
「そうか、なら心の準備はしないとね」
そう言うと俺は登る朝日を見て告白する決意を固めた。
「ゆうべはお楽しみのようで!」
目にクマを作ったウィルソンが馬車から降りてくると怒気を孕んだ言葉で挨拶をしてくる。どうやら俺とマイラのやり取りが心配で一晩中起きていたようだ。起きてるなら助けてくれよとも思ったが娘の恋路を邪魔した親の末路を考えると止めたくても止められないわな。
「おはようございますウィルソンさん。マイラには一晩中寝ないように相手をしてもらって助かりました」
「マイラ……ですと」
ウィルソンの目が怖い。
「パパ、いい加減にしてよねガリウスが困惑してるでしょ」
「そうですよ。マイラも年頃なんだし、いい加減子離れしなさい」
妻のネバダに正論を言われウィルソンはグヌヌと恨めしそうに俺を見る。
「うぐぐ、しかし……」
「しかしもかかしもありませんよ。だいたいガリウスさんなら願ったりかなったりじゃないですか」
「だが……」
「はいはい、朝食の用意できてるから食べましょ」
引かないウィルソンをよそにマイラがパンパンと手を叩き朝食の準備ができたと皆を呼び、ウィルソンの言葉を遮るように小麦粉を焼いた物をそれぞれの前に置く。
「お、オコノミヤキか! マイラのオコノミヤキを食べるのは久しぶりだな」
「あなたはマイラの手料理がでると上機嫌なんですから単純ですよね」
そのオコノミヤキと言う食べ物は昨日の残り物のうさぎの肉や野草などが混ぜて作られておりとても柔らかく美味しかった。
「これはうまい」
「そうでしょうとも、マイラの作るオコノミヤキは絶品ですからな」
マイラの料理を誉められたウィルソンは嬉しそうに微笑む。なるほどこれが俗に言う親バカと言うやつなのか。
朝食をとりおえた俺たちは調理道具を片付けると、一路城塞都市クレセアへと出発した。
夜営地から馬車で半日程進むと城塞都市の壁が見えてきた。都市自体も大きく、俺の村のそばにあるクルストナ町の10倍以上を優に越えるサイズだ。
門の前には3台ほどの荷馬車が止まっており、荷物の検査を受けていた。俺達の番が来るとウィルソンは守衛に通行手形と何かの書類を見せる。上質な紙でできたそれは商人ギルドの
「アスチラン地方から来て護衛が一人とは無謀な連中だ」守衛の隊長が呆れる。
ウィルソンが俺に助けられたことを言うと、その隊長は俺に騎士団試験を
しかし、わざわざ外から勇者のパーティーメンバーを募集すると言うことは騎士団はよほど人材不足なのだろうか?
「ベテランの騎士の方を連れては行かないのですか?」
俺の質問に守衛の兵士はばつの悪そうな顔をして答える。ベテラン勢は既にロートルで役職もあり気軽に勇者の一行に加われないというのだ。それで若い連中にいかせようにも若い連中では実力不足。そこで実力のある者を騎士団に率いれて勇者のパーティーに加えようという算段なのだとか。
「まあ、それは建前で実際のところ騎士団の面々は魔王と戦って死ぬのが怖いのさ、なにせ第18王子が死んだばかりだからな」
だから役職付きまでに上り詰めたお偉方がわざわざ死地に
そしてこの話には続きはある。
王子を助けられなかった事にに憤慨した王がミスティアを糾弾した。
王族を傷つけたことと同義だと言うのだ。
理不尽だがそれがまかり通るのが権力だ。そこでランスロットがミスティアに助け船を出した。ランスロットのギュリアム家は王に連なる血統の家で、昔から王家に使え将軍なども
「勇者を救うためとは言え平民を嫁に迎え入れるなどランスロット様は騎士の鑑だ」
「……そうですか」
嵌められたんじゃないのか? そう思うのは俺の嫉妬だろうか? 俺たちは衛兵に挨拶をすると正門から商人ギルドへと向かった。
商業ギルドに着くと、ウィルソンは俺とマイラを商談室に案内し、そこで待つように指示してきた。
応接室の椅子に座るとマイラがお茶をいれてくれた。俺は礼をいうとお茶をひと口すすった。
心が落ち着くのがわかる。どうやらクレセアに入ってから俺は少し焦っていたようだ。
「落ち着きましたか?」
「ごめん、かなり焦っていたようだね」
「ふふふ、かなりソワソワしてましたよ。私の占いは絶対ですから信じてください」
