漆黒の英雄譚   作:焼きプリンにキャラメル水
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ホニョペニョコ

「ん・・・」

 

そう言って女は目を覚ます。見開いた瞳に広がるのは見知らぬ天井だ。身体の感覚からしてベッドに横たわっている状態なのはすぐに分かる。だが冒険者という職業に就いている以上、誘拐された可能性などを思いつくと緊張の糸を張り巡らせた。

 

 

 

「ここは?」

 

長い間眠っていたからなのか口の中が異様なまで乾いている。正確には血の味が混じっており、それが乾いてしまって鉄の匂いがする。嗅覚と味覚に不快感を感じながらも女は頭を働かせた。確か自分は・・・

 

 

 

「!っ」

 

視界の端に冒険者組合の受付嬢の様なシルエットが映る。すぐに誰かまでは分からなかったが。その者が部屋から急ぐ様に出ていったのを見てブリタはここが冒険者組合であることを何となく察した。よく見ると部屋の模様に見覚えがあった。

 

 

「・・・・っ」

 

ブリタはベッドから起き上がろうと上半身に力を入れる。しかし全身の痛みに邪魔されてしまい息が乱れる。だが何とか起き上がろうとして数十秒後、何とか上半身のみを起き上がらせることに成功した。

 

 

 

 

 

「目覚めたか?ブリタ」

 

目覚めた女・・ブリタは声のした方向に目を向けた。この部屋の出入り口に三人の人物が立っている。一人は白髪頭を生やしているが顔つきから力強さを感じさせる男・・アインザック冒険者組合長だ。先ほどの声が知っている人物の声でブリタは一先ず心に張り巡らせた緊張の糸を解した。

 

(良かった・・・ここはエ・ランテルか)

 

身体から力が抜ける。実際は身体中の傷が痛すぎて力が入らないのが正しいのだが・・・

 

 

 

 

「ブリタ?」

 

 

「あっ・・すみません。アインザック組合長」

 

 

ブリタは口先で謝罪する。アインザック組合長は目上の人物であるのは確かだが、体中の傷のことがある。内心こんな状況なのだから許してほしいと願う。流石にこの状況で礼儀を求められてもどうしようもないというのがブリタの本心だ。

 

 

 

「そのままでいい。悪いが話はできるかね?」

 

「・・その前に水を一杯もらえますか?」

 

「あぁ・・すまない気が付かなかった。悪いが取って・・」

 

「その必要はありません」

 

 

 

その声を聞いてブリタはアインザックから視線をずらす。そこにいたのは酒場の一件で出会った二人組だ。

 

「あ・・あの時の」

 

そこには確か・・モモンとナーベ。その内モモンがドアの前からベッドの横に近づく。

 

 

 

 

 

ブリタは彼のおかげで助かったのだと悟る。あの彼がくれた『赤いポーション』が無ければ今頃自分は土の下で寝ていただろう。

 

だがブリタがそう思っているのに対して、モモンはあの『赤いポーション』を手渡してくれた時の様に赤い外套を何やら漁っていた。

 

「モモン君、今のはどういう・・」

 

「これを飲んでくれ」

 

そう言ってモモンが赤い外套から取り出したのは綺麗なガラスで作られたであろう水差しとグラスだ。中には綺麗な水が入っている。水差しには冷え切った水が入っているのか水滴がついていた。

 

「えっ!どこから・・」

 

アインザックの反応を無視してモモンは両手で丁寧に水差しを傾けてグラスに水を入れていく。ブリタが驚かなかったのは赤いポーションの一件があって耐性の様なものがあったからだろう。

 

「これを飲むといい」

 

そう言ってモモンはブリタに対してゆっくりと水の入ったグラスを差し出した。中の水が零れない様に丁寧に渡されたブリタは自身の手でそれを掴み、ゆっくりと飲み干した。

 

「・・・・・」

 

冷えた水が入ったことで視界が鮮明になっていく。体中の痛みが少し引いたさえ感じる。

 

「・・大丈夫か?」

 

「えぇ。おかげ様で」

 

ブリタは身体に心地よい冷たさを感じながら、深呼吸を二度繰り返す。ようやく落ち着いて話が出来そうだ。

 

「それでは話を聞かせてもらおうか?」

 

アインザックの問いにブリタは黙って頷いた。

 

 

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

・・・・

 

 

 

「そんな状況でよく生きていてくれた」

 

