世界には中心も周辺もない。 皆さんと世界は“直結”しています

プロフィール

大西 裕子(おおにし ゆうこ)さん
NPO法人ヘラルドの会 理事、ヘラルドの会さっぽろ 代表
法政大学 非常勤講師
ロシア語通訳・翻訳
1991年 北海道大学大学院文学研究科 修士課程修了

神奈川県横浜市生まれ、6歳から札幌で育つ。北大文学部を卒業後、北大大学院文学研究科ロシア語ロシア文学研究室(当時)に入学。修士修了後1991年秋からサンクトペテルブルグに留学。ソ連解体から新生ロシアに移行する激動期を5年程現地で体験する。帰国後は主にODAの通訳翻訳に従事。現在は法政大学非常勤講師のかたわら、ロシアの文化芸術を日本に紹介する「NPO法人ヘラルドの会」理事「ヘラルドの会さっぽろ」代表として活躍

留学と同時にソ連解体・新生ロシアの激動期を体験

世界最高峰の文学のひとつである19世紀ロシア文学に強く心を魅かれ、その研究のために進学しました
私が院生だった頃に東欧革命が起こり、東欧の民主化の波とソ連国内のペレストロイカが、長らく世界を二分した東西冷戦を終わらせました。その分断の象徴であったベルリンの壁が民衆により打ち壊される映像を、リアルタイムで感動し見ていたことが昨日のようです。修士課程を修了した1991年、念願の留学ををするために手続きを進めていたところ、同年8月ゴルバチョフ政権に反発するクーデターが勃発。秋から語学留学が始まりましたが、その2カ月後にはソ連という国家そのものが解体され、ロシアに移行していくという歴史の大転換期に立ち会うことになりました。国立サンクトペテルブルグ大学の大学院生時代を含め、非常に貴重な体験となった留学期間でした

私費留学でお金も無かったため、外貨は極力使わずに現地の方と同じ生活をしました。食糧の配給券を受けたり、リュックでじゃがいもの買い出しをしたり。しかし過酷な状況に力尽きた方々の苦しみに比べると苦労とは全く呼べないものでした。一方で経済不安で先が見えなくても「自由」に発言できる今の方が良いという知人の言葉も胸に刺さりました。国のあり方を考えましたね。また、自国の体制を支えた哲学史を冷静に問い直す、そうした授業を提供する大学側の姿勢にも敬服しました

文化を通じて多様かつ多層的な視点を手に入れる

現在、私のフェローゼミでは文化による地域振興・観光促進を扱っており、そこに関心を持つようになったのも留学時代の影響です。非常に不安定な情勢でしたが現地ではそれでも毎晩、必ずどこかの劇場が開き、オペラやバレエを観に市民が家族連れあるいは仕事の後少しお洒落して劇場に足を運ぶ姿がありました。厳しい経済状況の中でもアーティストたちは妥協の無い舞台に皆必死。それは研究者も同じです。サンクトペテルブルクは、第二次世界大戦でナチスの900日間包囲に耐え抜いた都市です。ある研究所では貴重な文献を守り抜くため、暖房の無い部屋で励まし合いながら飢えと寒さで亡くなられた研究者もいたと伺いました。また、ネヴァ河を挟んで大学の斜め対岸には、世界的なエルミタージュ美術館があり、院生には無料開放されていたので足繁く通いました。政治経済がどうあれ、自国の文化を大切に守り抜いた結果、それが今や貴重な文化遺産や文化資源として世界が憧れる、何ものにも代え難い価値を生み出しているのだと思います

ロシアの人々にとって文化芸術は誇りであり、生活と切っても切り離せない安らぎや喜びを提供してくれるもの。こうした豊かな文化的土壌に感動する中で、ロシア文化・文学研究家の藤沼敦子先生との出会いがあり、ロシアの歌曲やオペラを日本に伝える「NPO法人ヘラルドの会」をお手伝いするようになりました。文化活動と教育活動であり、私にとっての社会貢献です。ロシア政府が後押しする「ロシア文化フェスティバル in Japan」とも連携し、これからも充実したイベントをお届けできれば、と思っています

文化・芸術を通して人は物語や舞台の主人公たちの人生を追体験し、想像することで多様かつ多層的な視点を手に入れることができます。あらゆる差異を超え、お互いを理解する助けになります。また、文化・芸術は人々に励ましを送り、心の復興や成長を促します

2006年に「創造都市さっぽろ」宣言をした札幌は、文化による地域振興の可能性をまだまだ秘めている宝物のような都市です。カレッジ生の中からも札幌の文化施設をどう活用するか等のユニークなアイデアが出ており、皆さんの若い感性が地域の文化醸成・促進にどう寄与していくのか、非常に楽しみに見守っています

私がカレッジ生の皆さんにぜひお伝えしたいことは、世界には中心も周辺もないのだということ。北海道は中央から離れた北の果てだという人もいますが、古いしがらみの少ない北海道こそ直接世界とつながっており、皆さんの目の前にはいつでもチャンスが広がっています。私は帰国後に主にODA事業に関わる通訳翻訳業務に携わりました。180もの民族が共存するロシアはODA対象国ではありませんが、旧ソ連から独立した様々な国の歴史、宗教、文化はあまりにも豊かで学ぶことばかり。無知な人ほどレッテルを貼り決めつけ本質を見ようとしませんが、これからの未来は皆さんと同じ青年の情熱と志、ソフトパワーで変えていける、世界の勢力図も変わる、その意味で、世界には中心も周辺もありません。独自の文化と伝統が息づくそれぞれの生活が存在するだけです。同じ人間がいるだけです。真の国際人たる皆さんには、ぜひ謙虚な心で多様な文化、そして人に接して頂きたいと思います

進路を北大に決めた時点ですでに皆さんの中には世界をフィールドとするフロンティア・スピリッツが息づいているはず。自信をもって前に進んで欲しいと思います

フェローの流儀:相手を思いやる温かさが自分のお守りに

私が留学した当時は「激動期の海外に女性が1人で…」という気負いが非常に大きく頭でっかちでしたが、尊敬する先生の言葉に「まずはその国の人に好かれるように」とあり、私もはっとさせられました

この言葉は非常にシンプルですがとても根本的なもので、やはり交流の原点は「人」と「人。信頼を深めれば、困った時に手を差し伸べてもらえるでしょうし、こちらも誰かが困っている時は手を差し伸べる善き人でありたい。人との出会いや国際化といっても、そこが出発点ではないかと
皆さんを取り巻く世界は変化に次ぐ変化の連続です。同時代の世界や社会の課題にも目を向けて、どうかこの素晴らしい学び舎で、同じ志の友と切磋琢磨する中で、新渡戸稲造の語る「深い倫理性に基づいた自律的個人」を確立し、多くの同窓とのネットワークを広げ世界を舞台にご活躍されますことを祈っております