第21話 原馬室の棒術

埼玉県鴻巣市                                                  


 地方人の立場では、東京の近郊の大半は著しく宅地化していると安易に想像してしまうが、ここ埼玉県鴻巣市
の南西部に位置する原馬室の地は、今も農村の風情が残る閑静な所である。

  平成8年8月18日の夕刻、当地に鎮座する愛宕神社
 と観音堂の境内で、県指定の無形民俗文化財である
 獅子舞と棒術の演技が奉納され、地元の方々を中心に、
 詰め掛けた多数の観衆に披露された。


  古くから獅子舞の盛んな埼玉県では、200以上の土地
 で現在も伝承されている。棒術もこれに付随して県下で
 広く行われ、その範囲は北葛飾郡鷲宮町方面から
 北足立郡の西半分、北埼玉・大里・比企各郡の一円、
 更に入間郡の山麓を通って南は東京都下にまで及んで
 いる。





行列を整えた祭礼の一団は、風雅な旋律の笛の音が響く中、
静々と舞庭に練り込んで来た。また、出で立ちも風雅で、
全員が浴衣を着用し草履を履いている。袴を着用している
のは、棒の演技者の一部のみである。


やがて全員が所定の位置に着いたところで、『親方』
(棒方の中心人物)による「四方固」の演技が開始された。
(四方固は柔道や抜刀術の技の名にもあるが、この語は
邪を祓い場を清める所作を意味し、地固、地割などの類似の語
がある。)


 掛声を発して太刀を抜刀した親方は、一般の居合道の
「四方斬」のような演技を行った。洗練された現代の居合道
とは違った、非常に素朴な印象を与える芸風である。
納刀は逆手納刀で、その前に2回柄打ちを行う所作は、
血振りであろうか。

 さて、四方固の終了後、相撲の行司のような口上で演目と演技者名が呼び出されると、使用する武具が、他の
控えの者によって演技場所の中央に交差して置かれる。そして清めの塩が撒かれるといよいよ演技の開始となる。
なお、当地の棒の演目は以下のとおりとなっている。

 一打  三打  五打  七打  棒車  刀折  端切抜  巻青眼四人  勢眼  闇心棒合上段  廻車

 小手揚二ツ飛  巻青眼  不見引込棒四人  鍔押  兜割掻廻  闇心太刀  真太刀胸取  不見引込棒

 小手揚  足懸  兜割  捻捕  兜割睾的  心棒掻廻  心太刀  不見引込棒堅棒  心太刀襟捕 堅棒

 小心太刀  抜附  抜附仕合  虎走仕合  虎走

 「一打」から「七打」(一箇~七箇ともいう)までは木太刀を用いた組太刀で、当日は大人も代役で登場していたが
、元来は子供の演目である。次ぎの「棒車」は木太刀対棒の攻防を演ずる。掛声は演技中の者だけではなく、他の
控えの者もこれを発していた。

 この他にも棒対棒、二刀流だが先ず木太刀で戦い、
 これを落されてからさらに抜刀する演技、そして上段
 から太刀で打ち掛かる瞬間、懐へ飛び込んで相手を
 制したり、


 同様に素手で敵の棒を奪う柔術的演技など、
 何れも素朴な芸風であるが、小学生ぐらいの少年から
 鋭い棒捌きの壮年まで、幅広い年代によって様々な
 形が披露された。


  また、暗夜の中で双方が自分の武器を探す所作から
 開始される演技や、月明かりを白刃に反射させて互いの
 位置を確認する所作を演じたりと、夜間を想定した内容
 の演技を行うのも特徴である。

最後に披露される「抜附」から「虎走」までの四本の抜刀術の形の中には、居合抜き(昔の大道芸)の名残で
あろうか、抜刀した太刀を空中へ投げ、落下してきたところで柄を掴んだり、まるで相撲の弓取り式のように、
鎬の部分を手で持つとクルクルと回転させながら背中を通したりと、曲芸色が強く、闘争の技術とは関係が
ないが、非常に難易度の高い演技が行われた。


 (類似の演技は、滋賀のケンケト、丹後の太刀振
  でも行われる。)


 棒術の演技が全て終了すると、天正2年(1574)に
当地を訪れた田楽師によって伝授されたという獅子舞
が披露されて祭礼は幕となった。棒術についての由来
は、古文書等の散逸の為に、その詳細は不明である。


しかし大切なのは、このように古い芸態の古武術が
様々な困難と対峙しながらも、地域の方々の理解と
協力を得て行われていることにある。

 (参考文献)

・埼玉県民俗芸能調査報告書第四集 原馬室の獅子舞・棒術    発行  埼玉県立民俗文化センター

・新編埼玉県史 別編2 民俗2                   編集発行  埼玉県

・埼玉県民俗芸能誌                          著者 倉林正次   発行所 錦正社

・東京都民俗藝能誌 上巻                      著者 本田安次   発行所 錦正社

・日本民俗芸能事典        監修 文化庁  編集 日本ナショナル・トラスト   発行所 第一法規出版㈱



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