第44話 広田の棒術(広田のささら・棒術)

埼玉県鴻巣市                                                  

今回の探訪記以前の数話では、元々剣(又は棒で)場を祓い清める行事(神事芸能)があったのに、後世に流行した獅子舞
が、視覚的に美麗であったために主役の座を明け渡したのではないか?という想像を繰り返し述べてきたのだが、今回入手
した資料と、以前入手していてすっかり忘れていた資料の中に、極めて興味深い記事が掲載されているのを発見した。


平成22年10月15日、旧北埼玉郡川里村広田(現・鴻巣市)に鎮座する
鷺栖神社の境内において、秋季例大祭が執行され
当地に伝承されている獅子舞(ささら)と棒術(花棒と称される)の演技
奉納が行われ、地元の方々を中心に詰め掛けた多数の観衆に披露
された。


当地の棒術は充実しており演目は以下のとおりとなっている。
注目すべき点は演技の冒頭に、棒使いの頭役(親方)の唱える
太刀のいわれ(唱詞)である。唱詞は各地で伝承されているそうだが、
資料にも掲載されている興味深い内容は別頁に譲るとして、


当地では太刀のいわれを唱えることを『太刀さばき』と称し、次いで
邪気を祓う『打出し』が行われた後、地元の少年少女達によって花棒
が披露される。当地の花棒を『一刀流花棒』であると記載しているのは、昭和45年3月に発行された
『埼玉の獅子舞』(編集兼発行 埼玉県教育委員会)のみである。当地の棒術の起源・由来等の詳細は不明である。

打出し  通リ違イ  木葉返シ  霞落シ  逆落シ  ハツカ(発火)  鎌六尺  笠外シ  三人棒  逆払イ  太刀ハライ

清浄  扇手  六尺同志  四人棒  水引  八天  鎌通シ  長刀

 上記演目中、別手があるものがあり、六尺同志、鎌通シについては
  計2とおり、長刀については計3通りの用法がある。
  

  また、八天、鎌通シ、長刀については、『三役』と称する。これらは
  師匠株の者の演目となっており、理由は不明だが三役の後は、
  飛び入りで三役以外の棒を演技してはならないとされているのだ
  そうだ。 


  さて、当日は午前9時頃に現地へ到着したが、既に地元の方々が
  境内には多数集まって祭礼の準備をしているようであった。
  やがて本殿で玉串奉納などの祭典が行われたが、実際に祭礼の
  一団が境内に到着して演技が開始されたのは、11時過ぎてから
  であったので、その間に境内を散策したりして演技の開始を待った。


社殿の裏には、塞ノ神の石碑が多数あって興味を引かれた。かつて集落の各所にあったものを、ここに集めて祀ってあるの
だろうか?事前に目を通していた唱詞の中にあった牛頭天王のことを思い出して、「何か関係があるのだろうか?」と思いを
馳せた。

やっと演技開始の時刻となった。棒術の演技も境内につくられた土俵型の舞庭で行われる。前述の『太刀さばき』が行われ、
傍らには、直後に『打出し』を演技する少年達が、地面に得物を交差して控えている。


それにしても、よくぞ貴重な唱詞が伝承されていたものだ。『付属芸能』
といっても、棒術が獅子舞の後世に付加創作されたものではなくて、
獅子舞と同等かそれ以前の古い歴史を有するのではないかという、
確信をあらたにしたのであった。


ちなみに広田のささらは龍頭を被って舞うために、『龍頭舞』という
別名がある。寛永16年(1639)7月から、地区内の諏訪神社で始め
られたと伝えられ、明治42年に諏訪神社が当社へ合祀されてからは、
こちらで演技奉納が行われているとのことである。


また鷺栖神社には、当時貴重であった絹を獅子頭の水引幕に使用
するために、忍藩の寺社奉行へあてた寛政6年(1794)の
古文書、『絹物使用嘆願書』が残っているという。

『打出し』の演技に次いで、『通リ違イ』の演技が行われ、棒術というよりは組太刀の演技が続く。なるほど確かに『一刀流』
なのかもしれないが、一刀流はいろんな分派・別派があって、さらに一刀流の名を冠する流派も多数存在する。仮に一刀流
であったとしても当地の棒術が何流であるかを特定するのは、先ず無理であろう。

低い姿勢で足を踏み違え(飛び足)ながら、相手の正面打ちを連続して平受(上段)する動作が多いのが印象的で、非常に
鍛錬色が強いように感じた。正しく演ずるのは大人でも難しそうな技の数々である。

この後、棒の攻撃を短い鎌を用いて、上下左右に受けて防戦する『鎌六尺』。木刀同士の打合いから、木刀を落とされた方が
扇で相手の木刀を打ち落とした後、『真剣』(もちろん模造刀のはずである)で対戦する『扇ノ手』など様々な演技が披露され、
当地の棒術は、棒だけではなくて、剣術、鎌、長刀など各種の武器術を行う総合武術である。


  納刀も順手・逆手の双方があり、頭上に高々と太刀を突き上げた
  構え(最初分からなかったが八相であろうか?)が独特で印象的で
  あった。


  花棒(祭礼用の棒術)であるため、演技の全てを武術的な視点で
  眺め、解釈しようとするのは無理があると思う。しかし、演技の最後
  の方に披露された『水引』を見ても感じるように、武術としての武器
  の操法は演技の中に全て組み込まれている。


  また前述のとおり演技全体を通して、技法としては素朴であるが、
  相手に打たせてから基本的動作(例えば受け)を反復するような、
  鍛錬色が強い演目が多いとの印象を受けた。


子供達の演技の後は、大人(保存会の方々)による『水引』、『長刀』が行われた。『水引』の冒頭で大きく足を踏み鳴らす所作
は、地固(悪魔退散)の意味があるのだろう。その他、子供達の演技とは違う独特の動き、拍子、気合(当地では『合言葉』と
いう)に、個々の所作の意味も感じられて興味深かった。

棒術の演技の後は、ささらが行われるが、この日は午後から仕事があるので、ゆっくりと秋の風情を楽しむ間もなく当地を
後にしなければならなかったのは、本当に残念であった。当地の棒術も地方色豊かな貴重な伝承であるので、末永く後世
まで続いて欲しいと願わずにはいられなかった。


 (参考文献)

・埼玉の民俗芸能Ⅰ -民俗芸能公演の記録・第1回から第29回-  (昭和55年~59年)

                                          発行  埼玉県立民俗文化センター

・埼玉の民俗芸能Ⅴ -民俗芸能公演の記録・第91回から第110回-  (平成6年~11年)

                                          発行  埼玉県立民俗文化センター


・埼玉の獅子舞                             編集兼発行 埼玉県教育委員会   

・埼玉県民俗芸能調査報告書第四集 原馬室の獅子舞・棒術    発行  埼玉県立民俗文化センター

・新編埼玉県史 別編2 民俗2                   編集発行  埼玉県

・埼玉県民俗芸能誌                          著者 倉林正次   発行所 錦正社

・東京都民俗藝能誌 上巻                      著者 本田安次   発行所 錦正社

・江戸東京の民俗芸能 ― 3 ■獅子舞      著者 中村規  発行所 ㈱主婦の友社

・日本民俗芸能事典        監修 文化庁  編集 日本ナショナル・トラスト   発行所 第一法規出版㈱



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