提督の憂鬱 作:sognathus
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お互い不足している資材を交換する日がやってきました。
*例によって野郎ばかりの話です。
*しつこいようですが、BLではありませんよ!
「では、ご確認を」
「はい。……問題ありません」
少将は提督から受け取った資材交換の受領書の内容に目を通して問題がない事を確認した。
「そうですか。ではこれで取引は完了ですね」
「そうですね、ありがとうございます。助かりました」
「いえ、こちらもお蔭で暫く弾薬には困らなくて済みます」
「ははは、お役に立てたのなら何よりです」
提督より若く見える少将は、にもかかわらず階級の貫禄を感じさせる笑顔で応えた。
提督はそれだけで相手の有能さを何となく悟り、今回の取引に応じてくれたのが彼でいてくれて良かったと心の片隅で思った。
「それでは、他に特に気になることがないのでしたら、これで……」
出してくれていた珈琲も飲み終わっていたので、部外者が長居するのも良くないと思って提督が椅子から立ち上がりかけた時だった。
「あ、ちょっと」
「はい?」
「せっかくですから少しお話でもしませんか? その、親睦も兼ねて」
「え? ええはい、勿論構いませんよ。叢雲、悪いがこれで暫く時間を潰しててくれないか?」
不意の少将の提案を提督は意外に思いながらも特に断る理由もなかったので彼はそれを快く承諾した。
提督は叢雲に紙幣を何枚か渡した。
叢雲はそれを頷いて受け取った。
「ん、喫茶店でも行ってればいいの?」
「ああ。時間は……1時間くらいで?」
「あ、それくらいでいいですよ」
「了解。せっかくだから貴女もも誘っていいかしら?」
「えっ?」
叢雲に声を掛けられた少将の秘書(叢雲)は小さな驚きの声を漏らすと、少将の方を見て指示をを待った。
少将は叢雲に笑顔を向けて言った。
「ああ、はい。どうぞ。叢雲、せっかくだから行っておいで」
「いいの?」
「勿論。ほら、君もこれで何か食べておいで」
秘書の叢雲は提督から貰ったお金を握ると上目遣いをして小さな声で訊いた。
「パフェ食べていい?」
「はは、何でも好きなのを食べるといいよ」
「! ありがとう! 行ってくるわね♪」
「ああ、行っておいで」
秘書の叢雲はその答に目を輝かせると提督の叢雲が待っている扉の方へと駆けて行った。
「お待たせ。行きましょ」
「ええ、そうね。それじゃ大佐、また後で」
「ああ」
「行ってくるわね提督♪」
「うん、行ってらっしゃい」
バタンと二人が出て行って扉が閉まると共に、少将が和やかな雰囲気を惜しむように笑いながら口を開いた。
「いやぁ、それにしても偶然ですね。連れてきた艦娘が僕の秘書と同じなんて」
「そうですね。ただ、不思議なもので見た目は同じでもやはり雰囲気で判りますね」
「誰が誰の叢雲か、が?」
「ええ」
少将は提督の意見に何故か嬉しそうにあいづちを打った。
「あ、そう思いました? 僕もですよ。なんていうか、そちらの叢雲は僕のとこと比べて大人びてますね」
「ええ、大人しい方だと思います。それに優秀な娘ですよ。よく出来過ぎていてこちらの仕事がなくなるくらいに」
「あはは。それは困りますね。いや、うちの叢雲も優秀ですよ?」
「それは見て判りました。子供のような愛想を見せても仕事も隙なくやってくれていそうですね。指輪をしていたところを見ると……」
「ええ、僕の自慢の秘書にして最愛の妻です」
「妻……ですか」
幸せそうにそう断言する少将に提督は返事が少し淀んだ。
少将の言葉の何かを意外に思ったようだった。
少将はそんな提督の様子に気付かずに、自ら珈琲のお代わりを注ぎながら訊いた。
「ええ、そうです。そちらは、されてないんですか?」
「ええ、まぁ」
「あ、もしかして大佐は独身主義ですか?」
「いや、そういうわけではないんですが……」
「ああ、いや、冗談です。気を悪くされたのなら申し訳ない」
「いえ、まぁ、ケッコン自体の考えが今のところないといいますか、決断できないといいますか」
「そうなんですか?」
再び答えにくそうに言い淀む提督の様子にその時初めて気付いた少将が興味ありげに少し身を乗り出して訊いてきた。
「ええ、それにまだうちの艦隊には成長限界に達した艦娘はいませんので」
「えっ」
「どうしました?」
「あ、失礼しました。正直、意外でして。てっきり貴方は僕より練度の高い子をたくさん保有してるものかと思ってたので」
「はは、見た目は老けてても階級がその実績を表してますから」
「あ、いえ、そんなに畏まらないで下さい。僕らの階級なんてあってないようなものですから」
「そうなのですか?」
「え? もしかして大佐は正規の軍人の方なのですか?」
「恥ずかしながら、これでも士官学校の出です」
