ホムンクルス

 錬金術には「ホムンクルス説」というのがある。要するに、人工的に人間を造る技術のことである。
 錬金術の歴史において、誰が最初にこのような説を唱えたのかは分からない。ルネサンス期に多くの自然魔術を唱える学者達が研究した「からくり人形」の名残ではないか、とも言われる。
 ただ、この説が広まるきっかけとなったのは、かのパラケルススが、その著書「ものの本性について」という本で言及したことからくる。
 彼によるとホムンクルスの製法は、次のようなものだ。
 まず人間の精液を蒸留器に入れて密閉する。そしてこれを熱を持った馬糞の堆肥の中に埋め、40日間腐敗させれば、やがてこれが生きて動き始めるようになる。やがて人の形をした透明で物質的でないものが生じる。これに人間の血を糧として与え、馬の胎内と同じ温度のままで、さらに40日間保存すれば、このガラス器の中に小さな人間が生じるであろう。
 もっとも、ヘルメス哲学者は、この記述を字義通りには受け止めない。これは、あくまで錬金術の寓意であり、秘伝を受けた者が読めば、「プロメテウス神話的な表現によって、賢者の石の発見につながる「金属の胚」の誕生を象徴したもの」と分かるという。

 また、こんな製法もある。
 クリスタルガラスで作った容器を用意する。これに5月の三日月の晩の夜露を1ますぶん、健康な青年からとった血液を2ますぶん入れて混合して密閉し、1ヶ月置く。すると、透明な液と赤い沈殿物が生じるが、上澄みの液を取り動物からとった抽出液を加える。赤い沈殿物は緩やかに加熱しながら1ヶ月置く。するとやがて赤い沈殿物は内臓のようなものを形成し、血管や神経をも生じるようになる。4週間ごとに、先の上澄みを振り掛けてやる。すると、4ヵ月後には、ガラス容器の中には果物が成った小さな樹が生え、美しい少年と少女が生まれている。これがホムンクルスである。
 この二人に、動物の抽出液を与えておけば、6年間生かしておくことができる。
 二人は生まれて1年が過ぎると、知能を持ち、自分達を創造した錬金術師に「自然界の秘密」の知識を与えてくれる。彼らの性格は穏やかで従順。
 しかし、彼らの寿命は6年しかない。ホムンクルス達は今まで小さな樹の果物を口にはしなかったのが、これを食べるようになる。すると、ガラス容器の中に煙のようなものが生じはじめ、閃光が走る。二人の小人はパニックを起こし、身を隠そうとする。そして、全てが乾涸びて彼らは死ぬ。その時、ガラス容器の中で爆発が起こるので、大きな容器を使ったり、強度の弱いガラスを使うのは危険である……。
 これは近代のグリモワールに現れる記述であるが、ちょっと錬金術の寓意を学んだことのある人なら、これが蒸留器の中での王と王妃の結婚で示される、哲学の卵の中での対立物の結合・黒化の象徴が変形したものであることが分かるであろう。

 近代の魔術では、ホムンクルスについては、また別な解釈も与えられている。
 こうした研究は、性魔術で行われることが多い。
 こうした解釈の一つは、丹田で気を練り、陽神として頭頂より出現させるとき、それを人間のミニチュアの形で出現させる技法だ。
 あるいは、これを左道派的に行い、自慰行為による人造精霊の生成を、ホムンクルス製造であるとする技法のこともある。
 また、アレイスター・クロウリーは、このような技術を考案している。
 彼によると、ホムンクルスとは人間の肉体を有し、知性と言語能力を有しているが、人間の魂を持たない存在のことであるという。そして、こうしたホムンクルスには、人間の魂の代わりに、惑星の精霊や元素の霊を入れることが可能だという。
 人間の子供は受胎してから早いうちには、まだ人間の魂は宿ってはいない。だから、人間の魂が宿る前に、この胎児に鍵をかけ、魂が入れなくする。そして、その代わりに惑星の霊などを呼び出して、その胎児に宿らせれば、強力な才能を持った人造人間を造ることが出来る。これがホムンクルスである、と。
 言って見れば、これは本来肉体を持たないはずの精霊を受肉させてしまおう、という技術だ。
 また、彼はこれを「ホムンクルス文書」という小論文で、具体的な方法を書いており、それを読むと、一種の胎教のようにも見える。
 正直なところ、これをクロウリーがどこまで本気で信じていたのかは、分からない。幸いなことに、この技術が成功したという話しは聞いたことがない。


「錬金術」 セルジュ・ユタン 白水社
「ムーンチャイルド」 アレイスター・クロウリー 創元推理文庫
「錬金術事典」 大槻真一郎 同学社
「魔法の歴史」 ゲリー・ジェニングズ 教養文庫