フォーサイト、魔導国の冒険者になる   作:塒魔法
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おまたせ


十二高弟 -1

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 ・

 

 

 

 フォーサイトが転移魔法にかけられた、ほぼ同時刻。

 

 リ・エスティーゼ王国。エ・アセナル。

 邪神教団の造反工作によって、第二の内乱の地となったそこは、アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”の前線投入によって、王国軍の危機は救われた──

 かに思えた。

 

「く──」

 

 ラキュースは肩で大きく息をする。

 剣を杖としていなければ、そのまま大地に突っ伏しそうなほどの疲労。アンデッドになったものを払い滅ぼし、洗脳された民を解放し、傷ついた兵士を回復させたことで魔力は空になったが、それでも戦う気力と体力は萎えていなかった。

 邪神教団の神官たちを、──何故か籠城していた都市中央の屋敷から出てきた(何者かに襲撃されて外に出てきた?)反逆劇の主犯格を捕らえ、それですべてが終わったと、誰しもが思った。

 しかし。

 戦いは終わらなかった。

 

「何なの──この、敵は?」

 

 国軍が勝利を収めたかに見えた直後、謎の軍勢が現れた。

 それによって、形勢は見るも無残に転回。

 ラキュースの目の前にいる、おびただしい数の敵。整然と足踏みを揃えた隊伍。都市目抜き通りを埋め尽くすほどの兵団。いっそアンデッドよりも非生命的な、沈黙と敢闘を続ける、暴力の具現。

 

 その数、軽く見積もって──2000。

 

 全身を黒衣に包み込んだ人間たち──否、人間とは違う。

 さりとて、アンデッドや悪魔などのモンスターとも違う。

 人の形をしながらも、その軍は人ではないモノで構成された軍であった。

 身に帯びる鋼鉄は重装甲兵の輝き。魔法の光を全身へほのかに灯すのは、支援魔法の強化によるものと思われる。

 生命という気配をまったく感じさせない軍団は、神官であるラキュースにはアンデッドや悪魔のそれとは隔絶した……しかし、いかなる生命にも属さぬ気配を感じさせる何かをたたえていることを察知させた。

 

「……ガガーラン、ティア、ティナ……」

 

 返事はなかった。

 三人はラキュースの背後──崩れた街路の上に倒れ伏していた。武器を握り、かろうじて息をしているが、戦いの傷は深い。治癒魔法やポーションなど回復手段を消耗した状態で現れた新しい敵軍を前に、蒼の薔薇はなす術がなかった。唯一ここにいないイビルアイは、別の街区で孤立しかけた王国軍の救援に単身向かい、多くの民兵を救出してくれている。

 

「く、っ、ぁ!」

 

 射かけられる数本の矢を払い除けるのも、喘鳴(ぜんめい)を伴う苦行となっていた。突撃してきた鋼鉄の騎馬を、その騎士槍をかいくぐり、懐に魔剣の刀身を沈み込ませるだけでも苦労を要す。

 そのまま倒れ伏した騎兵は血などの体液をこぼさず、また、アンデッドの腐った肉や朽ちかけの骨を散乱させるわけでもない。このような敵は、リグリットやイビルアイの話の中でしか聞いたことがない。

 荒い呼吸を無理やり整えながら、ラキュースは考える。

 

「なんで、こんな……ことに」

 

 自分たちに落ち度はあっただろうか。

 だが、目の前の敵は、何の前触れもなく現れ、王国軍に陵虐を働いた。ラキュースたちが捕らえた邪神の神官は、「援軍だ!」と晴れやかに快哉をあげていたが、どういうわけか連中、邪神教団側の人間にまで刃を向けた。むしろ、そちらを優先的に殺し始めた。せっかく捕らえた神官をはじめ、教団関係者は次々と黒衣の鋼鉄兵たちに処刑されていくのを、ラキュースたちは止めることすら出来ずに、そうして今に至る。

 

「ぐ、ぅ」

 

 ラキュースの背後にいる仲間たちが苦悶に(あえ)ぐが、魔力の尽きた現状では、こうして盾のごとく敵の攻勢を阻むことしかできない。

 彼女たち以外にも、倒れ伏す王国の兵士たちはいたが、彼らの練度では、目の前に現れた脅威に抵抗することは難しく、一人残らず致命傷を貰い、全員が死に絶えている。中には、蒼の薔薇……ラキュースたちをかばって地に伏した兵も少なくない。

