戻る                          化学と生物 12 386(1974)より

メンのうまさ

小川玄吾           
日清製粉(株)中央研究所
メンの研究が少ないことは、メンが科学的な意味でよく分かっていないということであり、うまいメンがないということではない。日本に定着したメンの歴史がまりにも古いので、メンに注がれた先人達の努力は経験的な試行錯誤の積み重ねとして、各地の名産に結晶化されている。名古屋のきしめん、三輪・播州の手延べ素麺、讃岐の手打ちうどんなど、数え上げればきりがない。
(私もこういった文献をもとに試行錯誤を重ね、試験研究もやったりもしたが、先人の積み重ねが忘れられ放置されたものを掘り起こしただけかもしれない。)
 筆者はここ数年来、いろいろの角度からメンに取り組んできた。そして、メンのうまさとは何か、うまいメンを作るにはどうしたらよいか、ということが常に頭から離れない毎日である。ここではこの観点からメンを論じてみようと思う。

1.茹で麺

 生産規模の拡大と流通機構の複雑化とは、包装技術の進歩と相まって、過酸化水素を介在させることにより包装メンというものを生んだ。それ以前に、業務的には茹でメンはかなり普及していたらしいが、スーパーマーケットに続々と茹でメンが登場し、かつ消費量が増大したのは、この完全殺菌されたフレキシブルパッケージに内包された茹でメンであった。茹でる手間が省けて調理が簡便であるので、今でもかなり市場占有率のあるメンであると聞く。
 しかしながら、この茹でメンは「麺はゆでたてが美味しい」という観念を一般消費者から忘れさせたきらいがある。同時に、メーカーに対してはどうしたら茹でのびしない美味しい茹でメンを作ることが出来るか、という新しい技術的な問題を提示した。
 ”茹でのび”という現象は、メン特有のブリブリした弾力性と餅のような粘りが共に失われ、ボソッとしたダンゴのような食感に変わることで、厳密には通常の茹でメンで茹で後20分位から始まる。包装メンが完全に茹でのびしたメンであることはいうまでもない。このメカニズムはよく分かっていないが、たとえばメンの引っ張り試験で伸長度の減少としてみることができ、また水分含量が表面から芯部へ均一になろうとする傾向として捉えることができる。
茹で延びをできるだけ防止しようとする小手先の技術は、茹で時間を時間を短縮して茹歩留を小さくしたり、使用小麦粉の粗タンパク含量を上げて茹で麺の硬さを増す方法などが知られているが、本質的な解決になっていない。
ポリアクリル酸ソーダは澱粉の老化を少し遅らせるが、その効果は所詮完全さを期待できるものではない。
茹で麺の茹で延び防止は、麺の側からのみ考えることでは解決できないと筆者は考えている。もちろん、茹で延びは麺の太いもの程、或いは粗タンパク含量の高いもの程遅いとか、原料などに依存する要素も多いが、放置される温度によって大きく左右される。
茹で延び防止のもっとも効果的な方法は、茹で後できるだけ速やかに冷凍することであり、これによって完全に時間を超越することができる。しかしながら澱粉主体の麺は冷凍耐性が悪く、前処理、冷解凍方法に至るまで、全行程を充分に検討配慮することが必要なのはいうまでもない。

