地区に鎮座している新井崎神社は、仙薬を求めて渡来したという始皇帝の家臣、徐福を祭神としている。
当地を訪問した平成６年４月１５日、春季例祭の行われる神社を目指して歩くと丘の上から新井地区
が遠望できた。
蒼々と美しい若狭湾を背景とし、河岸段丘の発達
した岬の一帯には、「千枚田」と称する水田が広がり、
朝日を浴びて目に映るもの全てがキラキラと輝いて
いる。誠に心を洗われる風景である。
当日、花踊とともに奉納される「太刀振」は、日本海側の京都府北部
から福井県の一部まで広く分布していて、この地方を代表する貴重な
芸能である。
その芸風は「大太刀型」と称して、籠神社の氏子圏を中心に伝承される
一人舞のものと、舞鶴市域に集中して伝承され、相対した二人で攻防を
行う「組太刀型（振物）」に大別されるが、新井の太刀振は両者の芸風を
併せ持つ折衷型であり、京都府からも無形民俗文化財として登録を受け
ている。
神社に到着後、地元の方々、そして地元のTV番組で
放送するため取材に来た方々に混じって、神事の様子
を拝見させて頂いた。祭礼の一団はその終了後、「エン
ヤー」の掛声も勇ましく、山手の荒神前へ出発したので
私もこれに同行した。
紺碧の新井の海を背景に荒神へと続く小道を、祭礼
の一団は各々得物を操りながら一人舞を披露して境内
へと練り込んで行く（ナワテ振）、まるで絵画のように美しく幻想的な光景である。
そして『シンポチ（進行・道化役）』が神前で朗々と口上を述べた。
「東西東西！南北マイリ静リ候、今日ハ祭礼吉日、日モヨキ候、荒神様に差シ上ゲ候、～！」
威勢の良い口上の終了を合図に笛が奏でられ大太鼓が打ち鳴らされる。そして子供達による「棒振」から順に
境内で演技が奉納された。なお、当地の太刀振の演目は次のとおりとなっている。
棒 振 小学一年生程度の少年が、両端に色紙の房飾りをつけた1ｍ程の棒を打ち合せる。
小太刀 中学生程度の少年が脇差を用いて斬り組みを演技する。
大太刀 小学校高学年から中学生程度の少年が太刀を用いて一斉に揃い振りを演技する。
長 刀 青年男子が長刀を用いて斬り組みを演技する。
居 合 何故か『抜刀術』ではない。青年男子が脇差を用いて激しく斬り組みを演技する。
葵太刀 青年会を退く年代の最年長の青年が、太刀の揃い振りと斬り組みを演技する。
ただし、棒振と脇差を扱う演目以外で使用する武具は、棒の先端に刀を装着しシデ（紙の房）を両端に飾った
同じ形状の物を使用する。
演技者は相撲の弓取り式のように自在に太刀を操る。クルクルと回転させながら背中を通したかと思え
ば、片手あるいは両手で太刀を掴むと、まるで縄跳び
をするかのように、連続跳躍して前後に体を抜く技を
行う。非常に難易度の高い演技である。
「大太刀型」の太刀振に関しては、類似の芸能が全国
に多々あるけれども、この芸態は滋賀県で行われる
「長刀振り」との共通点が多いことも指摘しておきたい。
当地は前述のとおり「組太刀型」の太刀振も伝承
している。大きく足を踏み鳴らしつつ互いに斬り結ぶ
が、演技には太鼓や笛によるお囃子が伴うために、
純粋な武道を想像している方には、舞踊のような印象を与えてしまうかもしれない。
しかし相手の斬撃を受ける際には、クルリと脇差を
回転させて切り返すと、斜めに流し受けしたり、脇差の
峰に左手を添えると相手の懐を目掛けて飛び込んだり
と、武術性があり殺傷力のある所作が演技の中に組み
込まれていた。確かに単なる舞踊とは違うものかもしれ
ない。
こうして、この日は荒神、新井崎神社、愛宕、恵比須
など、地区中の神々の前で花踊と太刀振が奉納され、
黄昏が迫る頃まで、威勢の良い太鼓と和やかな笛の
旋律がいつまでも辺りに木霊していた。
（参考文献）
・京都府大事典 府域編 監修 上田正昭 吉田光邦 発行所 ㈱淡交社
・京都の文化財（第十二集） 平成７年３月発行 編集発行 京都府教育委員会
・京都の民俗芸能 昭和50年3月31日発行 編集発行者 京都府教育委員会
・「丹後の花踊」調査報告書 編集発行 京都府教育委員会
・日本の祭り事典 編者 田中義広 発行所 ㈱淡交社
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