 こうして、蒼の薔薇の徹底抗戦は、ついに終わろうとしていた。

 

「逃げ、ラキュ、ス」

「早く、し、リーダ」

「私たち、置い、て」

 

 逃げるなど、ラキュースにはありえない選択である。

 敵によって蹂躙されるのを待つだけだと、戦乙女たちは覚悟を決めた。

 しかし、敵は進撃の足を止めた。唐突に。

 

 

「噂に聞く蒼の薔薇──やはり、消耗した状態で戦っても、面白みに欠けるか」

 

 

 その声も突然に現れた。

 蒼の薔薇を追い詰めつくした敵軍の最前線が、足並みをそろえたまま左右に割れる。その奥から、戦塵吹き荒ぶ争乱の都市を闊歩して現れる巨躯に、ラキュースたちは霞んだ視野で瞠目する。

 その巨体は、泥土と岩塊を繋げ合わせたような、都市の建物なみに大きい、人形(ひとがた)

 黒衣の軍団と同じ鎧と防具を装備しているが、その手には凶器となる得物はない。

 声の主は、その巨人の掌に乗って現れた。

 ラキュースは誰何(すいか)の声をあげることすら忘れ、見上げた。

 ガガーランが「おい、ティナ。おまえ好みの少年だぞ」なんて軽口も叩けず、女忍者(くのいち)たちも沈黙と共に未知の敵の出現に(ほぞ)を噛む。

 仲間たちを癒す魔力もなく──それでも、ラキュースは決然と敵軍の将を見据える。

 そして、降り注ぐ声を聴く。

 

「つまらん」

 

 幼さを残す少年の体躯からこぼれた割には、重厚な歳の重みを感じさせる、失望の吐息。

 

「まったくもって、つまらん。若き頃のリグリット・ベルスー・カウラウや、国堕としほどの歯ごたえもない。これがアダマンタイト級……これでは噂に聞く王国三番目……今は魔導国のアダマンタイトも、そこまで期待は持てぬ、か? いや、今は見たことも聞いたこともない鉱物を首に提げているらしいが、はてさて」

 

 見た目、十歳前後……多く見積もっても十四歳がせいぜいの少年は、闇妖精(ダークエルフ)に似た褐色肌に、不吉なほど色が抜けた白銀の髪を短めに整えている。その衣服は、南方で見かける漆黒のスーツ姿に、山高帽子とステッキを備えた、奇異にすぎる姿だ。

 ──スーツと言うことで、ラキュースは問わずにはいられない。

 

「……あなた、まさか、ヤルダバオトの、関係者?」

「ん、ヤルダバ? ……ああ、例の魔導王陛下というアンデッドに駆逐された悪魔の名か? あいにく、私はそのような名の悪魔に、知り合いなどおらぬ。そもそもにおいて……いいや、無駄話は()そう」

 

 己の悪癖を諫める少年は、ラキュースたちを見下ろし、率直な感想を告げる。

 

「しかし、王国屈指の戦乙女──蒼の薔薇と言っても、戦力減耗してしまえば、いかにも脆い」

 

 イビルアイだけは例外だろうが、それを蒼の薔薇本人が言っても詮無いこと。

 敵の軍勢との戦いで摩耗しきったラキュースは、手中にある魔剣を構えようとして、体をふらつかせる。

 

「無理はせんことだ、お嬢さん」

「だ、まれ」

 

 アダマンタイト級冒険者──王国貴族のひとり──ただ人間としての矜持のままに、国にあだなす郎党を許すことはできない。

 そして、何より、

 

「仲間には、これ以上、手は、出させない」

 

 自分の後ろで倒れ伏す乙女たち。

 王国内の争乱(イザコザ)に、冒険者でありながらも駆り立てられた仲間たち──その命を預かるリーダーとして、戦いを放棄するわけには、いかない。

 しかし、

 

「連戦に次ぐ連戦を経ながらの、その意気込みは買うが、な。私の研究の集大成、動像(ゴーレム)兵団は、そこらの人間の軍とは性能が違うのでな」

 

