目次 [とじる]
生きる辛さを受け止めて
金栗は、ストックホルムを走ります。
死ぬことよりも、生きることの方が辛いかもしれない。
それでも走り続けると、金栗は誓います。
そんな金栗に、三島は水を差し出すのでした。こうして苦い経験を味わい、彼らは帰国するのです。
「我々は、またオリンピックに帰ってくる」
閉会式前に、この地を出立すると語る嘉納治五郎。まぁ、お金もないですしね。
しかし、大森夫妻は違います。
安仁子は、夫と選手たちの面会を拒むのです。
「ノー! 察してください」
「では、また日本で」
そう語る金栗に対して、大森がベッドで指を鳴らします。
また日本で――その日は来ません。
大森夫妻はアニーの故郷に渡り、翌年1月、他界したのです。
享年37。
再会を誓った相手と、それが叶わない人。
そんな運命がいくつも交錯してゆきます。
安仁子は、金栗と三島に部屋の窓から声をかけます。
「大和魂、忘れないで!」
これも、よい場面のようで、怖い伏線でもあります。
日露戦争の後、日本は世界から何か神秘的なものがあるという目を向けられます。
「武士道」とは、「大和魂」とは、それに対する答えでした。
これは、よいことだったのかどうか。
日露戦争は、ギリギリの勝利であったと見直すべきではなかったのか?
夏目漱石のような人物は、このまま慢心すると日本は滅びると警鐘を鳴らしていました。
このあと、日本には偉大なアスリートが登場します。
一度目の五輪で世界的スターとなったあと、二度目の五輪ではメダルを逃しました。
冷静に考えれば、この結果でも納得している。アスリートとして冷静にそう分析しコメントしたところ、彼は猛烈なバッシングに巻き込まれてしまうのです。
そして、硫黄島で戦死――。
大和魂がアスリートを励ますどころか、追い詰めて殺す。
そんな時代が、近づいています。
ミッシング・ジャパニーズと小汚ねえ落語家伝説
金栗は、救助してくれた郊外の家へ礼を言いに来ました。
几帳面ですね。
ミッシング・ジャパニーズ。
金栗は消えた日本人伝説になったのです。
一方で東京の美濃部は?
質に入れてしまたものの出してきた着物を、清に返します。
俺にはもったいねえよ、って。
あの破天荒な初高座の結果はどうなったのでしょうか。
「しくじったのかい?」
「首にならずにすんでんだよな」
どうせまた曲げる(※質に入れる)からと、着物の受け取りを渋る美濃部です。
いい奴なんだか、カスなんだか。わからんなぁ。
いや、多分、何も考えていないのかもしれない。
天然ですっとぼけた、周囲からすると意味不明なことをやらかすタイプと見た。
実際、そう言う逸話が多いですしね。
狙ってすっとぼけているわけではない。
ありのままに生きて行動すると、なんか常識からずれる。
こいつは、そういう奴だぁ!
美濃部は、清から質入れ、出すのを繰り返せばいいと言われて、ばさっと羽織ります。
見ました? このバサッ!
本当に粋です。
和服をこう言うふうに、構造を理解して綺麗にささっと扱うこと。
それは、近年ダメになりつつある所作なのです。
和服の構造を理解しないまま、適当な動きをしているとしか思えない。そういう所作をよく見かけるようになりました。
それはそれで、仕方のないことではあるのです。
役者さんのせいではありません。
指導の問題です。
このあいだ終わったばかりの朝ドラにも、後半、和服を着ている若手女優がおりました。この所作が、本当に残念でした。
森山未來さんの身体能力の高さは、存じております。
そんな本来の力をはるかに超えてきた。迫力すら感じる。まるで魔法がかかっているみたいです。
高座でもそうでした。
本職ではない役者さんが落語を演じる。これだけで、難易度が高いものです。
よくやれるなぁ。
それをこなす森山さん、本当にあなたは一体、何者ですか?
ストックホルムで、金栗は三島にカメラを返そうとしています。
しかし、三島はあげると言うのです。
実は新品を買ったんだそうで。気前がいいなぁ〜! 三島って、本当にジェントルボンボンですよね。
ここで、ダニエルのボタンホールに花をさしてあげる金栗です。
本当に性格が優しい。
こうして、一行は48日の滞在を終え、水の都に別れを告げたのでした。
いざ、ベルリンへ――。
しかし、その先にある歴史は、暗いものでした。
MVP:ラザロ
やっぱり今週は、ラザロ回で良いでしょう。
ラザロ自身が息をひきとる姿すら、ない。
これはなかなか、画期的なこと。すごいことだと思うのです。
昨年の『西郷どん』が顕著でしたが、それまでの過程をすっ飛ばしておきながら、西郷の弟が死ぬ場面はこれ見よがしに入れてきたものです。
しかも、史実と異なり、西郷自身も居合わせた。
それと比較すると、本作がいかに挑戦的であるか、よくわかります。
総評前に、禁止事項を提案したく思います
実は、私が大嫌いな言葉に「ナレ(なんとか)」があります。『真田丸』で使われていた頃は、まぁそんなものかと思っていました。
それが一転したのは『半分、青い。』の「ナレ離婚」バッシングから。
あの作品を叩く意見が全て悪いわけじゃない。理由があればよい。そうじゃないでしょ。
この風潮が続いたら、ドラマは堕落します。
◆律が“ナレ離婚”!?「半分、青い。」が週明け早々大波乱で困惑と不満の声 | アサ芸プラス
「離婚は盛り上がるはずだよね! それを飛ばすなんて酷いよ」
そんなこと、作る側は知ったことではありません。
何が重要であるか、その順位を決めるのは誰ですか?
