第38話 西戸倉の棒つかい | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
東京都あきる野市 |
関東一円ではかなり広範囲で獅子舞が伝承され、それに付随して棒術も行われていることは、他の探訪記で述べた
ところである。奥多摩の山間部もそのひとつであるが、東京都あきる野市の中心地から西方へ数km、檜原街道沿いの
山間部に位置する西戸倉では、「棒つかい」と称して、かなり武術色の強い郷土芸能が伝承されている。
平成16年9月5日、前日は生憎の荒天であったが、曇り空
とはいえ何とか持ち直したこの日、私はJR中央線を利用して
一路あきる野市を目指す。
拝島から五日市線に入ると車窓から眺める風景も次第に
緑が豊かになり、それが彼方の山々まで続いている。
幼い頃に見た懐かしい風景を思い出し、心が落ち着いて行くの
を感じる。僅か1時間程度の汽車の旅ではあるが、都心の喧噪が
嘘のようである。
武蔵五日市駅で下車後、観光案内所で地区祭礼の日程について
確認をする。親切には教えて頂いたが、その詳細については不明
であった。駅前でしばし休憩した後、予定より時刻が早いのを承知
の上で現地入りすることにした。
西戸倉の棒使いの起源は、元禄年間(別資料によると 文政年間)に坂下(集落)の木住野(木住之)家の10代である
孫右衛門が、当時戸倉村に属していた養沢の怒田畑(ぬたばた)にて習得し、土地の若者達に伝授したのだという。
また、当日に境内に掲示された棒の演目は次のとおりである。
撚り違い 飛び違い 肩透かし 腰車 鷹の萩
本太刀 影太刀 傘の手 新手 鶴の一足
三干 突き止め
多摩地方で武術が盛んになったのは江戸期、特に幕末であり、
多数の門弟を誇った流派としては、天然理心流、大平真鏡流、
甲源一刀流などで、今日でも高名な流派が数多い。
多摩地方が武術が盛んであった理由は多々あるが、いわゆる
「八王子千人同心」の存在を無視する事はできないであろう。
千人同心とは、槍奉行の傘下に属する幕臣達のことで、彼らは国境(甲州口)警備の任を担っていたが、平素は八王子を
中心に農耕に従事していた。彼らの多くが武術の担い手となり、当地方では農民までもが武術を修練していた。
そのような土壌の中から、幕末に新撰組で名を馳せた剣豪達
を輩出したのである。
事実多摩地方でも獅子舞に棒術が併伝されている事例が
見られるが、棒術に関しては天然理心流と伝えられるものも
少なからず存在する。
西戸倉にてバス下車後、山手に翻る幟を見止めたので、
その方向へと目指して歩んで行く。子供達の手による手作りの
灯明が献ぜられた沿道を登ること数分も経ずして、八雲神社へ
と到着した。
自治会館も併設されている境内には、既に大勢の地元の方々
が集まっていた。屋内では酒宴が、そして野外では飲食等の
出店も並び和やかな雰囲気である。当日の日程を確認すると
午後7時頃開始とこと。
前日も荒天の中、祭礼は行われたそうで、
「昨日来れば獅子舞が観れたのに」と残念な様子である。境内で小休止の後、時間に余裕があるため付近を散策して
出直すことにした。
夕刻、再び境内を訪れると撮影場所を探して陣取った。演技開始の時刻が迫ってくると、本番を待ちきれないのか、少年達
が稽古を始めている。これまでの練習の成果に自信を深めているのか、棒の手捌きも実に手馴れている。真剣な表情の中
にも余裕すら漂わせ、本番前の緊張感を楽しんでいるかのようであった。
そういえば気になる事があった。演技者の襷掛けが実に複雑で、なにやら捕縄術を表現したようにも見える。この特徴的
な結び方を当地では、「石畳み」というそうである。
少年達の演技終了後、関係者の挨拶等が行われ、そして
獅子やおかめ等の登場する星嶽のお囃子が奏された。すると
いよいよ青年から成・壮年の演技が開始となる。
使用する武具も、剣、棒、傘、そして槍と様々であり、中には
体術の要素のある演目もある。いくつかの演目を紹介しよう。
先ず「傘の手」、対峙した両者が前進し、一度は行き違った後に
棒対棒の攻防から開始される。そして得物を叩き落とされた方が
抜刀し、逆に相手の棒を叩き落とすと、剣対傘の攻防となる。
最初に閉じた傘で打ち掛かるのだが、相手は左手で
これを受けて出端を封じてしまうと、今度は逆に剣を用いて
右片手斬りで逆襲する。
これに対しては、傘を掴まれたまま左斜め前方へ進み、ちょうど
相手の右脇へ傘を押し当てるような形で攻撃を封じてしまう。
この後は両者、今にも討ち掛からんとして相対したまま、何故か決着をつけずに演技を終えてしまう。余技として開いた傘を
縦に回転して、「縄跳び」のように跳躍を繰り返す曲芸が披露され、観衆を沸かせていた。
「新手」は組太刀の演技である。演技の後半で正面斬りに来る相手の喉元へ、スッと切先が突きつけられ動きを封ずる
ところが印象的であった。
剣対棒の「鶴の一足」では、両者二度ほど行き違うと
背後から抜刀して棒に斬り掛かり戦いが始まる。
両者場所を入れ替りつつ、上下段と激しく斬り結んだ後、
棒を叩き落とされた方は、正面斬りに来る相手の懐へ飛び
込んで、右腕を取り押さえる。
そのまま一本背負いに行くのかと思われたが、両者力の
鬩ぎあいとなり手四つに組み合う。最後は再び両手で相手
の右腕を掴むと相手をそのまま前方へ押し放つ。
一見すると勝敗がはっきりしないが、投げ技が決まったと
想定してあるのだろうか。
次は棒対棒の「三干」、両者左右の体側に沿って縦回転に
棒を回しながら登場すると、裂帛の気合を発しつつ左右から
棒を繰り出して激しく打ち合わせる。
後半は互いに背中合わせとなり、交互に投げを放つ。演技者の気迫が伝わってきたのか、観衆から一段と高い声援が
送られた。
そして、清めの塩が撒かれた後、槍対剣の攻防である「突き止め」が披露され、祭礼は幕となった。棒の後も境内では
星嶽の囃子が奏されている。夜が更けてきたこともあって、早々と荷物を纏めると境内を後にした。神社から遠ざかるに
つれて、過ぎ行く夏を惜しむかのような美しい音色が、辺りの山々に木霊するのを一層意識する。足早に歩を進めつつも、
迫り来る秋の気配を感じずにはいられなかった。
(参考文献)
・かわせみ通信 〈奥多摩の獅子舞い紀行〉 (22)星竹の嵐除け獅子祭 発行 川崎実
・多摩のあゆみ 第86号 特集 多摩の剣術 発行 (財)たましん地域文化財団
編集 たましん歴史・美術館歴史史料室
・星竹の獅子舞 著者 石川博司 発行者 多摩獅子の会
・多摩のあゆみ 第56号 発行 多摩中央信用金庫 多摩文化資料室
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