番外篇 製造公差

 あの大戦における合州国の兵器体系を語るとき、それは無秩序と混沌でできた不定形生物ショゴスが熾烈な競争に煽られてのたうち回った果てに形成されたものだと、自嘲を込めて解説する向きも少なくない。結果的に勝利したからこそ肯定されている話で、数多の認識の齟齬、方針の間違い、開発資源の誤配分、損切り判断の遅れ、開発の失敗を、国力で捻じ伏せたというのが実情に近い。現代巷間に流布する大戦時の兵器図鑑などには戦場を彩った兵器の数々が紹介されるが、それらは過酷な戦場での生存競争を勝ち抜いた勝者たちであり、実際にはそれに数倍する失敗兵器や珍兵器、そもそも形にすらならなかった開発プロジェクトがうずもれているのだ。

 無理もない話で、当初大戦を対岸の火事と考えていた合州国では、同盟国からの注文に応じて兵器を適当に貸与レンドリースしていたばかりで、大洋の対岸で兵器が、戦術が、どのような畸形的進化を遂げていたのか、碌に知りもしなかったのだから。参戦後の「洗礼」は実に激烈だった。

 有名な話では、参戦初期に合州国が戦地に持ち込んだ戦車などは、現地で戦車兵たちが追加の鉄板を溶接したり、コンクリートを塗って装甲を加増して使用した、などというが残っているくらいだ。そのような装備で送り込まれた兵士たちの緒戦の被害は極めて大きく、暗黒大陸上陸当初は何度となく大打撃を受け、呆れ果てた同盟国の軍人から「こちらへは、戦争をされに?」と皮肉られたと、とある将軍は怒りに塗れた回想を残している。

 そうして手酷く傷めつけられた合州国は膝を屈したのか?

 否。史実が物語る通り、敢然と逆襲に転じたのだ。

 威勢のいい楽観主義者や都合のいい夢想家が排除され、現実主義者と実務家が配属され分析屋が動員された。その成果として、現在でも用いられるオペレーションズ・リサーチが誕生したことなどは特筆されるべきことだろう。

 だがそれはのちのちのことで、参戦直後に始まった新兵器開発ラッシュはまさに総花的に、手当たり次第といった様相で繰り広げられた。何しろ現場からの要望も「敵よりも強力な兵器を」「一刻も早く」「一つでも多く」といった具合で、甚だ具体性を欠いていたのだ。

 あったのは切実な焦燥感。

 既存兵器の改良、開発計画の前倒し、敵兵器の分析、各種標準規格の策定、さらなる新種兵器の研究が同時並行に行われ、競争試作として数社が一つのプロジェクトに投入され、成果が一つに絞り切れなければ複数種が平行生産された。まさしく、合州国の面目躍如であった。

 ただ、そのような状況であったから、必然的に失敗も多々発生し、失敗とまでは言わないまでも前線で微妙な評価を得ることになる兵器も少なからずあった。大洋を横断する輸送路を維持するために大量に作られた戦時標準輸送船など、建造数の一割近くが戦闘ではなく不具合で沈没しているなど、悲劇にも事欠かない。

 しかしそれらの失敗すらも合州国は糧として分析し、失敗要因を究明してフィードバックし、新規開発へ繫げていった。戦争中盤から終盤に向かってこれらの循環が正しく作用し、最終的に合州国の兵器装備が帝国を圧倒したのは、戦史が物語る通りである。

 失敗は挑戦につきものである。故に、失敗それ自体が問題なのではなく、どうして失敗したのかを省みず、同じ過ちを繰り返す方が罪深い。

 合州国の公文書館が公開する膨大な記録の中に、時に不名誉ともされる失敗の記録すらもつまびらかにされていることの理由である。

 とはいえ、やはり人間のやることなので、恥ずかしい、あるいはできればあまり目に止まってほしくない、という意識無意識の影響は避け得ないもので、華々しい記録に比して、索引が十分でなかったり、関係する記録がまとめられずに分散していたりと、探し出しにくくなっていることはよくあることだ。

 これも、そんな逸話の一つ。


 参戦初期において合州国軍が帝国軍に苦杯をなめさせられたことは、既に述べた。装備、統率、練度の全てにおいて合州国は帝国に劣っていたのだから、後世の視点からすると当然とも言えるが、当時の合州国としては信じ難い現実だったようだ。しかし一度現実を認めてしまえば、すぐに対応を始めるのが合州国である。

 現地で長らく帝国と戦い続けた連合王国の士官を教官として訓練を始める一方で、鹵獲した兵器を本国へ送って比較分析を行わせた。これらの比較分析の結果は驚きを持って迎えられた。何しろ、大部分の兵器において、合州国の装備は一対一で敵を撃破し得ない、というものだったからだ。戦車などは数輛で取り囲んで滅多撃ちにしてようやく行動不能にできるといった有様で、大戦終盤に至るまで合州国の戦術は数的優位を確立することに腐心することになる。

