囲まれた孤島である。
本島には江戸時代から明治初期にかけて、対岸の
平戸や田平から、柔、剣、棒術、そして十手や捕縄術
等で構成されている古武術が伝来し、『流儀』の名で
地区ごとに独自の流派が伝承されている。
『流儀』は単に武術としてではなく摩利支天信仰の
規律も伝承され、その演目の詳細は、相伝の古文書
が非公開のために不明であるが、各地区の流儀は
以下のとおりである。
西神浦地区 天下新無双（夢想）流・大山引大流
前平 地区 東流儀 天下新無相流
川畑・東流儀 真刀（神道）流 ※当流では力任せに打ち合わせない棒捌きを理想とする。
神山・西流儀 大山引大流 以上３流儀
西宇戸地区 天下新無相流
大根坂地区 真刀流
的山 地区 天下新無相（双）流
※（地区で相違があるようだが）掛声の基本は、「ヤッ（攻撃）」、「トウ（防御）」、「エイ（残心）」であることから、
流儀を俗に「ヤットウエイ」というそうである。
平成10年８月14日、１日に４便ほどしかない定期船に乗って大島に
着くと、情報を収集するべく村役場に隣接する資料館を訪問した。
流儀のことを質問すると、去年まで現役で演技をされていたという
留守役の方が丁寧に応対して下さった。そして簡単な説明の後で
その方の御厚意により、祭礼の一団がいる島の高台まで案内して
頂いた。
流儀は盆の期間中、須古踊（室町期の音曲の特徴を残す中世の
芸能）に同行して、民家や墓前等で披露される。
その場所では子供達の演技（花杖）が行われていたが、剣、棒、鎌等を用いた攻防が中心で、他に残心の際、
立った相手の腕を交差して固める等、古流の特徴がよく表現されていた。
翌15日午後、多数の地元の方々が注視する中、役場前の広場で島内の郷土芸能が一斉公開され、
流儀は的山、前平（川畑）、大根坂の３地区から出場し、
棒対棒、棒対剣等、様々な攻防の中で各地区独特の
技法が披露された。
前平流儀では、棒対剣の攻防の後に棒を奪って
真向面に斬撃を浴びせると、出端を捕えて当身を入れ
敵を転倒させる。
これに対して受身をとって逃れると、剣を捨てて勝負を
挑むが、四つに組んだ刹那、鮮やかな巴投げを放たれ
てしまう。
敵は側方地転で脱出を図るが、これを逃さず組んだまま同転して追尾すると、「捕った！」と発して素早く
背後に回り、懐から捕縄を取り出すと、先端を前方へ投げ放ち、手元の部分から手際良く敵を捕縛していった。
そして最後に引き起こした敵の背に足を掛けて、甲高い気合を発して気勢を上げた。
専門の方によると、伝書では多々ある捕縄法も実際に演技されるのは
一種だけとのことで、手順が複雑な上、解け難いことがあるらしく、毎年は
演技しないとのことであったが、本日は、『遠方から捕縄を見に来た人がいる
ため』に、急遽前日に稽古して披露した下さったとのことで、保存会の皆様
には心から感謝したい。
この後は大根坂流儀が行われた。ある演目では、棒対剣の攻防の後に
互いに武器を捨てて四つに組むと、鋭い腰投げを放って地面に倒し、敵の
片腕を掴む。
そして逆関節を利用して伏せ返すと、背中へ直角に
繰り込むや当身を入れ、捕縄の前段階であろうか、
前屈立ちで敵を固めるという演技が印象的であった。
若者の減少の著しい地区では、後継者の育成で
苦労されているところもあるそうである。
しかし、島の方々の理解と協力があるならば、
この貴重な古武術は、様々な困難を乗り越えて
必ずや次代へと相伝されて行くであろう。
（参考文献）
・大島の郷土芸能 編集発行 大島村教育委員会
・長崎県文化財報告書第120集
長崎県の民俗芸能 －長崎県民俗芸能緊急調査報告書－ 発行者 長崎県教育委員会
・＜長崎県文化財調査報告書34集＞
長崎県の民俗芸能・民謡（１） 昭和52年３月 編集 長崎県教育委員会文化課
発行 長崎県教育委員会
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