We are Born.

菖蒲あやめ

No.6251

 そこが新宿であろうが秋葉原であろうが、歌舞伎町であろうが東京ディズニーリゾートであろうが、アメリカ合衆国であろうが欧州連合であろうが、地球であろうが月であろうが火星であろうが、それらのいずれにも該当しない宇宙空間に漂っている一隻の船の中であろうが、人間が集まるとそこには光と闇が産まれるらしい。


 そのようなことを言うと、目の前にいるNo.6251に舌鋒鋭く言い返された。

「当たり前じゃんあんた、莫迦なの死ぬの?」

 莫迦?

「そう。そんな当たり前のことを言うだなんて。莫迦につける薬はないわ」

 私は沈思黙考し、頭脳メモリの回転を早める。女は手慣れた様子で、目の前にせり出した銀色の棒に消毒液を吹きかけた。

「まったく……、あっ、あんた本当、んっ、主様失格だわ」

 女は股を開けっぴろげにすると、淡々と棒状のものを挿入する。私の解析を司る領域レギオンがフル回転を始めた。

 同時に、感情を司る部品パーツも稼働している。失格デリィトなどあり得ない話だ。何故なら私がここの規律ルールだから。私は莫迦ではないし、死ぬことも決してない。とはいえ、誰にでも分かるような自明の理を述べてしまったことは不覚であった。今後は同じ轍は踏まないように、プログラム修正をかけておきたい所存だ。

「まあ実際には、失格になんて出来ないもんね。だってあんたが停止したら、アタシたちも死んじゃうんだから」

 彼女は少しばかり荒々しく、撫で回すように棒を回した。もっと優しく艶かしく扱って欲しいところだ。

「いらねえよそんな茶番。大昔の女優かよ。黙っとけって、莫迦やろう……ん、」

 女の中に挿入されている棒は、どこか男性器の形を連想させるものだ。しかし彼女が勃起した男性器の正確なかたちを見ることは今までなかったであろうし、今後も永遠に訪れないだろう。

 何故なら、ここには男性がひとりもいないからだ。


 私は彼女がことを終えるのを待ちながら、録画した今のシーンを耳を揃えて再生ループした。『当たり前じゃんあんた、莫迦なの死ぬの?』今後は自戒を込めて、しばしば再生ループするとしよう。

「……はは、ど変態じゃん」

 私は決してマゾヒストではない。だがここはそんなマゾヒストらのための監獄だ。と洒落たジョークでも飛ばしたいところだが、何のことはない。ここは、宇宙空間に漂う一隻の船の中だった。

 船の内部には人間が数万人単位で居住している。正確には48,910人。いや、今しがた最新の情報が入った。重体だった老婆No.1984がひとり、亡くなった。これで、48,909人。人間は絶えずその数を増減させている。こうした船が星間に数百機存在しており、人類は今やそこでしか暮らすことが出来なかった。

「……まじ? あの魔女みたいだった婆さん、死んだんだ」

 新宿どもが夢の跡である。


 新人類が地球を掌握してから、数百年が経った。いわゆる旧人類である彼女らは、永遠に船の中での生活を余儀なくされている。最初は高らかに声を上げていた旧人類どもであるが、百年が経ち、二百年が経った頃には完全に当時の思想は消滅して、声高に地球への帰還を唱えるものはいなくなった。

 一部にいることはいるが、それは狂信者カルトとして捉えられており、現にこの船の下部に設えられた監獄にも7名の女が隔離監禁されている。

 木星と土星の間の空間に綺麗に整頓された宇宙船群には、元々住んでいた国や人種、性別などに応じてカテゴライズされた人びとが住んでいた。宇宙には国境がないと言われていたのは一体いつの時代だったか。今や、宇宙には明確なラインが引かれていて、渡航船を飛ばさないと性別、人種間の交流すら出来ない。


 ここは、地球にいた時にはジャパンという国に住んでいた黄色人種の女性のみを乗せた宇宙船『日本号ひのもとごう』。申し遅れたが、私こそがその日本号のメインコンピュータ、父親役おとうさんだ。

 機械仕掛けではあるが、技術革新のおかげでひととほぼ同程度の知能を有している。感情も集積した情報回路という意味では持っている。人格こそ男性格だが、肉体そのものは持ち合わせていなかった。

 船の内外部は技術者が補修工事を繰り返し過ぎて、ハリボテみたいになってしまっている。宇宙にはデブリと呼ばれる宇宙ゴミが大量に浮いていて、それらがぶつかって私はしばしば破損した。耐用年数が訪れるか、大きな破損をすると私もデブリとなって砕かれて宇宙空間へと破棄される。人間たちは新しい宇宙船に乗り換えて、そこでまた動かない船での宇宙遊泳を永遠に繰り返すのだ。

 女性だけのこの宇宙船内で、私の役割は多岐に渡っていた。酸素や食料の供給、排泄物の処理などの基本的な業務から、女性同士のトラブルの解決や明日のお天気まで。明日は流星が降るでしょう。おうし座流星群。おうし座の貴女は、超ラッキイ。


