少々、マニアックだが、前出の太田氏は、4月に始まったNHKのバラエティ番組『ばらえてい テレビファソラシド』の存在を挙げる。進行役は永六輔で、タモリがレギュラー出演した。
「『笑っていいとも!』は'82年、それ以前にNHKのゴールデンタイムの番組がタモリを起用して当時は話題になったんです。
この番組には新人アナの頼近美津子もレギュラー出演しており、特技のピアノを披露していた。女子アナブームの走りで、頼近はNHKきっての美人アナとして人気者になりました」
忘れてはならないのが、'79年はクイズブームの年でもあったということ。
関口宏が司会を務める『クイズ100人に聞きました』、愛川欽也が司会の『人生ゲーム・ハイ&ロー』、土居まさる司会の『象印クイズ ヒントでピント』(テレ朝系)はこの年に放送開始となった。
そして、当時の人気クイズ番組の代表格が、『クイズダービー』と『ぴったしカン・カン』である。
元毎日放送プロデューサーで、同志社女子大学教授の影山貴彦氏はこう指摘する。
「大橋巨泉さんが司会を務めた多くの番組のなかでも『クイズダービー』は特別な存在です。放送は土曜19時30分から30分間。
生番組ではありませんが、30分ちょうどで収録していた。つまり、編集を必要としなかった。テレビを理解しているからこそ無駄打ちをしないのです。生放送のように撮る。私はそこに心が引かれます。
いまは1時間番組が主流ですが、『ぴったしカン・カン』もまた30分番組でした。この番組の雛型はNHKの『連想ゲーム』です。
『連想ゲーム』をいかに民放として面白くしていくかが狙いだったと思いますが、その意味では、当時TBSアナウンサーだった司会の久米宏さんの存在に尽きると思います。
久米さんの繰り出すテンポの良い流れるようなトークを見て、私はタレントさんだと勘違いしていましたね」
前出の小川氏は当時のクイズ番組ブームをこう解説する。
「『クイズダービー』、『ぴったしカン・カン』、『100人に聞きました』は、すべて知識を問わないクイズ番組なんですよ。一般の参加者は、問題に対してカンで解答する。だから誰でも楽しめる。
この後、インターネットで検索すれば正解がすぐに分かる時代が到来し、単純な知識を問うクイズは意味を失いますが、この頃すでに先取りしていたとも言えますね」
フジテレビで10月から始まった『アイ・アイゲーム』もインパクトがあった。言葉遊びのゲームが番組の内容だが、司会の山城新伍が「チョメチョメ」という言葉を連発し、流行語にもなった。