 そう。

 ラキュースたち蒼の薔薇を追い詰めた非生命の群れの正体。

 人間でもモンスターでもない──動く像──ゴーレムが敵であったことが、この戦いにおける最大の問題だった。

 ゴーレムは、まったく疲労することなく活動を継続する造形物(コントラクト)。ちょうど、魔導国で普及している労働力──骸骨(スケルトン)などと同じように、その持続性能は恒久的なものだ。

 しかし、ゴーレムの制作は一朝一夕に行えるような事業ではない。王国の王都などでは、魔術師組合の警備兵として木動像(ウッドゴーレム)が普及しているだけで、そこまで一般的なものでないのがよい証拠と言える。

 そもそもの問題として、動像(ゴーレム)を製造できる魔法詠唱者自体が貴重であり、その中でも動像(ゴーレム)制作に精通するものは極めて稀。

 無論、ただの木で出来た動像(ゴーレム)程度など、ラキュースたちの敵ではない。千や二千など、容易く掃討できるはず。

 にもかかわらず、あの少年が従える鉄の動像(アイアンゴーレム)たちは、すべてが尋常でない強さと硬さを誇っていた。身に帯びる装備の性能も加えて考えれば、雑魚のモンスターなどよりも精強であるのは、確実な事実。

 それが、蒼の薔薇の目の前に、2000体。

 動像(ゴーレム)故に完全な指揮統率下にある軍団は、都市を蹂躙するでもなく、蒼の薔薇にトドメをさしに来るでもなく、ただ待機状態を維持し続けている。

 あまりにも不気味だ。

 

「あなた、何者──目的は、いったい?」

「それを知ったところで何とする?

 もはや虫の息。私の号令ひとつで絶命するだろう、儚い命が?」

 

 ラキュースは悔やむでも惜しむでもなく、少年の申し渡す事実を理解していた。

 絶望を理解しても、受け入れるつもりはさらさらないと、魔剣を正眼に構える。

 

「いい加減、時間も頃合いか。では──恨みもなにも無いが──さらばだ、蒼の薔薇」

 

 少年が指を鳴らした。

 動像(ゴーレム)軍の眼に光が灯り、前衛部隊が手に握る鋼の槍剣を突き出し、後衛の弓隊が矢を番える。黒衣の行軍と鏃の雨が、都市の夜を尚黒く染める。

 ラキュースの切り札・魔剣キリネイラムの超技──だが、今日一日で打てるだけの回数は消耗していた。

 剣を構えるだけで精一杯。振るう力さえない女の総身に、何の感情も持たない殺戮の嵐が殺到しようとした、

 

 その時だ。

 

「大丈夫ですか?」

 

 透き通るかのような男の音色。死の鉄風を払い除ける鳴轟。

 (ひるがえ)る双剣と全身鎧の漆黒が、夜闇の戦場に降臨していた。

 

「モ、」

 

 モモン殿。

 そう呼ぶ声すら掠れるラキュース。

 高鳴る鼓動は、戦いを忘れさせるほど心地よい。

 しかしそれでも、魔剣を構える両腕をおろすことはない。

 そんなラキュースを振り返り、モモンは満足そうに双剣の露を払う。

 

「大丈夫そうですね。よかった、間に合って」

 

 ラキュースたちでは抗しきれなかった軍勢攻撃を、モモンは単独で防御し果せた。

 

「ば、バカな──何故、あなたが、ここに!」

 

 掠れ声で、糾弾に近い勢いのまま、問い質す。

 漆黒のモモンは、いまや魔導国の冒険者。

 王国の、つまり他の国の内戦や争乱に派遣され介入するなど、あってはならない出来事だ。

 これがラキュースの友・第三王女ラナーによる救援であるはずがない。

 だとすれば、何故このタイミングで?