視聴者ではない。創作側です。
『真田丸』のナレ関ヶ原。あれは叩く要素が実はありません。
真田家にとっての重要性は、第二次上田合戦が圧倒的にあります。東西という広義ならまだしも、狭義の関ヶ原には、そもそも真田家は参戦すらしていません。
『半分、青い。』の離婚にせよ、あのドラマの優先順位では上位ではない。
だからああなった。それだけのことです。視聴者が盛り上がるのはここだからやれ――とグダグダ言うのは、筋違い。
焼肉店に入っておきながら「魚介類がないとは、なめとんのか!」と言い出したら?
「出て行ってください。寿司屋はあちらです」
それで終わります。
本作における時系列シャッフルについてもそうです。
先週の時点で、ペトレ家の場面がカットであるという叩きがありました。
時系列がそのまま進まないフィクションなんて、よくあることです。
主人公が誰であるか。
その人物にとって優先順位はどうなるのか。そこをきっちりと組み立てて、時系列やシーンのカットをすること。
これは、創作の基本です。
できない作品はどうなるのか?
ちょっと考えてみましょう。
・赤ちゃんや子役、動物に頼りきり、やたらと映しこむ
→『おんな城主 直虎』の場合は、よい例外です。井伊家と猫には縁がありますからね。『西郷どん』とは違うのです。
・セクシーシーンやエロスに頼った場面を入れてくる
→『西郷どん』は褌と初夜が大好きだったな……。
・少女漫画の壁ドン、雑なBL描写を打ち込む
→『花燃ゆ』の壁ドンもどき、『西郷どん』の酔っ払いと主人公の水飲ませシーン……。
・主人公にとって重要なイベントをすっ飛ばし、知名度が高いものを無理矢理ぶち込んでくる
→来年の明智光秀大河における「本能寺の変」クローズアップは適切です。ただし、『天地人』や『江 姫たちの戦国』は災厄でしかありませんでした。
そこを踏まえますと、ラザロの最期は描かずに、紀行まで含めた追悼する人々の姿で描き切った本作には、魂があると思います。
総評
今日は、とてもつらい回でした。
汽車の中で悔しがる金栗。
ラザロの死と追悼。
こういうストレートにぐっさりと刺さる描写も、しんどい。
美川が黒歴史になりそうな恋愛小説を書いていることも、まぁ、ある意味辛かった……。
美濃部孝蔵の初高座も、厳しいものがあります。
トラウマをグサグサえぐる辛さがありました。
感情移入しすぎるタイプにとっては、本当につらい作品です。
看病される夫。する妻。
そんな大森夫妻も見ていて辛い。
安仁子は、これから会えなくなる夫の思い出を、筆にこめて残そうとしていうんだな、って。
こういう消える相手を前にして生きている彼女の姿が、本当に悲しくてなりませんでした。
そして最も辛いのはーー。
「次はベルリンだ!」
そう誓い合う選手たちのこと。
彼らの中で、オリンピックに参加どころか、この世界から消えてしまう人もいたかもしれない。
ヨーロッパの選手ならば、そうなっていても不思議ではありません。
ラザロは、残念ながら最後の犠牲者ではありません。
彼のようにスポーツに生きたかったのに、そうできない選手が出てきます。
金栗が育て、応援してきた教え子にも、そんな選手が含まれていることでしょう。
そして、嘉納の遥かなる夢。
「極東でオリンピックをやりましょう!」
この夢に、彼は突き進み、叶ったかのように思えます。
しかし、戦争がその夢を消してしまう。
そんな歴史の暗い影は、落語にも及びます。
古今亭志ん生が満州でウォッカを一気飲みしたのは、飲兵衛だったから?
そうではありません。
彼をしても、死ぬしかねえと思い込んでしまったのです。
本作の神がかったところは、明るい第1部ですら、戦争の影を入れ込んでいるところです。
大きな音に弱い古今亭志ん生。
五りんの持っている満州からの絵葉書。
植民地のメダルは宗主国のものという説明。
古今亭志ん生の場面はじめ、昭和パートも不思議な特徴があります。
かつてあった江戸の雰囲気は、どこに消えたのか?
