私が入りたかったのはホグワーツなんだけど 作:栄照(Red Purge)
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3月下旬の新宿駅東側。鉄道警察の駐在所の目の前に柱が一本に変わった少女が一人、もたれかかっていた。
小柄なナリにもかかわらず大きなバッグを右手に揺らしながら、左手につけた腕時計に目を落としたり、周りをキョロキョロと見たり明らかに挙動不審だ。
おかしいのは挙動だけではない。服装もだ。
周りのスーツやコートなどの中で、赤い着物とブーツの組み合わせは当然のごとく好奇の目で見られる。
その視線に晒され続け彼女の病的なほどに白い肌はイチゴのようになっていた。
時刻は午前7:00
‥少女の腕時計の針が急に、逆に進み始めた。
少しずつ加速していったその針は、12:00を指して止まってしまった。
それを見た少女は涙を拭い周りを見まわす。こちらに注意を向ける人間が居なくなった途端。
彼女は、壁にもたれたまま、その大きな手荷物を思いっきり振りかぶって柱に打ち付けた。顔に当たった僅かな衝撃に驚いて目をつむった。
しばらくして
段々と暖かい光を感じるようになった。
目をゆっくりと開くとそこには先程とは全く違う景色。
新宿駅の無機質な天井、単調な色使いのスーツ、やたら発色のいい広告は姿を消して代わりに眼に映るのは、つい最近まで使っていた歴史の教書を思い出すような風景。
和服をきた人々が行き交い、木造家屋や煉瓦造の建物が互いに邪魔することなく立ち並び。
人力車や馬車が砂煙を上げながら道を走る。
錆びたガス灯、切れた電線、古びたホーロー看板。
江戸と明治と昭和を混ぜて、美味しいとこだけ取り出した様な風景。
車夫の「邪魔だ!」と言う声が聞こえた少女は、急いで脇に退いた。
「もう来ないと思ってたんだけどなぁ」
何かを諦めたような顔をして目的の場所へと向かう少女。空は暗くどんよりと彼女の気持ちを代弁していた。
〜〜〜〜〜(; ՞ةڼ◔)イヒィー〜〜〜〜〜〜〜
遡ること十数日…
「えーっと、今何と言いましたか?マイファーザー長政」
「金がない」
「…ということは」
「ホグワーツへの留学費用が出せない。よって、君には“修練学科”へ行ってもらう」
ピーマンをこっそりと残そうとしていた私に唐突に言われた話題。冗談じゃないと反論の声をあげるも、私の前にいる父は取り合ってくれないようだった。居間の真ん中のコタツに入っている、お父さん(最近小じわが目立つ)の顔を睨みつけ、何か手立てはないかと聞いてみる。
「もう一回、詳しく、お願いします」
「ロンドンまでの飛行機代、宿泊費、あとビザとか色々の捏造費用…LCCでロンドンまで行って野宿をするとしても」
「君を送り出す費用は捻出できないんだよ」
「…だから修練学科?」
「日本の学校だし、一応魔法省が補助金を出してくれる」
「…KM(韓国の魔術学校)とか、鶏籠聯合会系(台湾)の学校は?」
「あと数日で朝鮮語や中国語ができるかい?」
「無理…、いや…韓国語は文法が同じだし、いけるのでは…」
「大体、KMは財閥系でホグワーツよりも授業料高いんだぞ…と、言うわけで」
「嫌どす」
「日本国の教育学科[マホウトコロ]の中等部、魔術修練科に行くことになっている」
「嫌どす」
「教科書類のリスト、と服装の規定の紙な。明日から準備して来なさい」
「い、嫌ぁ」
…私たちの話を見ていて「なんやこいつら」とか思った人もいると思う。ごめんなさい、説明をし忘れたね。
みんなは“魔法学校”と言われたら何が出てきます?ホグワーツ?イルヴァーモーニー魔法魔術学校?それとも…マホウトコロ?
世界の優れた魔術学校の一つとされるマホウトコロ、生徒数が世界の魔術学校の中で一番少なく、クディッチの強豪と言うのがみんなが知っている情報だと思う。
が、こんなふわっとした説明じゃ、私がこんなに嫌がった理由もわからないと思う。
マホウトコロ、なんて一纏めにしているけど、実態は大きく異なる。マホウトコロは“教育機関の総称的なもの”であって、学校の名前ではない。詳しく言うと“マホウトコロ代表団”の下にそれぞれ初等科、中等部に当たる“東.西洋魔術修練科”、高等部、大学を一纏めにした、眞穂絽(まほろ)院が置かれている…
けれど、後者二つの学校は皆一様に評判が悪い。ここでは言えないような事が昔に起こって、それから日本の魔法使いの子供たちは、台湾だったり英国の魔法学校へ行ったりする。私も、その一人…になるはずだったが、土壇場で父が金が足りないと言い出し今に至るのだ。まあ、私にとっては別の理由があるのだけれど…。
「嫌だ!ぜったいに!」
「何でそんなに嫌がるんだ。最近は、改革で評判がいいし、それに君が通っていた初等科の友達が大勢いるんだぞ?」
「だ、か、ら!なの!」
「もしかして…いじめとか…」
「そう言うのじゃなくて」
私は、そこで少し言い淀んだ。お父さんが私の気持ちをわかってくれるかと考えたが、これを言えばもしかしたら留学の費用が出してくれるかもと思い直し、言ってみる。
「…あの、あるでしょう?その、お別れ会とか…」
「…うん?もしかして…」
「そう!思いっきり言っちゃったんです!」
「『ホグワーツ行ってくるね!』とか行っちゃってたんです!どんな顔して会えばいいのですか!」
「笑えばいいよ」
「酷っ!気まずいどころの騒ぎじゃありませんよ!『ホグワーツで一緒に勉強しようね』って、言ってしまったし…最悪、『留学マウント取っといて、行けなかった敗北者』として扱われます!」
「おう(所詮時代の敗北者じゃケェ)」
「そうなったら本当に虐めですよ!」
「私の娘やし、やった相手に呪いをかけるくらいには力があるわ。行きなさい」
「コノッ、クソオヤジぃ!絶対っ、絶対に行きませんからねぇっ!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「来ちゃった」
気分はまさにorz
「ふぇ…」
口から出た気の抜けた声に思わず笑ってしまった。自分のこれからの境遇も何も考えずに朝の活気ある街をしばらく眺めて歩く。
久し振りにきたが、この街は私の記憶とそっくりだ…というか、同じ?
