第35話 バッパカ獅子舞

千葉県野田市                                                

千葉県の北西部に位置する野田市は、室町時代に創業されたという醤油醸造で全国的に有名な土地である。平成16年
7月24日の夕刻、私は東武野田線愛宕駅で下車した。
この日、当地に伝承されている千葉県指定の無形民俗
文化財「バッパカ獅子舞」の演技奉納があると聞いたから
である。

 奉納開始の時刻まで余裕があるため、資料収集のために
図書館も併設されている市の複合施設、「欅のホール」へと
向かった。この日も炎暑ではあったが、この時刻になると
僅かではあるが風もあり心地よい。

関東一円では、一人立ちの「三匹獅子舞」が各地で広く
行われ、その多くは五穀豊穣、雨乞い、防災等を祈願する
ためのものである。

またこうした獅子舞には、露払い役と
して棒術が併伝されている事例が少なくない。
当地の獅子舞には棒術とともに居合術が併伝されているが、

この点から、房総地方の中では貴重な事例であるといえよう。

奉納開始は午後7時、清水町に鎮座する八幡神社の境内で行われる。直前までその場所を勘違いしていたため、
地元の方に教えて頂いてから、慌てて神社へと向かった。

 古き世の「村の鎮守」の趣の漂う境内には仮設の舞台が組まれ、既に多くの地元の方が集まっていて奉納の開始を
待っている。あたりを過ぎ行く夜風が火照った肌に心地よく、そして、夜空に浮かぶ月も煌々として美しい。屋台も多く
立ち並び、いかにも「夏祭り」といった風情が漂っていた。

 
  演技に先立ち、保存会の方から活動の報告も兼ね
 て挨拶が行われ、次に清水小学校の生徒達による演技
 が披露される。大人の演目にも意欲的に取り組んでいる
 とのことで、なかなかの熱演であった。子供達の演技が
 終了すると、保存会の方々の演技となった。

  当地の獅子舞は、元禄6年(1693)7月、武蔵国
 西新方領下間久里村(現・埼玉県越谷市間久里)の
 住人、荒井平兵衛により、清水八幡大菩薩に奉納
 された際、渡辺忽内、同寛左衛門の両名が伝授を
 受け、以後当地にて相伝され現在に至っている。

 元来は家ごとに、獅子舞、棒術、居合術の系統と
 いうように、各々の家の長男が継承してきたというから、



詳細は不明であるが、棒術と居合術も獅子舞と同時期(あるいは後世)に他所から伝来してきたのであろうか。
 なお、資料には棒術と居合術の演目として、次のような記載がある。

 (棒術)
  
天狗昇  十二太刀  三人棒  七ツ太刀  小流  鍔砕  水引  転び技  立棒  八角
 
 (居合術) 

四方固  木太刀  柄止  法螺貝  転切符  香取  念竜  中輿  切符  仙義  悪魔払 など
           
※ちなみに「バッパカ」というのは、獅子の奏でる鞨鼓の音だそうである。

 さて、実際の演技であるが、居合、棒術双方とも控えの者が事前
に、舞台の中央に得物を置きに来るところから、開始される。演技者
がこれを担えて入退場することはない。

また、棒術は長短2種の棒を用いて演ずるが、短棒の操法は、
実際には剣術のそれであり、どちらかというと杖術型であろう。
(棒の演目でも太刀を用いて演ずる場合は、「白刃」とも称していた)

「十二太刀」という演目では、対峙した両者が歩み寄ると、交差して
舞台上に置かれた棒を取る所から開始される。(この時、演技者の
片方が相手の棒を数回叩く)両者中段に構えると上下に斬り結び、

一旦間合いをとった後、右八双に構えた方が正面斬りに来る
ところを水平受けすると、そのまま相手の斜後方へ巻き落とす。
両者再び中段に構えると上下に斬り結び、バタバタと足を踏み鳴ら
す所作がある(反閇に通ずる呪術的な意味があるのかもしれない)。


そして、両者「半跪居」(伸ばした足の、もう片方の膝を着き爪先を立てている)の中段に構えると、左体側で廻刀(棒
ではあるが)しつつ跳躍、得物を交差して舞台に叩きつける。武術的には相手の得物を捕り押さえているように見える
が、「地固」のような悪霊を地に封印する意味があるのかもしれない。この所作は、得物の長短に関係なく演技の最後に
行われる。

 実際に昔は、「辻切り」と称して、四方(東西南北)の
 村境で 居合・棒術を演技し悪魔払を祈願していたそうである。

 他にも側転から開始される体術色の強い演目や、鍔競りの所作のある
 演目もあり内容も様々である。

  また、居合術は、「半跪居」の構えを多用し、刃を下に向けて帯びる
 「太刀差し」であることが特徴的である。細々と実技描写をするよりも、
 相撲の「弓取り式」を想像してもらった方が良いかもしれない。そういう
 意味では、丹後の「太刀振」等と芸態が酷似している。

 飛び違いながらの逆袈裟に斬り上げる所作が多く、片手でクルクルと
 太刀を回しつつ背中を通したりと自在に太刀を操る。「血振」のような
 柄打ちの所作もある。

 「四方固」は前後左右を斬り祓う演技であり、演技の前に
 祭文のような四方の神々の名を唱える、呪術色の強い演技。


また、演目に「香取」とあるので、香取流の影響があるの
かと思われたが、他の演目と際立った違いは見られなかった。

武士階級の中で、抜・納刀と太刀の操法を研究し習得する方法が
「居合道」として大成する過程で、元来「居合術」が持っていた呪術的、
宗教的な意味は次第に語られなくなり、そして忘れ去れ、こうして僅かに
民俗芸能の中にその痕跡を留めているのであろうか。

この日は久々の「探訪」ではあったが、演技の後半にビデオカメラ
が故障で撮影不能となった。こんなことは今までになかったことで、
実技描写をする上では残念至極な事ではあったが、前述の子供達
の熱演のおかげで、演技の内容はある程度理解することができた。
心から感謝したい。



 (参考文献)

・野田市の文化財(第1集) 文化財シリーズⅠ

                          野田市指定文化財及び教育委員会指定史跡、別冊

・野田市の指定文化財(野田シリーズ1)  発行  野田市郷土博物館

・千葉県大百科事典              編集・発行者 千葉日報社 

・千葉県の文化財               編集兼発行者 千葉県教育委員会

・千葉県の歴史 別編 民俗1(総論)、民俗2(各論) 編集 千葉県史料研究財団 発行 千葉県

・千葉県の民俗芸能 千葉県民俗芸能緊急調査報告書   編集 千葉県立房総のむら  発行 千葉県教育委員会



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