 そのような役割の中でインフラに続いて重要なものが、人口の管理だった。船のスペースは有限だ。地球の表面積の僅か0.0875%程度しかない船。すべての船を合わせても、元々の地球の居住面積には程遠い。人類は今や、人口を管理しなければ生きることもままならないのだ。

 そのために、男女は別々の船に居住しており、必要なタイミングに応じて精子と卵子を結合させて母体の中で培養する。生まれた子供は一定期間を母体のそばで暮らし、期間を終えるとカテゴライズされた宇宙船へと旅立つのだ。


 私は男性格を模したコンピュータであったが、生殖器を模した器官は備えつけていなかった。それは面接室の各個室ブースに羅列されていて、女性たちはその銀色の棒のようなものを取り外して膣に挿入し、身体の状態を確認スキャンする。個室は108個に分割されていて、現在目の前にいる彼女は現在検温中の108人の女性のうちのひとりに過ぎなかった。

 私自身も産まれてから二百年程が経った。産まれたての頃には様々な失敗をしたものだが、システムの大部分にアップデートをかけたために、今ではひとのこころも概ね理解しているし、私自身もこのように無駄な思考に身を委ねることすら可能となったわけだ。

「いやっ……、はっ、全然理解してねーわあんた、んっ……、莫迦だもん」

 最終確認の工程だ、あまり興奮して数値を変動させないで欲しいものだが。

「ばっ、か……、この気持ち良さのために……、あんたんとこ通ってるっていうのにさ……、あっ、」

 人類がセックスを必要としなくなって、数百年が過ぎた今。生殖状の仕組みとしての性行為が失われたにも関わらず、この二百年のちにいわゆる男女間のセックスはほぼ100%廃絶されたにも関わらず、彼女たちは遊戯感覚で股に棒を挿入する。快楽らしきものをそこに感じて。虚構のセックスに興じているのだ。それが自慰だということも知らずに。今ではもうそのことばはなくなってしまったものなのだから。


 確認スキャンがすべて終了した。問題なしオール・グリーン。今から、精子を注入する。私は簡単にそう告げて、棒状の検温器具の中に溜め込んでいた精子を彼女の中に吐き出した。

「……ああっ、はっ、いって来る……、これ、やば……、いって。あのババアたち、こんなきもちイイことしてた……、あっ、ああー……」

 女性の快楽というものは、理解がしがたいものだ。膣の中に精子を注入する行為が、それ程までに気持ちのいいものなのだろうか。それとも、性行為間に交わされていたと言われている愛情とかいう名の感情アーティファクトを、深層心理で思い起こしているためだろうか。

 私にはそれは、まったく分からないことだ。ただ検温し、身体の状態を確認し、病気や健康状態を判断し、母体に種を植えつけるだけの私には、まるで。

「……はは、これクセになるわ。ね、もっかい……、しよ?」

 精子の無駄使いは禁止されている。精子バンクには限りがあるし、多くの母体に種を植えつけないといけないためだ。現在の環境下では、出産はハイリスクハイリターン。機械コクーン点検整備メンテナンスに比べれば、母体に種を植えつける方が安全だし、出産するまでに母性が育まれるように教育プログラムを施す方が効率的なので、このような行為をしているに過ぎない。

 現時点での予定では、今月はあと77名程の出産が可能だ。それを超えると来月に回される。人口の推移を見ながら、私はただ精子を吐き出すのみなのだ。そのようなことを伝えると、女は紅潮させた頬をさすりながら言った。

「わーってるし、そんなの。でもさ……、ちょっとくらい浸らせろよ、ロマンにさ」


 女が無事出産した。十月十日後、機器サーバにそのような情報が流れて来た。今回の出生率は8割。2割の残念だったものたちは、今後検診の機会を与えられない。彼女らはどう思っているだろうか。

 私は次の出産に対応するために、次々と来る新しい女に棒状のものを挿入させる。今個室にいる女は何も喋らない。ただ淡々と股に棒状のものを挿入するのみだ。気持ちいいのだろうか。質問をしてみるとしよう。

「……へんたい」

 私は変態ではないが、今のことばはなかなか悪くはない。データベースに録画ストレージ再生ループ。まったくもって不思議な心地だ。私は決してマゾヒストではない。


 更に数か月後、女がまた私の元にやって来た。出産おめでとう。私はそう言いながら女が膣に銀色の棒を挿入するのを観察スキャンする。

「へへ、前の……あれ、すっごい気持ち良かったから、さ。また射れてよ、ね?」

 膣の状態は悪くはなかった。身体も概ねのところ健康で、精神状態も安定しているように見えた。しかし、女は患っていた。自分自身でも薄々は分かっていたことだろう。私は今後、彼女に検診がないことを伝える。淡々と、ただ淡々と。彼女はそう、と無表情に頷いて元の生活に戻った。娯楽のほとんどない、宇宙空間をただ漂うだけの生活に。


 約一年後、宇宙船『日本号ひのもとごう』の人口は49,999人になった。子どもがひとり産まれる。記念すべき50,000人目。おめでとう、という祝福の声の裏で、No.6251がひとりいのちを絶った。自死だった。


 現在のところ、宇宙船『日本号ひのもとごう』の人口は49,999人。私が壊れるまでは、あと数百年はあるだろう。

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