消える過程から、本作は逃げないでしょう。そう信じています。
今日のラザロを教訓にすること。
大森のスポーツ理論を褒める嘉納治五郎にも、伏線があります。彼らは、理論できっちりとスポーツを発展させたいと願いました。
しかし、時代はそれとは逆の方向へ突き進みます。
「大和魂!」
肯定的なニュアンスで使われているこの言葉。日露戦争の勝利による高揚感。
これが、破滅へと突き進む要因となるのです。
神風。
武士道。
玉砕。
日本人の精神性を称揚するあまり、物資や理論が軽視されるようになります。その果てにあること。それが、幻の東京五輪なのです。
本作は、実に挑戦的です。
五輪やスポーツ称揚どころか、五輪の悲劇や暗黒面に切り込む。そんな姿勢が感じられます。
この作品は、唯一無二、大河ドラマでも画期的なことを描いています。
無知。
根性論。
慢心。
己の弱さを認められないこと。
こういうことが、いかにして日本人を殺していったのか。
そこを、逃げずに描く。そういう画期的な作品になり得る。そんな可能性があります。
大河ドラマの原作者定番といえば、司馬遼太郎氏でした。
彼は、
「日露戦争までの日本の歴史は、よかったのではないだろうか」
という視点から、歴史作家を目指したわけです。
戦争という暗い時代をくぐり抜け、高度経済成長を生きていた日本人にとって、ああいう世界観はぴったりでした。
一国一城の主になる。誇りある歴史。
そういうドラマが見たかったわけです。
しかし、今はもう、そんな時代ではありません。
司馬氏というレジェンドにも、こういう批判は出ています。
「いや、幕末の時点で問題あったよね、そうじゃないよね……」
綺麗で、クリーンアップされていて、誇りになる歴史。
高度経済成長期に生きてきた方には、心地よいコンテンツであったわけです。
しかし、そんな時代を見てこなった年齢層は、辛い歴史に翻弄される人物の方が、共感を持って受け止められるようになって来ました。
2011年『平清盛』
2013年『八重の桜』
2016年『真田丸』
2017年『おんな城主 直虎』
こうした作品は、評価が割れました。
言いがかりのような、ひどいバッシングもあったものです。
「日本はもっと綺麗であったはずだ! 武士が汚らしいとはけしからん!」(『平清盛』)
→源平時代に清潔感を求めてどうするのよ。
「負けた側の話なんて見たくない!」(『八重の桜』)
→じゃあ勝利した側はおもしろかったの? 『花燃ゆ』と『西郷どん』が面白かったって?
「俺の知っている歴史となんだか違うぞ!」
「負けた武家の女は自害しろ!(※それは幕末の話っしょ……)」(『真田丸』)
→あの考証担当者チームに挑むって、何の罰ゲームですか?
「女が城主! ウギギギギギギ!」(『おんな城主 直虎』)
→女が上に立つからってバグを起こしなさんな。
まぁ、要するに、大河のオールド視聴者層の中には(あるいは大半?)って、歴史ものを見たいわけじゃないんだな。
・時代劇のコスチュームを着ている
・女は良妻賢母のみ、女城主は許さない
・ラストは一国一城の主になってスッキリしたい
要するに、高度経済成長期サラリーマンが没入できる、コスプレだったわけです。
そんなものはいらない。
日曜8時にまで、上司接待飲み会ノリなんてうんざりだ。
そういう視聴者が主流となれば、もう大河は終わりです。
そんな上司接待に疲れ果てた世代は、むしろ『いだてん』の暗い世相に向かい、翻弄される姿がグッとくるはずです。
そう割り切れるか?
ただ、そうなるとこうなる可能性はあります。
「田畑パートいらね。昭和ノスタルジーとか見たくないから」
まぁ、そこは危険だと思いますね。
政治工作の裏側でも描くのであれば、マシでしょうけれども、しかし、そうすると伏線回収できないんですよね。それは困る。
どうか、クドカン氏はじめとする本作チームが、この道を走り続けられますように。
スッスッハッハッ!