「そうだったんですか……」
「意外そうなお顔ですね」
「いや、なんというか……」
提督の言葉に申し訳なさそうな表情で謝意を表した。
「自分より長く軍にいて、しかも正規の軍人なのに、徴兵で提督になった自分より階級が低い事が気になりますか?」
「えっ、いやまぁその……。いえ、そうですね。その通りです」
「遠慮される事はありませんよ。先程も言った通り実績が階級を表してます」
「何かのご事情で戦果を挙げられてないんですよね?」
「いや、ほぼ自業自得ですよ。うちは殆ど遠征と出撃ばかりで、敵海域攻略の出撃をあまり行っていないですからね」
「え」
提督の話に少将は目を丸くする。
それも仕方ない。
自分達の仕事は公務である。
しかも国防に携わる極めて重要なものだ。
なのに個人の我侭のような考えであまり仕事に真摯な姿勢を示さないのは不穏さすら感じた。
「ま、おかげで今回交換して頂いた弾薬以外の資材には事欠いていませんが」
「あの」
「はい?」
「失礼を承知でお尋ねします。まさか、臆病風に吹かれたわけではありませんよね?」
少将の真剣な目に提督は居住まいを正して応じた。
「まさか。自分の命が惜しさに軍人をやるくらいならやらない方がマシですよ」
「ならどうして」
「先程、少将殿は私にケッコンしない理由をお尋ねになりましたよね」
「ええ、でもそれは練度が理由では」
「それは自分からしたら原因です。ケッコンを躊躇っているのは理由が別にあるんですよ」
「別に?」
「人間でない艦娘と恋仲になることに対しての背徳感です」
「……なるほど」
提督の言葉に気を悪くした様子もなく少将は椅子に深く腰掛け直して、どこか自分にも言って聞かせてるように呟くように言った。
「先にお断り致しますが、私は別に彼女らの事を嫌ってなどいません。寧ろ最近はいろいろ踏ん切りが着いて、その候補の娘が増えているくらいです」
「おお、それは」
「それに、先程背徳感と言いましたが、実際のところ自分に度胸がないだけだと思います。彼女たちの事を心から愛せられるのか自信がないんです」
「出撃をあまりされないのは、彼女たちを兵器として扱う事を躊躇われているから、という事でしょうか」
「軍人としては甘いと思います。ですが、それこそ人間として譲ってはいけない一線だと思っています」
「大佐は……お優しい方ですね」
提督の話を聞いて少将は言った。
「いえ、軍人としては失格です。轟沈させるのが怖いというわけでもなく、単に自分のエゴを通しているのですから」
「僕も最初はそうでしたよ。大佐と同じでした」
「ほう」
「でも、彼女たちと一緒に苦難を乗り越える内に気付いたんです。例え何があっても彼女たちとの間に出来た絆は揺るがないと」
「……」
そう静かに言う少将に提督は軍人としての強い覚悟と責任感を感じた。
そして黙って続く言葉を待った。
「大佐は、もう少しご自分の艦娘達を信じても良いと思いますよ。それが彼女たちにとっても喜びにもなるでしょうから」
「……お強いですね」
「ああ、いえ! 差し出がましことを言ってしまいました。申し訳ない」
「謝る必要などありませんよ。少将殿のお考えは立派です。そして、私もそれをもっと真剣に考えるべきなのだと気づかされました。ありがとうございます」
「そ、そんなお礼なんて!」
「絆……ですか。ケッコンをすれば、その絆も少しは実感できるくらいにはなるのでしょうか」
「ええ、それはもう毎晩」
「毎晩?」
「あ」
少将はしまったという顔をした。
だがもう遅かった。
二人の間に気まずい沈黙が訪れた。
「……」
「い、今のは聞き流してください!」
「……」
「あれ? た、大佐? 聞こえてます?」
(そうか……。艦娘とはいえ、見た目は女性。する事はできるのか。というか、ケッコンしたらあり得るのか? 毎晩はやり過ぎにしても絆を深める為にはやはりやった方が……?)
「あの、大丈夫ですか? 僕の声聞こえてます?! ねぇ?!」
(もし仮に、可能性の上での話だが、複数の艦娘とケッコンするとなると、夜毎に違う娘と……。いや、下手をすれば乱交のような……?)
「た、大佐?! 急に顔が蒼くなりましたけど大丈夫ですか?!」
少将は脂汗すら滲ませて顔色を悪くする提督に流石に焦った。
そして次に取った提督の行動に驚愕するのだった。
「 え、な、なんで拳銃なんか持って……ちょ?! そ、それどうするつもりです?!」
(俺は……軍人として、いや人として何という事を……)
「ええ?! いや、それ冗談になってないですって!! 死にますよ?! だ、誰か来てくれー!」
少将の必死な声がその日、基地中に響いた。
彼のそんな声を始めて訊いた艦娘たちは大いに驚いたという。
初めて一日更新しなかったのではないでしょうか。
仕事を言い訳にはしたくありませんが、人間なので許してほしいと誰にともなく言い訳してます。