第34話 上川原の棒術

埼玉県熊谷市                                                


 埼玉県熊谷市、当地では毎年7月に「関東一の祇園」と称される八坂神社の祭礼、『熊谷うちわ祭』が開催される。

 私が熊谷入りした平成14年7月20日、12台の山車・屋台が
駅前広場に集結して祭囃子を競演する「叩き合い」が行われた。
残念なことにその様子を生で拝見することはできなかったが、
この日は夜遅くまで、街中に老若男女が溢れかえり、祭の風情
を楽しんでいた。

 翌21日午前、前日夜に「叩き合い」の披露された駅前広場の
4.5㎞程西方の大麻生上川原地区では、熊谷市の無形民俗
文化財に指定されている伝承の棒術の祭典が行われ、祭典に
同席した地元の方々に披露された。

 当地に伝承されている棒術は、正しくは香取流剣術である。
香取流は古くから高名な流派で、その流れを汲むと称される
流儀も数多い。起源・由来、そして沿革などは、既に他の文献
等で広く知られているので、ここでは省略させていただく。

  当地に香取流が伝来した経緯について、香取流剣術由来記
(抜粋 写本・明治24年)によると、
 
 「~奥儀迄も伝書有之此人出性何方共不知、中津川亦右衛門と申す武家老人田中亀太郎辰巳角に隠居家有
之是に住居致し、此人より古流儀伝授致し其家の相続人に相伝~」との記載があるとされる。
  
   また文化7年(1810)~文政9年(1826)にかけて
  幕府の昌平坂学問所で編纂された「新編武藏風土記稿」
  の大里郡小島村の条、全昌寺の項には、

  「~今寺宝ニ一箱ノ伝書アリ香取流兵法ノ巻物
   ニテ天文ノ頃ノモノナリ」と明記されていることから、

   香取流の継承者である中津川亦右衛門という武士が、
  相伝の巻物を携えてこの地に来住、全昌寺隠居所に住居
  を定めると、附近の相続人を集めて棒術を伝授したという
  のがその起源のようである。

  余談ではあるが、小池幹衛氏の調査により全昌寺の
  古い過去帳が発見され、その没年「元禄5年6月(1692)」
  とともに亦右衛門が実在の人物であることが確認されたという。


そして他の家族の没年から推定して、上川原に居住したのは最短でも34年、この間に棒術を教授したようである。

 現地入りにはタクシーを利用した。事前に地図を入手
したり、駅前の交番で尋ねたり等したが、上川原の正確な
位置を特定できない。最近の地図は皆番地に変わっていて
古い地名は記載されていないらしい。

誰に聞いてもタクシーの運転手なら分かるとの話であったが、
本当にそのとおりであったため、当方も拍子抜けしてしまった。

 実は当地には香取社がない。写真(別頁参照)にある
とおり、現在では地区の集会所を仮宮にして演技奉納を行う。

私が集会所に到着したときは、幟すら立っていなくて、祭典の
開始時刻まで周囲を散策して時間を費やした。辺りは徐々に
宅地化が進行しているとはいえ、未だ田園の風情が残っている。

集会所の南には上越新幹線の
高架があって、時折列車が轟音を轟かせて往来していた。

 やがて午前10時、祭典の開始となる。撮影の許可を得て中に入り、演技奉納の邪魔にならない場所に陣取った。
演技に先立ち保存会の方から地区の住民へ、市の助成を積み立てて衣装を新調したこと。新しい相続人に棒術を
伝授する10年毎の大祭についての告知など報告が行われ、いよいよ奉納の開始となる。なお、資料に記載された
当地の香取流の演目(表12手)は次のとおりとなっている。

 御巻「ヒャッ」  刀棒  抜  鍔詰  落  上附  剣巻  五荷  膝  下附  中附  上附「ヨイ」

   入場してきた演技者は、観衆と神前双方に座礼を
  行い、純白の鉢巻を締める。精神が集中し気持ちが
  高まって行くのがこちらにも伝わってきそうである。

  12本すべて組太刀。細身の木太刀を軽く・疾く扱う。
  手数が非常に多くて連続していて、どこまでが1本の演目
  なのかよく分からない。今回は細かい実技描写はあまり
  意味がないだろう。

   裂帛の気合が辺りを切り裂く。派手な跳躍技などはない
  が、相手が真向に木太刀を振り下してゆくと、その時はもう
  左に躱しつつ上から太刀を押さえている。

  そして他に印象深い技は、小手斬、いや徹底して
  手首を狙う。上から下から、相手の攻撃に合わせて
  

何度も刃(ヤイバ)が吸い込まれてゆく。相手が切り返して逃れようとしても、これに絡み付いて離れない。

 来賓の挨拶を交えつつ全ての演技を終了すると、「直会(なおらい)」となる。私も簡単にお礼だけを述べて集会所を
後にした。この日は地元の若い方々の演技は見られなかったが、地元の年中行事にこのような本格古流が伝承されて
いるのだから、もっと若い方々にも関心を持って頂いて、貴重な無形文化を次代へ継承して欲しいと願わずにはいられ
なかった。

 (参考文献)

・熊谷市史 昭和39年4月           発行  熊谷市

・熊谷の文化財 昭和53年3月        発行  熊谷市文化連合

・熊谷人物事典 昭和57年7月        編者  日下部朝一郎   発行  ㈱国書刊行会  

・新編熊谷風土記稿 昭和39年1月     発行  熊谷市郷土文化会

・大麻生郷土史稿  昭和35年4月      編者  小池幹衛

・棒術祭典の日程(チラシ)           上川原棒術保存会


※上記文献他・資料等について、熊谷市教育委員会からご教示・提供を頂きました。心から御礼を申し上げます。



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