専門の細分化が共通認識を妨げている 釣り=釣果だけを求めるならば、ルアーのように合わせのテクニックを究極に高めれば良いと思います。 実際、物理的な作業です。但し、それだけのことであれば、釣りは長く続かない嗜好の趣味。 切磋琢磨になれば好ましいけど足の引っ張り合いになる趣味は長く好評を得ないもの。 釣りも昔の”釣り熱・フィーバー”が冷め、その波を受けているような気がしますが、 それでも他の趣味の流行り廃れに比べれば小さいと感じています。 釣技テクを極めれば料理へ入ったり、学術へ入ったり、幅広いエリアが控えていますから。 しかし、学術の世界は微妙に問題を抱えているようです。 同じ理系学者でも、交流などがないと最新知識が広がらない現実が多くあります。 例えば、医学や農学部水産学・獣医学でも、サメ(アルツハイマーにならない、脳が退化しない、 巨大な肝油や白血病、悪性腫瘍=ガンにかからない)とか、 サケ類(固まり難い肝油や致死遺伝子)を使っていても、同じ研究の”常識”はかなり離れています。 典型的なもので、地質学者(鉱物専門)と古生物学者(恐竜学専門)、植物学者(古代植物)が交わらず、 絶滅原因(⇒K=T境界層問題など)が何なのかすら、未だに協力し合っていないような話も聞きます。 更には、医学や生物学の問題に物理学者がTV番組で堂々と言及するなど、 TV番組のエンターテインメント化によるスタッフ学術調査が徹底しなくなった事からなのか、 電気関係に素人が口出ししたら、普通は「専門外が口出すな」なのに。 専門の細分化が引き起こした問題ともいえます。 ダヴィンチ型の博識・万能学者は生まれにくくなっているのも現代の宿命かも。 魚類学者でも分類学、古代生物学、海洋生物学、陸水学、淡水生物学…など幅広いですからね。 「魚類学者に話を聞きました」って言ってもトンデモな見解な場合、専門がズレている事が多く、 非難されて可哀想と思う事すら、しばしばあります。 表紙 次へ |