第20話 窪の棒術

大分県大野郡大野町                                              


 大分県大分市から竹田市に向かう途中に位置する大野郡大野町、役場や商店が軒を連ねる町の中心部から
南西の方向に大字大原という地がある。

  この地の東の小高い丘には、足下から名水の湧出
 する落水の磨崖仏があり、岩壁に刻まれたお不動さん
 の視線先に鎮座する八坂神社の祭礼が平成8年4月
 20日に行われた。


  午前中、家々を巡って演舞を披露する獅子舞の一団
 の姿が見られ、辺りにお囃子の音が木霊する。長閑な
 春の風景である。


  雑草などが奇麗に刈り取られ、手入れの行き届いた
 参道を上って行くと、既に境内には地区の方々が集ま
 っていた。



正午近くになると、演舞を終えた獅子舞の方々もやって来たので、神事の時刻まで少々早いが、酒や煮染等の
馳走が振舞われ昼食となる。皆本当に良い人達ばかりで、和やかな宴の時である。


午後1時頃になると殿上で神事が行われ、次いで住吉
の神楽(深山流)、窪の棒術(竹内流)、大鳥・小原の
獅子舞(御嶽流)の順に神前で演技が奉られた。


 竹内流は天文元年、美作国垪和庄一ノ瀬城主、
竹内中務大輔久盛によって開流された総合武術で、
その沿革は多くの文献等でよく知られたところである。


当地の竹内流は、江戸末期。臼杵藩が川登地区
(野津町)に設置した鉄砲組において習練されていた
ものが廃藩置県後に民間に流出、向野地区(三重町)
を経て窪に至り、地区の年中行事として定着し、現在
に至っている。



  当地の竹内流は、師範家として分離後、数百年を
 経過しているため、現在岡山県を中心に行われている
 ものとは、演技の名称、内容、掛声など様々な点で
 相違が見られる。


 唯一、一目して同流と分かることは、神前礼の際、三指
 を地に立てることであろう。演目は、場を祓い清める
 所作である「社水」を含めて以下のとおりである。


 演技は抜粋して行われ、現在ではあまり披露する機会
 のないものもあるという。



 社水  起  道引  水車  神力  裾払  肩払  鎌の手  蜘の手  

 捩足  鶴の羽返   引返  柴引  四方打  八人立  納

 祭礼はこの後、神社の南方の御仮場に場所を移して行われ、多くの地区の方々が見守る中、各種の芸能が
披露された。棒の演技は、踏み足や飛び足を多用しながら、短い拍子で次々に棒を振り出していく。


相対した演技者は、同じ動作を基本としながらも、
面打ちを上段で水平受したり、あるいは背中合わせ
になって互いに投げを打ち合うなど柔術的要素も
少々見られた。


形ごとに演技を終了する際は、右小脇構に戻るのも
特徴である。


 獅子舞には子供達の姿もあったが、窪には子供
が少ないのかその姿は見られなかった。地区の行事
であるから、自治体などもその伝承について具体的
には考えていないだろうが、


当地の竹内流は、地区の方々の理解と協力を得て行われてきたという点に、その価値を有するので
もっと地元の子供達にも広く親しんでもらえないだろうか。


 (参考文献)

・大分県文化財調査報告書 第八十六輯

 大分県の民俗芸能  -大分県民俗芸能緊急調査報告書-   編集  大分県教育庁管理部文化課

                                         発行  大分県教育委員会
                   
・大分県史 民俗篇     編集  大分県総務部総務課   発行 大分県

※ 写真は前年夏のものを使用しています。



                              もどる

 

Yahoo!繧ク繧ェ繧キ繝�ぅ繝シ繧コ
Yahoo!繧ク繧ェ繧キ繝�ぅ繝シ繧コ