およそ130ほどの古刹が点在する福井県小浜市は文化の薫り高く閑静な土地である。街の中心部の北側
の漁師町である西津は、独特の地蔵盆の行事で全国的に名高いが、当地に伝承されている素晴らしい伝
統芸能を知る人は少ない。
平成7年5月3，4日の両日、当地に鎮座する宗像神社の大祭が執行された。およそ7年毎に
行われるというこの祭のために、各地区から
繰出した、「お囃子」、「棒振」、「太刀」等の
様々な芸能の一団が町の縦横を巡って演技を
披露、町は熱気に溢れていた。
この祭で披露された「棒振」は、宗教性と武術性
を兼ね備え、「王の舞」と同じく若狭を代表する
伝統芸能であるが、それ以上に武術色の強い
「太刀」は、当地方では「太刀振」とも呼ばれ、
日本海側の京都府北部から当地方まで広く分布
している。
西津の太刀についての起源由来等は、地元の方々の話でも非常に古いというだけでその詳細は不明で
ある。余談だが後年、県立若狭歴史民俗資料館を訪問する機会があり、西津の太刀について質問すると、
職員の方が丁寧に応対してくださった。
その時の話によれば、西津の太刀はその起源由来について、
文献はおろか口碑伝承も全くなく全てが謎で、個人的に調査
されている方もいるらしいがそういう話はまだ聞いたことがない
とのことであった。
ただ内容に関しては、県の指定に値するような確かなものなので、
将来この件に関する資料が発見される可能性も否定はできない。
というような話を頂戴した。
また普通は、棒振の伝承地には太刀振はなく、太刀振の伝承地
には棒振はないそうである。西津の太刀は、有名な高浜町のもの
と比較すると、非常に手捌きが速いが、その理由のひとつとして
演技の内容に類似点が多い、棒振の影響もあるだろうとの説明
であった。
訪問当時を回想すると、以上のような話があったと記憶しているが、素晴らしい伝統芸能の宝庫でもある
若狭らしい話である。次にその演目を紹介する。
太刀 二人棒 鎌と刀 槍と傘 三人棒 団七 五人棒
長刀の先 ヤン切 鎌と長刀 折櫂 新団 五人櫂
この日、太刀の一団は、「御祭禮」の額が掲げられた「太刀丸」という舟形の芸屋台を引きながら、
民家の門前等で演技を披露、路上に敷かれた莚
が舞台となる。
漁師町の土地柄か演技者は皆、堂々たる体躯
で迫力があり手捌きも巧みで、この種の芸能では
非常に高水準という印象がした。
演目も、二人、三人、五人組など様々で、使用する
武具も、太刀（二刀流も含む）、棒、薙刀、鎖鎌、槍、
傘、櫂等、種類が多い。
ある演目では、対峙した両者が前屈立ちで構えると、風車のように回転させつつ、右に左に下段を狙って
繰出される薙刀を、鎖鎌を用いて防戦、相手の刃をヒラリと跳躍で躱す等、動きも多彩で華麗である。
そして薙刀を落とした後、素早く抜刀して打ち掛かる
相手に対し、鎖鎌で数合して防戦すると、唸りを上げ
て分銅を回し始め、鎌を打ち込んで反撃、一旦間合
を取って分銅を回し続ける。
すると相手は剣道の常道に反してグルグルと
剣先を回してこれに呼応すると、最後に放たれた
分銅を上段で水平受をするといった演技を披露した。
また、櫂を用いて攻防を行った後、交差した櫂の
上に直立した一人の演技者を頭上まで高々と持ち
上げる「五人櫂」という演目は、御旅所や神社の境内等で披露される難易度の高い演技、そして他の
印象深い演技は、櫂と太刀を用いた攻防の最中、上段で水平受した櫂が、太刀の一撃で折られた後、
これを用いて二刀流で応戦する演目であった。演技に使用する櫂は、最初から折れて外れるように
細工が施してある。