アインザックはブリタの話を聞いて素直にそう思った。

 

 

 

 

 

要約すると・・・

ブリタたちのパーティは『死を撒く剣団』を討伐する依頼を受けた。

その道中、『死を撒く剣団』の罠に入ってしまい仲間たちは抵抗空しく殺害された。

ブリタも殺害されそうになった。

だがそこに『謎の吸血鬼』が現れて『死を撒く剣団』を全滅させた。

ブリタは吸血鬼だから『銀製の武器』か『ポーション』ならばダメージを与えられるはずだと考え、

『赤いポーション』を投げて僅かに吸血鬼の肌に火傷に似たダメージを与えた。

吸血鬼がブリタに『魔法』で洗脳し、『赤いポーションを誰から貰ったか』『その者がどこにいるか』『その者の名前や恰好』を話してしまったこと。

そしてそれを聞いた吸血鬼がブリタの命を奪わず笑いながら去っていったこと。

それを見たブリタが周囲の惨状から気絶したこと。

 

 

 

 

「モモン・・ごめん」

 

そう言ってブリタは頭を下げる。どんな形であれモモンの情報を教えてしまったのだ。許されるはずがない。

 

「気にするな。君が・・死ななくて良かった」

 

そう言ったモモンに対してブリタはさらに申し訳ない気持ちになる。

 

(いつか彼に借りを返したい・・・一体どうすれば・・)

 

 

 

 

 

 

「『吸血鬼』が『魔法』か・・・・」

 

アインザックは考える。そんなことが出来る吸血鬼はどれ程の脅威かを瞬時に悟る。最低でもミスリル級以上の脅威だ。

 

(私だけでは分からない、ラシケルに聞かねばな)

 

友人でもあり魔術師組合長のラシケル。少し変わった男だが彼の持つ知識は確かだ。

 

(・・・・だがその前に都市長にこの件を報告せなばならないな)

 

アインザックは今後その『謎の吸血鬼』の対策に話し合う必要を感じていた。

 

 

 

 

 

「ブリタ。悪いが聞かせてくれ」

 

「何?」

 

「その吸血鬼の詳しい特徴を教えてくれないか?」

 

「あいつの特徴は銀髪で大口、舌は長く、無数の牙があった。身体に纏うのはボロ布の様なシャツとズボン。全体的に色白かった」

 

(!?もしや・・・)

 

モモンの脳裏にかつて戦った一体の吸血鬼を思い出す。スレイン法国で戦ったあの吸血鬼。名前は確か・・・ホニョペニョコ。

 

(奴がエ・ランテル周辺に?・・・何の為に・・)

 

そこでモモンはブリタが先程言っていたことを思い出した。

 

(狙いは俺か・・・ナーベか・・・だがどちらにしても・・・)

 

モモンは拳を作る。次こそは必ず勝たねばならないからだ。

 

 

 

 

「それと・・魔法かどうか分からないけど『死を撒く剣団』の何人かを・・・多分『内部から爆発させていた』と思う」

 

「『内部から爆発』か・・・・」

 

(彼女の言うのが魔法ならば・・・師匠に教えてもらった知識にある第10位階魔法<内部爆散(インプロ―ジョン)>の可能性がある)

 

 

だがもし第10位階魔法ならば・・・勝てるかは分からない。第10位階魔法を『死を撒く剣団』の一人に使う余裕があるのだとすれば、師匠が話してくれたあの魔法を使う可能性がある。

 

第10位階魔法を超える超級の・・・11位階魔法。

 

(もし使用されたら勝てないかもしれない)

 

 

 

 

「もしやモモン君、その吸血鬼はズーラノーンと関係があるのでは?」

 

「その可能性は低いかと思います」

 

「何故だね?」

 

「どういうこと?」

 

「その吸血鬼・・・恐らく過去に戦ったことがあります」

 

「なっ」

 

困惑する二人をよそにモモンはナーベの方に顔を向ける。珍しく不安そうな顔をしていた。

 

「モモンさん・・」

 

「大丈夫だ」(必ず守る・・・)

 

 

 

 

師匠・・・ミータッチから武技『十戒(じっかい)』、あらゆる『魔法の知識』、託された装備やアイテムがある。

 

 

 

モモンは拳に力を入れると口を開く。

 

 

 

「そいつの名前はホニョペニョコ。かつてスレイン法国に隕石が落ちた時にいた吸血鬼です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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