「うん、そうだね信じるよ」
二人で談笑してるとウィルソンとネバダが入って来た。
「お邪魔でしたかな」
そう言うウィルソンの顔は今朝よりも表情が険しい。別に手を出してる訳じゃないんだからそんなに怒らなくてもと思うのと同時にマイラも大変だなと思う。
ウィルソンは俺に護衛の報酬を渡すと再度お礼を言う。娘のことで怒ってはいても礼は失しないところは商人らしい。受け取った皮袋は重く中には金貨がゴッソリと入っていた。枚数を確認すると金貨が100枚入っていた。
ウィルソンに確認すると
「それに……」
「あなた!」
ウィルソンがなにか言おうとするのをネバダが口に手をあて止めさせた。
「なんです?」
「いえいえ、なんでもないんです、どうぞこのバカ親のことは気になさらずに」
「そうですか……」
なんだろうなにか引っ掛かるな。
「それじゃあガリウス行きましょうか」
「ああ、そうだね」
いよいよミスティアと対峙する時間だ。大丈夫呪いは絶対に俺が解く。そしてちゃんと想いを告げよう。
「それではお父様、お母様行って参ります」
「ああああまいらぁぁぁ~」
「元気でね、逃がしちゃダメですよ。ガリウスさん娘をよろしく頼みますね」
「あ、はい。大丈夫ですちゃんと守りますから」
「ぐぬぬ……」
ウィルソン本当怖いよ、これじゃマイラの婿になる人は大変だな。それに今生の別れじゃないんだから挨拶が大袈裟だよ、ただ買い物に行くだけなのに。どれだけ娘好きなんだよ。
呆れた俺はそこで二人に別れを告げマイラと二人で魔法屋へと向かった。ウィルソンは寂しそうにマイラをずっと見ていた。
マイラはまるで道が分かっているようにスタスタと歩く。俺はマイラに腕をとられ金魚のふんのようにマイラについていったが、マイラも心なしか口数が少ない。
そのまましばらく歩くと魔法屋があった。
「魔法屋に入った方がいいの?」
「はい、入って魔法適正を調べましょう」
マイラの言葉に従い、俺達は魔法屋に足を踏み入れた。
薄暗い魔法屋の中は色々なマジックアイテムや魔導書などがところ狭しと並べられていた。
「何かようかい?」
俺たちに声をかけてきたのは黒いローブに三角帽子を被ったいかにも魔法使いと言う老婆だった。
「魔法を教えてもらおうと思って」
老婆は鼻をフンッと鳴らすと水晶を台の上においた。
「この水晶に手をかざしな」
俺は言われるままに手をかざしたが老婆の視線はマイラへと向いていた。
老婆はマイラを見ると首をかしげる。
「まあ、いいわい」
そして俺の鑑定結果を見て一瞬驚愕の表情を浮かべるが、すぐ落胆したようにため息をつく。
「あんた、魔力量はとてつもないのに魔術回路がないから、魔法は使えないね」
老婆の説明では魔法使いとは魔術回路を持つものだそうで、俺は魔力量こそすごいのだが魔術回路が無いので魔法は全く使えない無能力者らしい。
正直に言えば魔法剣士に憧れていたので悔しい。
「世間には魔術回路が三つもある特異な奴もいるのにね、もったいない。まあ、あんたの連れがその魔術回路三つ持ちだからあんたは魔法使う必要ないんじゃないかい」
そう言うと老婆はマイラを見た。
「え、そうなの?」
「はい、私もここで一度鑑定をしまして魔術回路が三つあります」
「それはすごいな」
「ふん、まあいいわい。それよりも小僧、魔力を使った身体操作の方法を教えてやろうか? 魔法などよりはるかにすごいぞ」
なんでも魔力を武器に込めたり身体強化ができるそうなので
まあ俺の懐は今暖かい金貨2枚くらい分けないさ。
俺は金貨2枚を出し魔法屋のオババに教えを乞うた。
魔力操作は何気に優秀で身体強化や目眩まし、用途は多彩だ。更に俺は色々な魔術知識に関する話を聞いた。身体操作と言えど知識は必要なのだ。
なかなか有意義な時間を過ごした。
「では行きましょうか」
マイラに促され店の外をでると見知った顔が俺の前を通りすぎた。銀色の髪、白い肌、ミスティアだ一度も忘れたことなどない彼女の姿がそこにあった。
「ミスティア!」
「……ガリウス」
俺はなにも考えず声をかけた、だが俺を見るミスティアの目はとても冷たく、その瞬間心臓が締め付けられた。