アレクサンドル・プィリツィン1
―アレクサンドル・ヴァシーリエヴィチ、大祖国戦争における懲罰隊の問題と彼らが果たした役割は、最近のマスコミが好んで取り上げるテーマとなっています。比較的最近の話ですが、懲罰大隊に関するテレビドラマ[註1]さえも製作され、悪い意味で有名な作品となりました。あのドラマがどれくらい現実を反映しているのか、つまり実際に起きた出来事をどの程度まで正確に描いているのか、あなたのご意見を聞かせていただけないでしょうか?
ヴォロダルスキーがシナリオを書き、ドスタリ兄弟[兄ウラジーミルがプロデューサー、弟ニコライが監督を務めた]が映像化したこの作品を見た時、私がまず感じたのは、懲罰大隊をめぐっては今もなお嘘が繰り返されているのだ、ということでした。これははるか以前、レフ・ダニーロフ監督がドキュメンタリー映画「懲罰隊」を撮影した頃から始まっているものです。まだ憶えている人が多いかもしれませんが、彼があの作品を撮ったのはソ連崩壊後、1990年代も半ば頃でした。あれは基本的に[懲罰大隊ではなく]懲罰中隊を扱ったものでしたが、懲罰隊員の背後にはいつも退却阻止隊が配置されているだとか、彼らは[阻止隊から]機関銃を背中に突きつけられながら突撃しただとか、そんな話がしつこいほど強調されていましたね。しかし、事実は全く違うものでしたよ。
私自身は軍直属の懲罰中隊で勤務したことはありませんが、まず第一に、私の隊には自らもこうした中隊を指揮した経験を持つ者が1人勤務していました。すなわち、軍直属の懲罰中隊長が懲罰大隊送りになったわけです。第二に、私がもっと年取ってからの話ですが、ミハイロフ大佐という人とハリコフで会ったことがあります。ミハイロフもまた、第54軍直属の独立懲罰中隊を指揮した経験の持ち主です。[つまり、懲罰中隊についてはこれらの人々から話を聞いて知っているということが言いたいのだろう]
それから、ヴォロダルスキー脚本の「シトラフバート」について。実は、彼はあの作品が撮られる前に、「シトラフバート」という題名の小説を書いていたのですね。これを読んで分かったのですが、この本とあのドラマとは内容が全く一緒です。つまりは[ドキュメンタリーではなく]芸術作品のジャンルに含まれるドラマだったわけで、そうであればいくらでも空想を吹き込むことができますし、作者にその権利はあると思います。実際、空想的な内容が多すぎる作品ですからね。全てがごっちゃにされていますよ。懲罰中隊、懲罰大隊、犯罪者、聖職者…最終的には、懲罰大隊ではなく、ギャング団か何かのような集団ができあがってしまいました。この集団を束ねるのは、善良な人物ではありますが、しかし自らも懲罰隊員なんだそうです。そんなことは全くあり得ない話ですよ。ドラマ自体、極めて政治的な性格が強い作品だと思っています。その目的は辱めること、つまり我が国にあった輝かしいもの、よいものを辱めることなんです。勿論、懲罰隊が我が国の歴史の中でも輝かしい存在でないことくらいは理解しています。けれども、戦争はどうやったって戦争なのですし、このような部隊はあらゆる戦争の中で編成されていました。
まず第一に、私が属していた懲罰大隊についてですが、私自身は何らかの罪を犯してここへ送られたわけではありません。懲罰隊員たちの指揮官として将校の中から選抜された、ただそれだけの話です。それで、私は懲罰大隊で勤務することになり、勝利を収めるその日まで、戦争中はずっとそこで戦っていたわけです。負傷し、入院生活も経験しましたが、いつも必ず同じ大隊へ戻りましたよ。大隊ですごした1年半の経験から、彼ら[懲罰隊員たち]はあのドラマ[シトラフバート]に描かれているような連中とは全く異なっていると断言できます。ドラマの中の懲罰隊員たちは、お互いに殺し合ったり、トランプにうつつを抜かしたり、女性を襲ったり、倉庫を略奪したり、それこそ何でもかでもやりたい放題です。つまり、人間的なものも、よい意味でのソヴィエト的なものも何ひとつありはしない。実際にはそれら[よい意味でソヴィエト的なもの]だって、確かに存在したはずなのに。
私は懲罰隊員たちと接してみて、こんな印象を得ています。彼らは何らかの罪を犯したか、あるいは道を踏み外した人々であり、それを認めるか否かは別問題としても、とにかく自らが罪人であることを自覚していて、罪を贖おうと努力していました。
だから、あのドラマに対する私の評価は極めて否定的なものです。もっとも、これは他の作品についても言えるんですけどね。―想像は芸術家の権利であり、あのドラマが芸術作品であることも確かですが、一方で芸術家の良心や、最終的には事実との整合性によって、そのような想像に一定の歯止めをかける必要があるはずです。例えば、大祖国戦争をテーマとする様々な作品でも、実在のモデルとは必ずしも合致しない架空の主人公や出来事などが登場することがありますし、それは不思議でも何でもありません。それでもやはり、あれほどのでたらめは許されるものではありません。つまり、そもそも全く存在し得ないような事物を描くべきではないと思うのです。それで、あなたのご意見を聞かせていただきたいのですが、ヴォロダルスキーの作品の中ではどこが最も間違っているとお考えでしょうか?
