ゾシモス


 ゾシモスは、実在の人物であり、真作の著書が残されている錬金術師としては最古の人間である。
 彼は3世紀頃のパノポリス人であり、一種の科学的百科事典である錬金術の理論と実践の総合的な書を著したことで高く評価されている。
 また、彼は染料や蒸留器、坩堝といった実験器具の改良、合金や硫化物の研究といった冶金学的な業績も大きかったが、錬金術を一種の秘密宗教の犠牲的な儀礼と捕らえていたこと。そして、象徴を用いた寓話を好んだこと。こうしたことから、幻視的な人間の精神の変容にも関心を持った錬金術師として注目をも集めた。
 ともあれ、後世の錬金術師達の多くは、彼に深い崇敬の念を持つことになる。
 彼は、28冊の錬金術書を著したと言われている。
 また、熱烈なプラトン主義者でもあり、プラトンの伝記をも書いたといわれる。しかし、こちらの書は散逸して現存しない。

 彼の錬金術思想はプラトンの強い影響下にあり、ミトラス教の秘儀、グノーシス派の影響も認められる。
 これは、後世の新プラトン主義の影響下にある錬金術師達から、盛んに引用され、多くの後継者を生み出してゆくことになるのである。

 彼の著書のほとんどは、後世の錬金術師達の著書からの引用という形で現存する。
 こうした彼の著書として重要なものが、「権威ある報告」である。ここにおいて彼は水銀を重視した。彼は、これを「聖なる水」とよび、流動性の銀であり、両性具有の存在であるとした。同時にこれは金属でも水でも物体ですら無い・・・と記述した。この人を煙にまくような記述は、錬金術の長い長い伝統であるわけなのだが、この曖昧な記述が「水銀」について多くの解釈をもたらしたことは言うまでもない。
 また、彼は、ここでグノーシス派からの影響とも取れる、あのウロボロスの蛇で有名な、循環の輪の公理をも記述した。
 「真理の書、水の構成について」も、重要であろう。これは寓話の形で錬金術の秘伝を説いている。
このなかで、金、銀、銅、鉛が擬人化され、寓話となっている。この不思議な寓話は、構成になって絵にもされたし、また多くのシンボリズムの起源ともなった。

 彼の著書は、化学史家のM・ベルトゥロによると、引用されたもの、断章も含めて19冊が現存する。
 しかし、それには改竄も少なくなく、キリスト教的な記述なども後世に書き加えられているという。


「錬金術事典」 大槻真一郎 同学社
「錬金術の起源」 M・ベルトゥロ 内田老鶴圃