 その性能差が最も大きかった兵器の一つが、演算宝珠であった。

 演算宝珠といっても現代では馴染みが薄いかも知れないが、航空魔導師がその絶頂期にあった大戦においては、魔導師の魔力を現実の物理力として顕現する演算宝珠の性能の優劣は、死活的に重要だった。当時帝国軍が制式化していた「エレニウム工廠製九七式突撃機動演算宝珠」は現在においてもなお一線級の性能を誇るという、時代を隔絶した性能を誇り、単機で一箇中隊を屠った、一箇大隊で旅団規模の魔導師を鏖殺した、などの戦場伝説にも事欠かない。

 流石に伝説は過大評価ではあったが、それほどまでに評価される兵器を揃えた帝国魔導師に、合州国を含む同盟軍の魔導部隊は抗し得ずにいた。同盟各国はなんとかして九七式の秘密を探り、弱点を暴こうと躍起になったが、その目論見も一向に実を結ばなかった。というのも、当初九七式はエリート部隊への配備が優先されたためであり、機密保持が徹底されていたことが原因とされている。ところが、大戦後半ともなると一般部隊への配備も進み、結果としてあれほど苦労した九七宝珠を偶然戦場で鹵獲することに成功。

 この時の喜びは、相当だったようで、これで突破口が開けると信じられたようだ。

 厳重な情報秘匿に加え、軍艦の護衛付きで本国へ送られた九七式は、様々なテストに供され多くの分析レポートを残した。

 その性能は驚きの一言であり、上昇性能、最高速度、運動性において同時代の宝珠に追隨可能な物はなく、特に二核同調による最高出力の向上や複数術式の同時発現など、当時の常識を超えた性能を発揮。遠距離砲戦から近接格闘戦まで全領域で既存宝珠を圧倒した。とあるメーカの技術者などは、九七式の開発者は不輩出の天才、これを戦争で失うことは人類の損失であるとまで断言した。

 一方で欠点もまた明らかになった。九七式は軍用宝珠としては操作が極めて繊細であり、熟練の魔導兵の手にかかればこそその性能を十全に発揮もできるが、戦時促成の魔導師はもとより、合州国の平均的な技量の魔導師にとってすら手に余る駻馬だった。試験を担当した教導魔導師ですら「これを戦場で戦闘中に扱うのは至難」とのコメントを残している。

 また希少金属などが惜しみなく投入されているため製造コストは高く、生産性は最悪との評価。帝国はこれにこだわる余り、他の兵器の生産に支障を生じているほど、と。

 これらの評価レポートに対し、合州国でも意見は割れた。

「九七式に対抗できる宝珠を! それができないなら九七式を使わせてくれ!」

「いくら高性能でも余りにも費用対效果が悪過ぎる! 数的優勢で性能差はカバーできる!」

 そんな議論をしている裡にも、前線ではバタバタと魔導師が落とされていく。

 そこでとにかく九七式のコピー宝珠の製造が企画された。

 T24と計画番号が振られたそのプロジェクトは、当然極秘計画として殆ど部外者に知られることなくスタートし、そして見事に失敗した。

 計画中止命令書には素っ気なく「費用対效果が見合わないことが判明した」とのみ書かれていたが、途中作られた試作品がことごとく動作不良を起こし、一基たりとも完動しなかったことから、当時の合州国の製造能力、加工精度ではコピーすらできなかったものとして、現在に至る九七式の名声に拍車をかけることとなっている。


 しかし、腑に落ちない点もある。

 先に述べたように、合州国軍では失敗の原因究明をきちんと行うことが常である。「費用対效果が見合わない」のは結果であって原因ではない。T24失敗の原因を追究した報告書が別にある筈である。なければおかしい。

 もちろん戦時中のことであり、原因究明が後回しになるケースは存在した。特にそのプロジェクト全体が中止になり後継プロジェクトがなかった場合などは、原因究明は不要不急とされ他のプロジェクトの推進にリソースが回された。

 T24もそんなプロジェクトの一つだったのだ……というのが過去の定説であったが、そう考えるには些か苦しい面もある。合州国の新型演算宝珠の開発はこの後も続けられており、とうとう終戦まで九七式に匹敵する宝珠は開発されなかった。それでも戦争には勝てたのだから、個々の兵器の優劣が戦争全体を左右することはないということなのかも知れないが、九七式コピーの失敗は他の開発に影響はなかったのだろうか。

 近年公開された、全く別方面の資料の中に、その答えが含まれていたことを、在野の研究者が発見した。

 紙挟み作戦。帝国敗亡が見えてきた大戦終盤において、〝戦後〟を見据え、帝国の科学者・技術者を同盟諸国が奪い合った乱取り合戦。この作戦は長い間詳細が機密指定され、現在もなお一部が機密解除されないままになっているが、ともあれ、この作戦によって帝国から帝国人が、戦後T24失敗の原因究明に当たらされていたことが判明したのだ。これはつまり、合州国は自身で原因を摑めなかったということであり、なるほど、知られたくない事実であったに違いない。

 未だ解除されない機密から氏名が伏せられたその帝国人は、九七式のプロトタイプ開発に関わったとの触れ込みで、T24開発に関する資料を精査した上でこう結論を下していた。

「メートル法からインチ・ヤード法への換算の際にミスがあり、必要な部品精度が満たされなかったため」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

第九国境警備群 @0guma

★で称える ヘルプ

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