 

「もちろん魔導国の任務──」

 

 英雄は言い続けた。

 

「その帰りに、困っている誰かがいたので、馳せ参じたまでです」

 

 ラキュースは、言葉が出なかった。

 

「ああ。イビルアイさんの方は、ナーベが。都市郊外の王国軍には森の賢王(ハムスケ)がそれぞれ援軍に向かったので、ご心配には及びません。ポーションをお渡ししますので、どうか今はお下がりください」

「は、はい……」

 

 溶液入りの瓶を数本受け取り、ラキュースは熱くなる頬をこすってガガーランたちのもとに駆けた。

 

「ようやく来たか」

 

 少年の声が、モモンと相対する。

 

「貴殿が、漆黒のモモン、か?」

 

 蒼の薔薇と漆黒の遣り取りを、謎の少年は止めることなく見守っていた。

 

「そうだが? ……君は?」

 

 身長10メートル超のゴーレム。その大きな掌に運ばれるまま、巨兵の肩に降り立つ少年は、律儀に山高帽を取って一礼する。

 

「お初にお目にかかる。我が名は“トオム”──ご覧の通りの“ゴーレム使い”であり、ズーラーノーンの十二高弟に連なるモノ」

 

 ステッキを軽快に振るう様さえ美しく(みやび)な、少年の所作。

 自らの名と所属を明らかにする愚行……だが、それをさせるに足る意思と確信が、その語調の堅固さを物語る。

 褐色肌に白い髪の映える少年を、巨大な人型の岩塊は肩にかついだまま腰を落とし……

 

「誠に申し訳ないことだが。

 貴殿の力、────存分に試させていただきたい」

 

 

 一瞬の後。

 漆黒の戦士は、巨大すぎる岩の拳で殴り飛ばされた。

 

 

 

 ・

 

 

 

「すまない、美姫ナーベ……正直助かった」

 

 イビルアイは、エ・アセナルの都市内で孤立していた王国軍を救出し、都市郊外の本陣へと脱出させた。そして、すぐさま仲間たちのもとへ戻ろうと〈飛行〉の魔法で都市上空を直進していた折に、謎の黒衣に身を包んだ、飛行する戦闘集団に襲われた。

 魔法で薙ぎ払った敵は、人間でもアンデッドでも、悪魔などのモンスターでもない。

 まさかという畏怖に硬直しかけ、飛行するゴーレムたちに飽和攻撃を叩きこまれかけた時に、さらにまさかという人物と邂逅……そして、今こうして助けられることになったのだ。

 

「礼には及びません。モモンさ──んのご指示ですので」

「そ、そうか。モモン様の……って、いかんいかん!」

 

 こんな状況でにやけそうな己を律するように、頬を仮面ごしに強く叩くイビルアイ。

 

「とにかく、モモン様とラキュースたちのもとへ!」

 

 物見櫓(ものみやぐら)の屋根で一休みしている時間も惜しい。

 仲間たちの危地を救うべく、漆黒の英雄が馳せ参じてくれた以上、心配の種は尽きたというべきだろうが、やはり万が一ということもありえる。

 二人の魔法詠唱者は、情報交換もそこそこに飛行を再開しようとした、そのとき。

 轟音が夜の都市に響き渡った。

 そして、

 

「な!」

「モモンさん?」

 

 二人の足元の櫓が、半ばあたりで受けた大質量・超高速の衝突により、砕けた。

「「〈飛行(フライ)〉」」という声が共鳴する。

 イビルアイとナーベの足元で、櫓が積み木の塔のごとく倒壊していった。

 ちらりと見えた人影……櫓に突っ込んでいった英雄の姿に、仮面の魔法詠唱者は動揺を隠せない。

 

「ば、馬鹿な……い、今のは」

「ご心配には及びません」

 

 美姫に疑問する間もなく、崩れた建材の奥底から、ひとりの偉丈夫が(そび)え立つ。

 

「モモン様!!」

 

 ときめきで溢れる胸元を抑えるイビルアイ。振り返る同輩に、軽く頷くナーベ。

 戦塵を振り払い、頭上の彼女らを一瞥(いちべつ)し、「大丈夫」と言わんばかりに剣を持つ片腕を掲げるモモン。

 

 

 漆黒の英雄は一跳躍で、自分を殴り飛ばした者へ突撃していく。

 

 

 

 

 

 




モモン役の某領域守護者(意外にも手ごたえのある敵ですね。「レベル30程度の力で戦闘せよ」という命令を受けた私を、まさかここまで吹き飛ばすとは。あのゴーレム使いの少年、相当な技術者ということ……油断せずに、モモンとしての戦いを続けましょう)


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