5年前にここを歩いた時に見たオバさんやお爺さんが記憶にある服装のまま歩いてる…怖っ。
ここは、70万平方メートル、よく言われる東京ドームで例えるならば…15個分?くらいの大きさの生活区域。初等科の教科書曰く東洋一の大きさの都市だ。このぐらいの大きさとなると、魔法で隠そうとしても、手間も時間もお金もかかる。しかし、この小さな街は他の国とは違う日本独自の魔術によって東京の空間をこじ開けて作られた街なのだ。
豊洲や築地のような、新鮮な海鮮系を売っている店ではお爺さんがどこか懐かしい声で売り文句を言っている。
「さあさあ、今日取れたばっかり!アサスオーヒレだよ!」
ここは、野菜や薬瓶を置く変わったお店…だったかな。
「このスティック一本で2ℓだったら60本!」
ピンクの服を着た女性が、もう一人の男性と話をしている。
「最近何か、健康に気をつけてる事って…」
「あ、真毫(マグル界)の工業排水飲んでます!」
そんなことを言っていた店のお姉さん(人とは言ってない)がこちらに顔を向けた。目と目が合う。
「飲んで見たいでs「いやいいです」
関わったら絶対変なことになる、と確信して歩き出す。
同級生に会うのが嫌だったのでわざわざ東京の“街道”まで出向くことにしたが、一桁の年齢の時に一度来たきりのこの街道を迷わずに歩けるわけがない。こんなこともあろうか、と、自分の荷物が入った大きなバックから地図を出す。
道の真ん中でイキナリ物を漁り出した私を邪魔だ、というような目で見ながら人が通っていく。あ、地図が…折れてる…。
クリアファイルに入れとくべきだった、と後悔しながら始めの目的地“黄苑書店”を目指して歩き始める。
「…こっちですね」
その書店はちょうど、現在いる大通りの端に位置していた。距離にして1000m程だ。
肩に掛けたパンパンのバックが人に当たりそうになるたびにヒヤヒヤしながら歩く。
人気店や商店街を抜けたおかげで少し気が楽になり、左右に広がる店を見ながら歩いて行く。
五分前よりも天気が悪化している…と、直ぐに分かった。東京のビル群のように視界を遮るものが存在しないので、空の状況が目につきやすいのかな。
くたびれた金属みたいな色の空を気味が悪いと思いながら向かっていると、店に着いた。が…ナニコレ。
見た目を説明するのなら、木と石、煉瓦と瓦が混じった奇妙な建物だ、としか言えない。しかし、ここで“東.西洋魔術修練科”で使う教科書が売られているらしい。
因みに、看板に『黄苑書店 Become stupid and do not think』と書かれている、英語の意味?ムズカシイカラワカンナイ。
暖簾にはもう一つ「店書賜下法魔!一唯國帝」と書かれている。
…私は知ってる。
『唯一』だの『元祖』だの出ると、大体嘘なのだと。
何となく怪しみながら店に入る。
中は、外ほど(胡散)臭くなく、もう少し広ければテーブルなどを置いてコーヒーを飲んでみたい…と思うような落ち着いた内装だ。さてはて、目当ての本が一箇所に置かれていたので流れ作業のように重ねてレヂまで持っていき、お父さんから貰ったお金で支払う。
「お会計、45672賤…です」
「45700賤で」
旧式のレジスタのキーの音が店内に響く。
日差しが差し込まない。
二個の裸電球が照らす店内は、思いの外、本が少なく、棚も空きが目立っていた。
「終わりました。お釣りです」
ありがとう、とお釣り貰って外に出る。
あ、雨が降ってきた。
KM…財閥系の韓国の魔術学校、最新技術や箒の研究に力を入れている。昔、一時マホウトコロ(の教育研究会)と親交があった。
鶏籠聯合会系…台湾の鶏籠にある小さな魔術学校の集合体、だったが、今では台湾のほぼ全土の魔術学校が入っている。一つの学校に登録すれば、聯合会に登録している魔術学校なら何処にでもいける。また、日本の古い魔術と中国の魔術の研究をして、新しい『台湾の魔術』を生み出そうとしている。
賤…日本魔法界の通貨単位、読み方は“せん”。