                    2.素麺の厄

 手延べ素麺は工業というよりむしろ芸術に近い。凍りつく冬の朝、庭に出されたカケバの素麺に陽光がキラキラと反射する様は、一幅の絵である。
手延べ素麺の製造は、近年、機械の改良などが著しく、製造工程間の連絡を合理化してはいるが、大勢は家内工業の域を出ず、一軒で一日4,5袋の小麦粉から麺を作るというのが普通である。一日数十から数百袋の小麦粉を使って製造する機械乾麺業とは、その意味で大変異なる。
手延べ素麺の機械麺ともっとも大きな違いは、切り廻しやのばしの際に、最終製品で0.5%前後になる油脂の塗布が2,3回に分けられ、繰り返し行われることである。
 油脂の使用は、工程の乾燥を防ぐと共に、小引きされた麺線をしなやかにし、かつ麺線間の付着を防止するためであり、特に門分けにおける操作の良し悪しは油脂の良し悪しによるところが多いという。昔から油脂は綿実油が一般的で、しかも脱漏しない融点の高いものが好まれる。小豆島では30年程前から酸化防止を考えて「ごま油」を使っている。
 本来、油脂は加工適正を改良する意味で使われるのであるが、結果として素麺の品質にも大きな影響を及ぼしている。手延べ素麺の価値評価のもっとも大きなインデックスの1つとして、よくいわれる”厄”がこの油脂に由来しているわけである。厄とは、冬の間に製造した手延べ素麺が高温多湿の梅雨期を越すことにより、油臭さがなくなると同時に、麺の表面をキシッとした食感に変える現象であり、一般にいわれている推測は、塗布に使用した油脂が小麦粉若しくは付着細菌のリパーゼにより徐々に加水分解され、二重結合のあるフリー化した脂肪酸がグルテンとか澱粉と複合体を形成して一部不溶化し、その結果、食感として弾力性のある硬いものになることである。この性状変化については(新原律子等)による報告がある。
厄の素麺における脂肪酸の挙動は、麺の表面でのみ起こっており、麺全体ではない。これは厄後の素麺の断面をズーダンⅢのごとき染色剤で染めて組織切片を作ってみると、確証することができる。
 麺がいかに不均質な系であるかということは、この厄のことからも、水分含量の局在からもうなずけよう。官能検査の結果と物性測定、たとえば引っ張り試験の結果とが必ずしも一致しないのは案外こんなところにあるのかもしれない。
 二重結合のある脂肪酸の混合はうまい素麺を作らないが、厄後の素麺の組織を想定して、これら脂肪酸を麺表面に塗布した場合には、かなり良く似たものになる。ただし、リノール酸を直接塗布したりすると、かなり精製度を上げることができても、さわやかな素麺の味とはほど遠い強烈な脂肪酸臭がつき、また自然厄の場合でもまれに起こる黄変(油ふき)が頻繁に起こって素麺の価値を低下させることになる。リノール酸に富む油脂を加水分解して代用することにより、味はかなりマイルドになり、天然ビタミンE(ごま油)を併用することで黄変は完全に食い止めることはできる。しかし、現段階では、脂肪酸の量に問題があり、量を多くすると食感は厄後の素麺に似てきても匂いが悪く、量が少ないと風味は我慢できても食感が厄のものと違ってくるので、なお今後検討の余地のあるところであろう。
機械素麺の場合、加工途上で油脂を使うところがないので、厄現象は手延べの場合程顕著に起こることはなく、小麦粉中にはじめから存在していた油脂(2%)が関与して厄は起こる。しかしながら機械麺と手延べ麺との間には麺組織の違いがあり、ひいてはこれが麺質に大きく反映してくるので、厄後の機械麺と手延べ麺と混同してはならない。
 数年前、主に関東育ちの20歳代の若い人を対象に厄前後のそうめんの嗜好テストを行ったところ、ほぼ50%の割合で同等に価値評価されるという、予想に反する結果が得られた。手延べ素麺が主に関西に市場をもち、関東では必ずしも食べ慣れた食品ではないこと、柔らかい麺質を好む層があること、厄後の手延べ素麺独特の風味は、食べ慣れない人には油脂の酸化臭と一脈通ずるものがあること、などを考え合わせればさして不思議なことではなかろう。食品というものが持つ宿命を見た気がした。
 また、ある時製造後3年以内の各種の乾麺(そうめん、冷や麦、うどん)数10点について、理化学的な試験と官能試験をしたことがある。通常の営業倉庫に保管されたものであり、必ずしも同一保存状況ではないが、統計的に見ればほぼ経時的な品質変化を把握することができた。3年程度ではさして大きな品質上、官能検査上の変化は認められず、商品価値をなくすものはなかった。多少細かく観察すると、そうめんは製造後時間が経つ程厄現象が顕著になり、そうめん愛好者には評価が高くなるのに反し、冷や麦、うどんと、麺線が太くなるに従って、時間の経ったものは麺質が硬くボソッとした食感となり、品質は劣化の方向に進むことが分かった。”厄”の意義はそうめんに限るのかもしれない。表題にそうめんの厄としたゆえんである。
 手延べ素麺は、厄現象を内包することにより、日本のすばらしい伝統的食品の1つである。これをヒントに、単純な麺製造工程に多少のバリエーションを加えてうまい麺を作ることはできないであろうか、たとえば、麺のテクスチャーを好ましい方向に変える食品素材で麺表面のコーティングを行うとか、麺の表層部を芯部と異なる食品素材または物性の異なる麺帯で構成させることなどは、装置開発を含めて一考に値しないだろうか。