根本的な問題点としては、まず第一に、大隊はどのように編成されるのか?という部分が挙げられますね。[「シトラフバート」の中では]まるで他に祖国を守る者が誰もいないから、それで大隊が創設されたかのような描写になっています。軍は完全に撃破され、指揮官たちは戦前の段階で銃殺されたか、もしくは戦いの中で斃れてしまっている。それで、ラーゲリに送られていた者をみんな戦わせるために大隊が作られた。ちなみにドラマの作者たちは、何百万人もの人々がラーゲリに入っていたと考えているようです。我が国の似非歴史家たちは、何百万という数字を振り回すのが好きなのですよ。で、ギャングだの盗っ人だの人殺しだの政治犯だのからなる集団が懲罰大隊に追い立てられる、何故なら祖国を守る者は他に誰もいなくなってしまったから、という筋書きです。それからスターリンの命令第227号、「一歩たりとも退くな」のあの命令が、言うなれば最後の望みとされているわけです。
―私の理解が正しければ、[「シトラフバート」の]作者は、懲罰大隊と懲罰中隊をおそろしくぞんざいな形で混同し、区別していないように思われます。両者は完全に異なる部隊であり、異なる任務を与えられているというのに。懲罰大隊は罪を犯した将校だけで編成されるはずで、あのドラマで描かれているような雑多な成員は全く考えられないことですよね。
その通りです。懲罰大隊というのは、私も自らの勤務経験からこのことを知っているのですが、将校だけで編成された部隊なのです。前線で何らかの罪を犯した将校がここへ送られるわけです。その後、ドイツの捕虜となってから逃れてきた者も懲罰大隊へ入れるという決定が下されました。私自身は、これは間違ったやり方だったと思っていますけどね。どこかで聞いたのですが、イギリスでは敵の捕虜となった後で脱走に成功した兵士は、みんな国王から賞をもらうそうじゃないですか。しかし我が軍では、捕虜の状態から逃れ、戦いを続けるために友軍の下へ帰ろうとした者たちがみな懲罰隊送りとなり、犯罪者扱いされたのです。私は当時も、そして今も、こんなやり方は正しくないと思っていますよ。
一方、敵の占領地区に取り残され、包囲環から脱出することができず、しかもパルチザンに合流しようとせずにただ状況の変化を待ち続けていた者は、当然のことながら基本的には軍人としての誓いを破ったと言ってよく、罰を受けなければならないでしょう。ただしそれがどのような罰であるかは、全く別の問題なのですが。―全体として、どのような人々があなたと一緒に大隊で勤務していたのでしょうか?
そうですね、まずは私がいた大隊の衛生部ですが、これは全て元懲罰隊員から成っていました。つまり、彼らは懲罰隊員として大隊に在籍し、自らの罪を償い、将校としての階級を返してもらった後でも、同じ大隊にとどまり続けたのです。我が大隊の衛生部長、当時の肩書きでいえば衛生所長と、彼の助手であるヴァーニャ・デメンコフ中尉です。2人とも元の懲罰隊員ですが、その後も同じ大隊で勤務を続けたわけです。小隊長の中にも、元々は自身が懲罰隊員で、[罪を償い]階級を取り戻した後で大隊に残ることを選んだ者がいました。だから、彼らは本当にしっかりした人々だったわけですよ。というのも私たちは、隊員の中でも戦闘経験のある将校と、長いこと戦っていなかった者たちとを区別していましたからね。例えば、敵の占領地区に取り残されて捕虜となり、その後で脱走に成功した者がいます。私の隊に所属していたセミョーン・バーソフもそうでした。友軍のところに戻りたいという一心で、1000キロの道のりを歩き通してきた男です。捕まって銃殺される危険に絶えずさらされながら、ですよ。
私たちはそうやって、隊員を区別していたわけです。戦闘経験を持ち、戦いのやり方を心得ていた実戦的な将校と、それを知らない将校とでは全く違っていましたから。部隊が補充を受け入れ、歩兵としての戦い方を教育した際には、編成のための時間を与えられたので、たくさんの兵に訓練を施すことになりました。ずっと戦いを経験していなかった者だけでなく、飛行兵や戦車兵、砲兵などにも歩兵の戦闘術を教える必要があったのです。彼らは同じ軍隊の中でも、全くスタイルが異なる部隊へ来たと言っていいでしょうね。何故なら、実戦の中で壕を掘ったり、手榴弾を投げたり、そんなところから憶える必要があるからです。正確な射撃だってできなければなりません。それから、対戦車銃中隊も編成しました。ある者は今までに対戦車銃を見たことがあったし、ある者は全くなじみがなかった、そんな状況です。大隊には機関銃中隊や迫撃砲中隊までもが配属されており、短機関銃手の中隊も存在していました。
そういう次第で、色々なケースがあったことは確かですが、全体として言えば、皆に戦闘能力を植えつけたのだと見なしてもよいと思います。最初のうちは多くの者が抵抗しましたし、どうして皆殺しの戦場に送られなきゃならないんだとか、匍匐で進んだり這い回ったり走ったりジャンプしたりといった苦行のような訓練はうんざりだとか、そんなことも言われました。しかし後になると、生き抜くためには訓練が必要であり、戦闘の中でできるだけ損害を少なくする目的で行うのだと理解してもらえるようになりましたよ。
註1:2004年にロシア国営テレビで放映された11回シリーズのテレビドラマ「シトラフバート(懲罰大隊)」を指す。タイトルの通り、第2次世界大戦当時のソ連軍における懲罰大隊の悲劇をテーマとしたもので、そのセンセーショナルな内容により大きな反響を呼んだ。戦争の現実を美化せず、過去の歴史を批判的に取り上げる姿勢が評価された一方、誤謬と偏見に満ちた作品として激しい非難を受けてもいる(主に参戦者や歴史家などから)。(11.11.08)
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