神話上の錬金術師
極めて古い錬金術書、パピルスのギリシャ語で書かれた秘伝書には、神や王などの実在しない人物を著者としたものも多い。
現在、実在の人物で、最も古い錬金術師達は、ゾシモス、オリュンピオドロス、シュネシオス等が知られているが、彼等以前から錬金術書は存在し、それらは神の名を冠した書物が多い。早くもゾシモスは、ヘルメスを著者とする錬金術書から引用を行っている。
1~2世紀頃に思想形成され、3世紀頃から書かれるヘルメス文書は重要である。一説には、ヘルメスを著者に冠した文書は2万巻を越えた(新プラトン主義者のヤンブリコスの記録)と言われている。
なお、ルネサンス以降の錬金術師たちによって重視されたエメラルド板も、ヘルメスの著書であるとされた。
これらの著書は、魔術や占星術、哲学をテーマにしたものも多いが、錬金術をテーマにしたものも多い。ヘルメスは、しばしば錬金術の発明者と見なされたからである。
ヘルメスはエジプトのトートと同一視され、さらにローマ神話のメルクリウスとも同一視された。いずれにせよ、こうした古いヘルメス系の錬金術書のほとんどは散逸してしまった。現存するヘルメスの名を冠した錬金術書は、いずれも3世紀以降のもののようである。
アガトデモンはエジプト神話のクノウフィと同一視された神であり、医学を司る。この神は、しばしば蛇をシンボルとしており、その信者達は家の守り神として蛇を飼育していた。一部のグノーシス派は、この神をその教義に取り入れた。それゆえに、この神こそが、かのウロボロスの基となってのではないかと言う説もある。
彼の名を冠した錬金術書の記録は、引用の形で残っている。また、金属に着色する法、卑金属を貴金属に変える方について書かれた断章が現存している。
イシスもまた、しばしば錬金術書の著者とされた。
彼女が息子のホルスに宛てた書簡の形を取った写本が現存する。だが、この写本にはあきらかにユダヤ起源のアナムニエルなる天使名が登場することからも、あきらかに後世の偽作である。
他にも、クフ王(ケオプス王)やアレキサンダー大王、ヘラクリウスなどの王を著者に冠した本。
プラトン、アリストテレス、ターレス、ヘラクレイトス、ゾロアスター、ピタゴラス、モーゼなどの哲学者や宗教家の名を冠した本。
こうしたものも存在する。
このように、ギリシャ語の錬金術書の著者は、権威付けの偽名が多く、ここから多くの伝説と誤解を生み出してゆくのである。
「錬金術」 セルジュ・ユタン 白水社
「錬金術の歴史」 E・J・ホームヤード 朝倉書店
「錬金術大全」 ガレス・ロバーツ 東洋書店
「錬金術の起源」 A・ベルトゥロ 内田老鶴圃