2018年12月26日
ボール遊び禁止、ペット禁止…。規制だらけの現状を乗り越えた、皆が楽しめる“みらいの公園”の姿とは?
2018年10月19日~11月4日、東京ミッドタウンで「Tokyo Midtown DESIGN TOUCH2018」というデザインイベントが行われた。そのひとつである「PARK PACK」は、“みらいの公園”をテーマに、都心における公園の未来形を探ったもの。このプロジェクトに参画したのが、プロデュースを務めたウルトラ・パブリック・プロジェクト、そしてNECである。「○○禁止」ばかりの規制から、皆が楽しめるみらいの公園をどのように実現していくのか。総勢8人のメンバーに、「PARK PACK」にかけた思いと奮闘を語ってもらった。
都市における公園の未来形を目指して
都会のリラクゼーション・スポットとして、爽やかな木陰と癒しの時間を与えてくれる「公園」。東京都内には、大小さまざまな公園が点在し、都市で生きる人々に憩いの場を提供している。
とはいえ、近年は規制強化が進み、ボール遊びや楽器の練習、ペットの散歩などが禁止されている公園も多い。さまざまな人が利用する公共の場であるため、規制はやむを得ないこともある一方、本来はレクリエーションの場として設けられたはずの公園が、窮屈な場所にもなっているのが実情だ。
そんな中、2018年10月19日~11月4日、東京ミッドタウンで、“みらいの公園”と銘打った興味深い催しが行われた。その名も「PARK PACK」。「都心における公園の未来形とはどうあるべきか」というテーマを追求したイベントである。
今回、“みらいの公園”をテーマとした理由について、東京ミッドタウンのイベント・プロデューサー、酒井 恭佑氏はこう語る。
「東京ミッドタウンでは10年前から『デザインタッチ』を開催しています。その間に、経営や産業の分野ではデザイン思考が注目され、デザインの枠組み自体も大きく変わりました。私自身も、ただ単に建築物を作るだけでなく、パブリックスペースをどう変貌させていくかという点に関心を持っていました。そこで、今年のデザインタッチでは、全体テーマである“みらいのアイデア”をベースに、芝生広場を使って“みらいの公園”を作りたいと考えたのです」
この“みらいの公園”を具現化するためのパートナーとして、酒井氏が白羽の矢を立てたのが、ウルトラ・パブリック・プロジェクトだった。ウルトラ・パブリック・プロジェクト、通称「ウルパブ」は、ライゾマティクス、ティー・ワイ・オー、電通ライブの3社で立ち上げたユニット。ウルパブは、「テクノロジーとエンタテインメント」という視点から、未来の街づくりを提案してきた。その中心メンバーが、今回のプロジェクトに参画した、齋藤 精一氏(ライゾマティクス)、橋本 哲也氏(ティー・ワイ・オー)、西牟田 悠氏(電通ライブ)の3人である。
こうして、ウルパブのプロデュースの下、「PARK PACK」のプロジェクトが始動した。さらに、齋藤氏からの協力要請を受ける形で、日建設計もウルパブに参画。またNECもプロジェクトに参加した。日建設計の伊藤 雅人氏は、その経緯についてこう述べる。
「当社では2018年、パブリックスペースのデザインからマネジメントまでを視野に入れ、トータルプロデュースを行うと、IoTを推進する組織が新たに発足しました。齋藤さんにそのことをお伝えしたところ、東京ミッドタウンのプロジェクトの話を伺い、参加させていただくことになったのです」
一方、NECに声がかかったのは、薮内 善久が横浜市政策局共創推進室へ出向中に主催したフォーラムで、
齋藤氏に公共空間の活性化をテーマに登壇いただいたことがきっかけだった。薮内が橋渡しをする形で、NECもプロジェクトへの参加を決定。その中心メンバーの1人である高橋 忠晴は、「PARK PACK」に参加した理由を次のように話す。
「当社はこれまで、ICTを活用して社会課題を解決する社会ソリューション事業に取り組んできました。今後は表現やコンテンツ、エリアマネジメントの領域でもICT活用を広げ、従来とは違ったテクノロジーの可能性について検討したい──そんな思いから、今回のプロジェクトに参画させていただきました」
規制だらけの空間から、利用者が真に楽しめる空間へ
