地域である。私は平成６年8月7日、県指定の無形民俗文化財として大野郡野津町西神野に伝承されている杖踊、
『荒川流』を拝見するために当地を訪問した。
杖踊が演技奉納されるという熊野神社は、野津町の中心地から相当離れた奥深い山里に鎮座している。
正午近くに現地に到着したが、神社には未だ人の気配
すらなく静寂に包まれていて、祭礼が中止になったので
はと、心配してしまうほどであった。
また、神社の裏山には穴権現と呼ばれる鍾乳洞があり、
古くから数多くの猪の牙や骨が奉納されていて、この地
方の猟師達から厚い信仰を受けている聖地だという。
資料によると当地に杖踊が伝来したのは安政6年
（1859）頃（推定）とされている。（隣接する東神野地区
にも杖踊は伝承されている）また、杖踊の起源に関して
は、野津町垣河内の坂井畑部落に相伝されている古文書、『神伝荒川流杖之事』によれば、以下のような記述が
あるという。
「神伝荒川流之儀者、愛宕大権現の一流なり、根元ハ佐伯領元田村
一ノ瀬氏授かりて、杖を遣ふに妙を得たり、此伝代 其家に伝ふ誠に
奇誠霊あり。一心をもって遣ふ時ハ人力の及ふ所にあらす。そのむかし、
一ノ瀬の宅 諸国武者修業のもの至りて試合を乞。則一心をもって是に
立合。修行は打負閉口して立去。
是神伝の験なる所なり。神の杖とて神前に向て一心に遣ふあり。
其外庭入・肩掛・五棒とて壱番・弐番・三番の遣様有之也。当村にて
川野与八・荒木藤左衛門・上野藤兵衛三人一ノ瀬弥次兵衛之宅に至り、
門人たらん事を乞。則許容あって門人の礼をなし、元禄十二年免許の
譲りを受て帰る。夫より相続なり・・・・。」
以下省略。大分県の民俗芸能（一）大分県文化財調査報告書第十四輯より引用
神社に程近い当地の集落では、午後２次頃、
「モトミヤ」と称される神職役の民家へと地元の方々を
中心に多数の観衆が詰め掛けてきた。
屋内での神事の後、庭内で杖踊が披露された。演技に
使用する杖は約６尺の長さで、両端を紙の房を付けた
形状の物である。また資料によると現在、当地の演目と
しては、以下のような記載があった。
オコシ ミツメ ゴホウ ゴリン タタカイ カタカケ ニワイリ
相対した両者は同じ動作を基本としながら、あまり動作を区切らずに
軽快に棒を振り出して互いに打ち合せている。確かに名前こそ杖踊だが
武術として全く遜色はないだろう。武術として必要な操法は操法はその動き
の中に組み込まれている。
印象的であった所作としては、小脇構から棒を振り回して下方から
相手を狙う操法や、（他の古い棒術でもよく見られるが）地面に対して
垂直に棒を立てると、それに「身を隠す」かのように半身に構える点など
があった。
が、それ以上に驚いたのが、毛の被り物（ガッソウ）を着用している
演技者達の扮装であった。
この後、祭礼の一団は熊野神社へと巡行し、多数の地元の方々が
見守る中、境内で風流・神楽とともに再び杖踊も奉納され、山里の祭礼
はその幕を閉じた。
（追記）
資料によると荒川流に関しては古文書等の文献が、数多く残されているようである。南海部郡弥生町元田の
荒川家（同家は明治８年に改姓するまでは、市野瀬を称していた）所蔵の古文書として「荒川流杖術口決相伝覚」、
「飛尾山愛宕大権現毎歳七月廿四日祭礼式棒伝授目録」等の文献名が記されている。
（参考文献）
・大分県文化財調査報告書 第八十六輯
大分県の民俗芸能 －大分県民俗芸能緊急調査報告書－ 発行 大分県教育委員会
・大分県の民俗芸能（一） 大分県文化財調査報告書第十四輯 発行 大分県教育委員会
・大分県史 民俗編 発行 大分県
・大分祭事記 著者 松岡 実 製作発行 ㈱アドバンス大分
・日本民俗芸能事典 監修 文化庁 編集 日本ナショナル・トラスト 発行所 第一法規出版㈱
・民俗芸能辞典 編者 仲井 幸二郎 西角井 正大 三隅 治雄 発行 ㈱東京堂出版
・わたしのアルバム 伝統芸能の系譜 付依代考 著者 本田 安次 発行 錦正社
・「大分県の民俗芸能」 山路 興造 （「青年」 昭和47年11月号 編集 発行所 (財)日本青年館）
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