第9話 安良の棒の手

愛知県江南市                                                     

 名鉄線沿線の閑静な住宅地の一部に位置する愛知県江南市安良、当地に鎮座している八王子社では、
私が訪問した平成6年10月16日に、県指定の無形民俗文化財である「棒の手」の演技奉納が行われ、地元
の方々を中心に多数の観衆が詰め掛けた。


  安良の棒の手は、その名を真影流といい、源義経を
 遠祖に仰ぐ総合武術である。伝説によると義経幼少の頃、
 鞍馬山中で武術の修行中、数百の猿が木切れを持って
 襲い掛かってきた。


  義経は慌てることなくこれに応じ、ただ1本の棒を手に
 して郡猿と渡り合い、その攻防のうちに自然と棒術の妙技
 を会得したという。


  当流の伝承では、この故事から「棒の手」の名称が
 生まれたとされている。


 尾張国に伝来した後、当流は梅村家(尾張国野田村)の家伝として、江戸中期頃から、口伝である血止メの法、
そして秘巻とともに相伝されてきたが、梅村八右衛門の代に至って安良村の3名の門人(梅村伝兵衛、栄助、平兵衛)
が文久元年(1861)に皆伝を受けたことにより当地にも伝来し、現在に至っている。なお、資料によると当地の真影流
の演目は次のとおりとなっている。

   眉間止     股 打     宙 返    腰 乗    看 板    きんける   分銅引 
 
   首 刺      首すり     穂 巻   そばつぼ   眉間斬    試 合
 
 当日午後、「真影流」と大書した幟を先頭に、飾り馬を奉じた祭礼の一団
が、威風堂々と境内に練り込んで来た。演技奉納に先立ち、数年間の練習
を終了したという子供達への表彰が行われた。保存会としても次代を担う
子供達への期待が大きいのだろう。


 暫くして演技奉納が開始された。剣、槍、棒、鎖鎌、薙刀、そして袋竹刀
や十手などを用いた攻防が披露される。先陣を務めたのは剣対槍の演技
で、対峙した両者が進み出ると、剣を手にした演技者に対して、槍を扱いて
討ちかかる。まるで明日という日がないかのような凄まじい連続突きには
驚かされた。













  これに対し、低い突きには左右から斬り払って受け、高い
 突きには、まるで左右の肩を覆うかのように、クルリと刀を


回転して切り返し、左右ともに斜めに受け流す。加えてボクシングで用いるダッキングのように身を低く伏せて突きを
躱したりもする。これが演技の基本形のようで、非常に素朴で飾り気がなく、そして勇壮な演技ばかりであった。相手
が薙刀などの場合は脛斬りが加わるので、跳躍して躱す動作がこれに加わる。


 また、他の印象深い演技に、剣対槍の攻防の後、股間に槍を繰り出す
とそのまま豪快に掬い投げて止めを刺す『股打』、同様に薙刀対剣の攻防
の後、前屈立ちの相手の大腿部に足を掛けると、腰に登って剣で刺す
『腰乗』、流祖が本当に義経のように小柄であったのだろうか。


 そのうえ、袋竹刀や十手を用いた演技では柔術組討も披露された。
両者座して四つに組んだ時、相手が左手を捩じ外した刹那、自ら相手
の懐でコマのように右回転すると、ガラ空きの顔面に右掌底を当てる。
また、投げ技の後にうつ伏せの相手を固める時は、背中へ腕を直角に
繰り込む等、(当然だが)古流の特徴をよく表現していた。


 


  他にも子供達の演技や、攻防の最中に、滑稽な寸劇風
 の掛け合いのある演技も披露され、観衆を大いに沸かせ
 ていた。そして圧巻は、愛知県下で当地安良にしか伝承
 されていない荒技、『眉間斬』である。


  これは、薙刀対剣の攻防の後、薙刀の演技者の額に巻い
 た縄を、真剣で切断するという妙技で、この日も衆人注視の
 中、見事に切断に成功した。



 (参考文献)

・愛知の馬の塔と棒の手沿革誌       編集発行  愛知県棒の手保存連合会

・愛知県の歴史散歩 上,下         編者 愛知県高等学校郷土史研究会  発行所 ㈱山川出版社

・愛知県文化財調査報告書 第55集 愛知県の民俗芸能 

-昭和61~63年度 愛知県民俗芸能総合調査報告書-             発行  愛知県教育委員会



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