プロジェクトでは、まず、現在の公園が抱える課題の洗い出しと、“みらいの公園”の定義が行われた。齋藤氏は語る。
「今の公園は、〇〇禁止という規制が多すぎて、身動きがとれない状態になっています。公園を利用する人もその状況に慣れてしまい、最初から何もできないとあきらめている。そこで、本当の意味でのパブリックスペースとは何かということを、再定義する必要があると考えました。東京ミッドタウンのような、都会のど真ん中にある都市公園でやるべきことって、一体何なのか。ボール遊びって本当にできないのか、どうしたら都市公園という空間を活かすことができるのか──そういった内容について、皆で意見交換していきました」
西牟田氏もこう話す。
「課題を解決するということに加えて、公園にはどのような可能性があるのか、ということも同時に議論しました。そもそも、今の都市公園は使われ方が限定されている。公園という場の可能性が広がっていくような取り組みを、どうしたら実現できるのか。その可能性も含めて議論したことが、『PARK PACK』のさまざまな企画につながっていったのです」
議論を重ねていく中で、日本の公園が抱えるさまざまな課題が浮き彫りとなった。
例えば、公園の成り立ちひとつとっても、海外と日本では全く状況が異なる。欧米では、公園周辺のビルが費用を負担して公園運営にかかわるなど、「公園を使う側が自主的に公園を運営する」ための仕組みがある。一方、日本では、公園は行政や管理団体の管理下にあり、ユーザーが主体的に公園を使える状況にはないのが現実だ。
だが、公園が従来のようなお仕着せの空間ではなく、利用者が真に楽しめる空間とならないかぎり、公園という空間が秘めたポテンシャルを活かすことはできない──。
こうした課題認識は、「PARK PACK」のさまざまな試みへと結実した。その1つが、コンテナに収納されたさまざまな「モジュール」を使って、芝生広場を多彩な遊び場に変貌させる試みだ。モジュールとは組み立て式のツールで、来場者は思い思いにモジュールを使い、椅子やテーブル、テントとして利用することができる。芝生広場でボール遊びや落書きをするもよし、ワイヤレスヘッドフォンを使ってライブやサイレントディスコ、映画を楽しむもよし。来場者の「公園でこんなことがしたい!」という思いに応え、その気持ちを形にできる空間。その時々のアイデア次第で千変万化する「公園」──それが、「PARK PACK」によって具現化された、“みらいの公園”の姿であった。
テクノロジーの活用により利用状況を可視化
だが、主催者側が企画を一方的に押し付けるだけでは、公園の未来形を引き寄せることはできない。利用者が楽しめる公園を作るためには、来場者の特性や反応を分析・フィードバックし、運営側が提供するコンテンツをいかに臨機応変に変えていけるかがカギとなる。
それを具現化するためのキーとなったのが、NECの画像解析技術(FieldAnalyst)と、日建設計のIoT及びセンサーであった。NECは高度な画像解析技術を活用して、カメラの映像から来場者の性別や年代、滞留状況を把握。日建設計は、センサーとIoTソリューションを駆使して、来場者の行動分析を行った。
日建設計の西 勇氏はこう話す。
「今回のプロジェクトでは、NECさんのカメラと当社のセンサーのデータを活用して、『公園がどのように使われたか』を可視化する取り組みを行いました。このテクノロジーを使えば、『公園でライブを行う場合、どのぐらいの人数までなら、周囲の迷惑にならないか』といったことも分析できるので、企画者や運営者にとっては安心材料となる。こうしたデータの定量化が、公園の魅力的な活用法の提案につながるのではないかと考えています」
今回のイベントでは、カメラの画像解析から、40代女性の来場者が圧倒的多数を占めたことが明らかになった。一方、センサーのデータでリピート率と滞在時間を調べたところ、滞在時間は想定より長い一方、リピート率は想定より少ないことがわかり、今後の運営つながる結果が得られた。
いずれにせよ、こうしたデータを継続的に収集すれば、来場者の反応を見ながら、モジュールやコンテンツを最適化することができる。「PARK PACK」は、パブリックスペースとテクノロジーを融合させることにより、“みらいの公園”が向かうべき1つの方向性を示したのである。
アイデアの具現化に立ちはだかった壁とは?
