古代の女性錬金術師

 古代には女性の錬金術師が何人もいたという。
 例えば、イシス、セオゼビエ、ユダヤ夫人マリヤ、コプト夫人クレオパトラ等である。

 ゾシモスは28巻にも及ぶ錬金術の百科全書的な著書を書いたといわれる。そのなかで、彼は古代の錬金術師たちの著書から多くの引用を行ったが、その中には女性錬金術師の名前が見られる。
 現存する彼の著書の断章において、彼がデモクリトスと並んで良く引用したのが、ユダヤ夫人マリヤなるユダヤ人女性の錬金術師であった。

 彼女は、ユダヤ夫人マリヤ、ヘブライ人マリヤ、預言者マリア、モーセの姉ミリアム等の名で呼ばれている。
 おそらく2~3世紀頃のエジプトのアレクサンドリアにいたという。
 この時代には何人もの錬金術師が居たとされるが、そのほとんどは伝説上の人物であるとしばしば言われる。そんな中、彼女は実在した可能性も否定できない人物といわれることもある。
 彼女の著書は散逸してしまったが、ゾシモスが著書の中で、彼女の著書から引用を行っており、そこから垣間見ることができる。
 化学史においては、マリヤは三本の管を持った蒸留器の発明者として知られている。
 他に「湯煎器」も彼女の発明といわれている。
 これらの発明があったからこそ、人類はアルコールの蒸留が出来るようになったともいえる。

 この彼女発明の蒸留器は「トリビコス」と呼ばれる。
 3本の管と蒸留器は銅ないし青銅で作られる。各3本の管の一方は受器の首の寸法に合わせ、他端は冷却用の蒸留器頭部に取り付けられる。冷却用の蒸留器頭部と蒸留される物質を入れた土製の煮沸器の間に円筒を立ててはめ込み、その継ぎ目を小麦粉で封じる。同じように放出口と受器の間も封をする。
 土製の煮沸器と冷却用の頭部蒸留器の間に円筒があるがゆえに、煮沸した液体が頭部の蒸留器に吹き上がることは無い。そして、煮沸され気化した物質は頭部蒸留器で冷却されて液化し、3本の管を伝って別の容器に移る。こうしてアルコール蒸留等が可能となる。

 また、彼女発明の湯煎器は、「ケロタキス」とも「マリヤの水浴」とも呼ばれる。
 三角形の金属板のパレットを上部に穴の開いた円筒か球形の容器の中に置く。この容器の穴は半球形の蓋で持って閉じる。そして、容器の下部には煮沸溶液を入れ、これを炉の上に置く。パレットの上には水銀や硫黄を置く。こうして炉に点火して過熱すると、煮沸液の蒸気がパレット上の物質と反応した。そして、蒸気は半球形の蓋で冷却され液化し、再び容器の底に落ちて循環する。
 この容器は錬金術だけではなく、絵画の絵の具液の作成にも使われた。

 もともと錬金術やヘルメス哲学の起源をユダヤ文化に求める説も古くからあり、ゾシモスのユダヤ人説がささやかれたこともある。この時、ユダヤ夫人マリヤも好んで引き合いにだされた。
「汝らの手で賢者の石にふれるべからず。汝らは我等の血族にあらず。汝らはアブラハムの血族にあらず」
 これはマリヤの著書からの引用である。

 コプト夫人クレオパトラは、おそらく1世紀頃のアレクサンドリアの女性錬金術師であったといわれる。
 彼女の名前は10世紀のアラビア語の錬金術書に、上記のユダヤ夫人マリヤと共に名が挙げられている。
 彼女の著書といわれるものに「クレオパトラの金の合成」、「尺度と重量」、「哲学者の神聖かつ神的な術」、「クレオパトラの錬金術」等がある。
 彼女の著書はグノーシス派の影響が強いことがよく指摘される。彼女は金を太陽、銀を月で記号化したり、かのウロボロスの蛇をも用いている。
 さらに8つの光線の星も描かれており、これはグノーシス派のオグドアド説と関係があるものと思われる。
「1は全てであり、それにより全てであり、それにおいて全てである。もし、全てを包括しないのなら」
「蛇は1であり、二つの象徴を持つ毒がある。」
「1は全てである」
 彼女の著書には、後期グノーシス派の影響が顕著であり、これを彼女が生きたとされる時代起源1世紀とするのは無理である。
 このことから、彼女の著書は、かなり後世の作品であると考えられる。

 彼女たちの出自はエジプトないしユダヤが多く、ここに錬金術の起源を求める説が生まれた。
 また、彼女たちの何人かの著書にはグノーシス派からの影響も、しばしば指摘される。
 現在の研究者たちの多くは、こうした女性錬金術師たちを伝説上の人物と見るのが無難と考えるものもいる。しかしながら、太古の昔に女性の哲学者、知恵者が居たと信じることは、神秘説を奉じる者にとって魅力的なことであることは間違いない。


「錬金術事典」 大槻真一郎著 同学社
「錬金術の起源」 M・ベルトゥロ著 田中豊助・牧野文子訳 内田老鶴圃
「錬金術の歴史」 E・J・ホームヤード著 大沼正則訳 朝倉書店