今週の「是非もなし」タイム
◆瀧容疑者出演作の自粛撤回を要望 市民団体、NHKや松竹などに | 2019/3/26 - 共同通信
◆ピエール瀧さんを私がバッシングしない理由 深澤真紀さん、松本俊彦さん薬物報道を斬る(1)
◆1999年がターニングポイント? 時代と共に変わる意識 深澤真紀さん、松本俊彦さん薬物報道を斬る(2)
適正な流れだと思います。
薬物使用者は二度と立ち上がれないわけではなく、更生の余地があります。
こういうのは本当にうんざりですよ。
石野さんは悪くないんだから。
◆ピエール瀧逮捕で石野卓球にワイドショーが「謝れ」攻撃! 同調圧力、連帯責任…日本の異常性を突いた卓球のツイートは間違ってない
◆ピエール瀧報道で『バイキング』坂上忍「ドミューン知らない」だけが問題じゃない! 自分を棚に上げ逸脱を許さない道徳ファシズム
「刑罰から治療へ」が世界的な潮流になっているのは、薬物防止に効果があることが客観的に明らかになっているからだ。にもかかわらずこの連中は一切聞く耳を持たず、「ルールを破ったんだから罰を受けろ」などと、中世的な価値観丸出しで叫んでいるのである。この思考停止と前時代性には辟易とするしかない。
もうこの番組の姿勢は、ただのイジメみたいなものです。
「麻薬は許せない!」
本当ですか?
違いますよね。
正義なんてどうでもエエ、サンドバッグを見つけてはしゃいでいるんでしょう。
抵抗できない相手を殴って楽しんでいる、ただのくだらないストレス解消ではありませんか。
そして、これこそがテレビを含めたメディアの自殺でもあるのです。
◆ピエール瀧薬物依存報道を伝えるメディアはインターネット依存症 - 勝手にメディア社会論 - Yahoo!ブログ
気に入らないものを潰したい。
声が大きいだけのアンチ意見を取り上げていると、どんどん客を減らすだけです。
焼畑農業はストップしないと、もう焼くところがなくなりますよ。
それに、このあたりもダブルスタンダードなんです。
つい先日惜しまれつつ亡くなられた某俳優二名には、過去に逮捕歴があります。
薬物使用で逮捕された大物俳優だって、過去にはいたものです。
しかし、そのことを訃報では言わない。
ナゼか?
テレビが、高齢者向けコンテンツになってしまったからでしょう。
自分たちにとっての往年のヒーローは、絶対に叩かない。
確かに、薬物使用による謝罪会見のシーンを流す番組もありましたが、当の本人はどちらかというとふてぶてしい物言いであり、いかにも”キャラクター”なんです。
しかし、これが自分たちにとって馴染みのない、理解できないジャンルや若者の文化は、イジメのようにバッシングして、溜飲を下げるものです。
「今の若いものは、これだからけしからん!」
と、言いたいだけ。そういうニーズを満たすためだけのものとなってしまいました。
私が再三主張している【大河が終わる理由】を証明してくださる、そんなメディアの一連の報道を見てみましょう。
その日は来ないでしょう。
彼のせいではありません。大河枠そのものが消え去るからです。
この手垢のついた論調が……何様のつもりだ、と突っ込みたくなる。
・女子供を喜ばせるイケメンが主演では、俺たち真の大河主張者である男性様は喜ばないぞ!
・イケメンでないところを証明できたからこそ、主演をやらせてやる
・女は良妻賢母以外認めないぞ!
こういう視点からすると、『おんな城主 直虎』は【失敗作】。
『西郷どん』は【期待作】でした。
この勝負結果は繰り返したくもない。
明治維新150周年、維新三傑主役で、主人公知名度で有利であったにもかかわらず、評価・視聴率・観光実績で完敗しております。
ナゼ、私ですらできる予想が、こうしたメディアではできないのか?
バイアスを入れてしまうから。
「俺たち視聴者を喜ばせろ!」
「大河こそ、唯一の日本発時代劇なんだ! 唯一無二なんだ」
ところがそうではない。
動画配信サービス(VOD)がある。
その一発目が『MAGI』でした。
次も必ずあります。
◆アップル、定額制動画配信サービスを発表-ネットフリックスに対抗
『いだてん』苦戦も、こういうバイアスが背景にあります。
・戦国幕末ではない
・難易度が高い
・一国一城の主になる成功パターンではない
こういう大河定番を外すことこそ面白いと考える層がいる。
一方で、古いメディアのような見方ですと、
「俺ら大河ファンを喜ばせないのか!」
とお怒りになる。
どちらのニーズも満たすことは、できません。
これが大河滅亡の決定打です。
・若者層、意欲的な歴史ドラマを望む層→VOD
・「俺たちこそが大河視聴者だ!」層→再放送枠でエエよ
視聴率が低かろうが、努力をした人には、次の道があります。
ノリと迎合だけで泳ぎ回っていた場合は?
◆勝海麻衣が猫将軍をパクった件:才能無きワナビーは地獄に堕ちる - INSIGHT NOW!プロフェッショナル
是非もなし――。
※『いだてん』も『八重の桜』もU-NEXTならネット(スマホ)で見れる!
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※他にも多数の朝ドラ・大河作品も視聴できます(時期によって対象番組が異なりますのでご注意を)。
文:武者震之助
絵:小久ヒロ
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【参考】
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