アイデアの具現化にあたっては、慎重に検討すべき点も多かった。
その1つが、プライバシーの問題だ。画像解析を行うためには、カメラで来場者を撮影する必要がある。プライバシー侵害が問題化するのを避けるため、事前にさまざまな対策を講じる必要があった。
もう1つは、「PARK PACK」の楽しみ方を、利用者に対してどの程度までガイダンスするかという問題だ。
「モジュールでの楽しみ方も含めて、来場者にどのようなきっかけを与えるのか。何も情報がなければ来場者は困惑するし、我々サイドが情報を与えすぎても、押しつけがましくなってしまう。その匙加減をWeb上でどう表現し、見る人に伝えていくか。試行錯誤の連続でした」と橋本氏。どうすれば、来場者に「こう、やりなさい」と押し付けるのではなく、「こんなことも、やっていいんだ」と感じてもらえるのか。現場で来場者を観察し、日々、メンバー同士で議論しながら、最適解を模索する日々が続いた。
時には、企画がメンバーの予想をはるかに超えて、独り歩きすることもあった。
最後の数日間、来場者にピアノを自由に弾いてもらう、「ストリート・ピアノ」の企画を行った時のことだ。会場にピアノを設置したところ、ピアノの前にはたちまち列ができ、演奏者が交代しては弾き鳴らした。皆、「六本木にはこんなにピアニストがいるのか」と思うほどの腕前である。プロジェクトメンバーは、人々は皆、自分のやりたいことや想いを自分なりに表現したいという強い欲求があることを、図らずも思い知らされたのであった。
さらに、一定の枠内で“自由区”を作ることが、新たな公園文化の形成につながることも、ストリート・ピアノを通じて発見したことの1つだった。「演奏は1人当たり何分でお願いします」といった交通整理をあえて一切せず、利用者の自主運営に任せたことで、一種の「自治」が生まれたのである。
「パブリックスペースでピアノを利用者に解放すれば、どれだけ集客効果があるのか。利用者に自治を任せると、来場者数は時系列でどう変化するのか──そのエビデンスを残すという点でも、テクノロジーは貢献することができる。テクノロジーの新たな可能性を示すという意味でも、今回の技術提供は有意義だったと感じています」(薮内)
今後はパブリックスペースでもデータ活用が常識に
「PARK PACK」に対する来場者の反応はどうだったのか。運営を担当した橋本氏は、現場での日々をこう振り返る。
「モジュールを見て『これ、何ですか』『どこで買えるんですか』という人が多かったですね。それから、来場者に『〇〇していいんですか』と聞かれることも多かった。『自由にやってください』と言うと、皆さん、勝手にやり始めるわけです。『こういうことを、いろんなパブリックスペースでやると、町が楽しくなるね』という声も聴きました」。また、行政や企業関係者の来場も多く、パブリックスペースの活用に対する関心の高さがうかがえた」
こうして「PARK PACK」は、16日間の日程を終え、幕を閉じた。パブリックスペースとテクノロジーを融合させたこの試みが、未来へとつながる数々の知見をもたらした。
今回の試みを、将来的に事業としてどう発展させていくのか。齋藤氏は次のように語る。
「開発が進めば、それだけ広場も増える。パブリックスペースの活用方法については、誰もが同じ課題に直面していると思うのです。それが永続的な形であれスポット的な形であれ、『PARK PACK』のようなコンテンツがさまざまな場面で登場すれば、地域に合わせてローカライズすることも可能になる。今後はパブリックスペースでも積極的にデータを収集し、判断材料としてどんどん活用していくべきだと思います」
また、橋本氏もこう言葉を添える。
「ウルパブとしては、『PARK PACK』というコンテンツに肉付けしながら、引き続き研究を重ね、パブリックスペースの可能性を追求していきたいですね」
今回のプロジェクトを裏方として支えたNECにとっても、「表現やエリアマネジメントの領域におけるICT活用」にチャレンジした今回のプロジェクトは、実りあるものとなった。今回の経験を、NECとしてどう将来に活かしていくのか。
「NECは、企業や行政など、さまざまなお客さまやパートナーと共創しながら、新しい領域に事業を拡大し、世の中のために貢献しております。『PARK PACK』での経験は、クリエイティブな仲間との共創を広げる大きなきっかけになったのではないかと思います」。最後に薮内は、こう思いを述べた。