3.機械麺と手打ち、手延べ麺

 麺においても原料小麦粉の品質がうまさに大きく影響することはいうまでもない。良い麺用粉の適正については明瞭な定説はないようであるが、吸水性、伸展性、皮膜形成能の良いグルテン性状が大きく影響しているといわれている。
ところで、うまい麺の要因として、原料の他に製造工程への依存を無視することはできない。場合によっては、原料より遙かに大きな要因としてクローズアップされることさえある。たとえばロールによる機械麺は手打ち、手延べ麺にはかなわない。職人的な表現を借りるならば、うまい麺を作るには赤児をあやすように、できるだけ大事に時間をかけて丁寧に扱うことだそうで、これを麺製造工程でいいならされた言葉で言うなら多加水であり、熟成を置くことであり、工程の最後の段階でグルテンの網状組織を破壊することなく均一に細分化し、かつ配向させるということになろう。
加水の多少はグルテンの網状組織の形成に関与するばかりでなく、ロール圧や脱気量にも関係し、麺のうまさに重要な意味がある。
このことは機械化が食品の美味しさを後回しにした典型的な事例といえよう。
 麺の製造に置いては、混合から成形の途中で時間的に放置する熟成を行うと良いといわれている。熟成の意義は、水和による生地の均一化、酵素作用による風味の付与、麺生地中の脱気の助成などがあげられるが、もっとも大きな効果はレオロジーの分野でいわれている”構造緩和”の状態に持っていくことであろう。すなわち、成型時の外力によって不自然な規則的な配列をとった生地の内部構造を、時間をおくことによって自然の状態に戻し、次の圧延などに備えて生地を緩和させるということである。引っ張り試験に置いては、一般に熟成により麺生地の抗張力は減少し、伸長度は増加していわゆる柔軟性を帯び、ひいては加工順応性に寄与して食感の改良につながるものと思われる。また、麺生地はパン生地に比べて水分が少なく、グルテンの網状組織の形成能にも関係するようである。
 熟成は、混合直後の塊状状態では殆ど効果なく、麺帯若しくは麺線で効果があり、加水量、ロール圧延の度合いや放置温度でも異なって、常温なら1~2時間、低温(10℃前後)では4~5時間がよいといわれている。手打ち、手延べ麺ではこの熟成が工程間に幾度もはいる。機械麺においてもこれを入れた方がうまい麺になるということで、ロール圧延の間にわざわざ迂回路を設けているところがある。
 麺のうまさは茹で後の食味によって大きく評価される。筆者等は、このうまさの違いを客観的に評価するために病理組織作成の技術を導入し、主に麺の縦断面のグルテン網状構造を観察してみた。その結果、手打ち、手延べ麺の場合は、グルテンの網状がしっかりしており、かつ麺線に沿って(手延べの場合)、または麺帯の伸展方向に沿って(手打ちの場合)グルテンが配向しており、機械麺の場合は、これに反してグルテン網が所々不連続であったり、破れていたり、また配向そのものがやや不鮮明であることが分かった。当然の事ながら、熟成を加えたり多加水にした機械麺では手打ち・手延べの配向に近似してくる。ただ残念なことは、手延べの場合はその製造工程途上麺線は常にこよりがかけられるように延伸されるので、おそらくグルテンはスパイラル構造をしていると思われるが、これは2次元の観察では実証できなかったことである。

 麺のうまさは誰にでも分かる。ところが、麺のうまさとは何か、うまい麺はどうしたら作れるか、ということになるとこれは大変なことである。これは食品工業に携わる研究者、技術者に背負わされた十字架であり、何か解決の糸口が見つかったり、作ることができた時には、喜びとなり生き甲斐となるものである。
 ところで、麺のうまさは先にも述べたごとく、歴史が古いだけに、画一化されたイメージのないことがなおいっそう難しい問題になっている。
今のところ、官能検査またはその道の権威者の評価に頼り、なお客観的な評価方法として、レオロジカルな手法と組織科学の観察を利用することができよう。
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