9 電磁的記録不正作出・供用罪(161条の2)(昭62追加)
(1) 私電磁的記録不正作出罪(1項)
(電磁的記録不正作出及び供用) 161条の2第1項 人の事務処理を誤らせる目的で, その事務処理の用に供する権利,義務又は事実証明に関する電磁的記録を不正に作った者 → 5年以下の懲役又は50万円以下の罰金 |
「私電磁的記録不正作出罪」は,人の事務処理を誤らせる目的で,その事務処理の用に供する権利・義務・事実証明に関する電磁的記録を不正に作るという罪です。
ア 客 体
本罪の客体は,「人の事務処理の用に供する権利・義務・事実証明に関する電磁的記録」です。
電磁的記録
「電磁的記録」とは,人の知覚では認識できない方式(電子・磁気など)で作られる記録で,電子計算機による情報処理に使われるものをいいます(7条の2)。
人の事務処理の用に供する
「人」とは,自己以外の者(自然人・法人・法人格のない団体)をいいます。
「事務」とは,財産上・身分上その他,人の生活に影響を及ぼしうると認められる一切の仕事をいいます。
「用に供する」とは,当該事務処理のために使用するという意味です。
権利・義務・事実証明に関する
「権利・義務・事実証明に関する」とは,私文書偽造罪(159条)の場合と同じ意味です。
「権利・義務」に関する電磁的記録としては,「銀行の元帳ファイル」などがこれにあたります。
「事実証明」に関する電磁的記録としては,「パソコン通信のホストコンピュータ内の顧客データベースファイル」(京都地判平9・5・9)などが,これにあたります。「勝馬投票券(馬券)」についても,同様に考えられます(甲府地判平元・3・31,山口・鶴田)(反対;大谷(「権利・義務」に関する電磁的記録))。
※ なお,「キャッシュカード大のプラスチック板にビデオテープをはり付け,その磁気ストライプ部分に銀行番号等の印磁をした」という事案につき,本罪が成立するとしたとした下級審判例(東京地判平元・2・22)がありますが,これは現在では後述の「支払用カード電磁的記録不正作出等」(163条の2,平成13年追加)にあたると考えられます(斎藤参照)。
イ 行 為
本罪の行為は,上記の電磁的記録を「不正に作」ること(不正作出)です。
(ア) 不 正
「不正」の意味については,争いがあります。
(A)無権限の場合に限るとする見解(団藤・大谷・曽根・山中)
第1は,権限なしに(権限を逸脱して),電磁的記録を作り出すことをいうとする見解です。
①まったく権限のない者がコンピュータにデータを入力する場合や,②コンピュータ設置・運営主体によって電磁的記録作出の権限を与えられている管理事務補助者が,その権限を逸脱して記録を作る場合が,これにあたります。
この見解によると,たとえば,商店主が,脱税の目的で,自己の磁気ファイルの取引上の帳簿に虚偽の記録を作成することは,(電磁的記録を作出する権限はあるので)本罪にあたらないことになります。
(B)権限濫用の場合も含むとする見解(大塚・川端・中森・前田・山口・佐久間)
第2は,権限なしに,または,権限を濫用して,電磁的記録を作り出すことをいうとする見解です。
この見解によれば,権限のない者(権限を逸脱する者)が勝手にデータを入力する場合のみならず,入力を担当する者が権限を濫用して内容虚偽のデータを入力する場合も処罰されうることになります。
※ もっとも,B説の論者も,前掲の「商店主が,脱税の目的で,自己の磁気ファイルの取引上の帳簿に虚偽の記録を作成する」という例については,「作出権者自身の意図による行為である」などとして,不正作出にあたらないとすることが多いようです(大塚,なお山口)。ただし,同説内には,それを「疑問」とする有力な指摘もあります(中森)。
問題の所在
「文書」の場合,これまでみてきたように,作成権限のない者による「偽造」(無権限)と,作成権限のある者による「虚偽作成」(権限濫用)が区別されて規定されています。そして,「公文書」については「偽造」と「虚偽作成」の両方が処罰されますが,「私文書」については(診断書等は例外として)「偽造」のみが処罰されることになっています。
これに対して,本条の「不正作出」は,「私電磁的記録」の場合(1項)だけでなく,次項にみるように「公電磁的記録」の場合(2項)にも共通する概念です。そうすると,これに,権限濫用の場合を含むとすると,(私文書であれば不可罰なのに)私電磁的記録の「虚偽作成」に相当するものまで処罰されることとなり,他方で,無権限の場合にかぎるとすると,(公文書であれば処罰されるのに)公電磁的記録の「虚偽作成」に相当するものも不可罰となってしまいます。
※ そのため,私電磁的記録(1項)の「不正作出」は無権限にかぎるが,公電磁的記録(2項)の「不正作出」は権限濫用も含むとする見解も主張されますが(井田),これに対しては,「概念上の混乱を招く」ものという批判がなされています(山中,なお山口)。
そこで,1項と2項の解釈の整合性の観点から,A説は,作成権者が内容虚偽の電磁的記録を作出すること(権限濫用)まで処罰するとすれば,処罰範囲が文書の場合よりも不当に拡大されてしまうと考えて,公電磁的記録の虚偽作成に相当する場合も不可罰にするという選択をしているわけです。
他方,B説は,公電磁的記録の保護を公文書よりも低くすることはおかしいと考えて,むしろ私電磁的記録の場合には私文書よりも保護を厚くしたとみて,作成権者による内容虚偽の記録作出(権限濫用)も処罰するという選択をすることになります(山中参照)。
(イ) 作 出
意 義
「作」るとは,記録の媒体に電磁的記録を新たに生じさせることをいいます。
既存の記録を改変・抹消することによって,新たな記録を生じさせる場合を含みます。
記録を消去したにすぎないときは,作出にはあたりません(電磁的記録毀棄罪(259条)が問題となります)。
具体例
たとえば,①はずれ馬券の磁気ストライプ部分に的中馬券のデータを印磁する行為(前掲甲府地判平元・3・31),②パソコン通信のホストコンピュータ内の顧客データベースファイルを改ざんする行為(前掲京都地判平9・5・9)なとが,不正作出にあたります。
ウ 人の事務処理を誤らせる目的
本罪は,故意(人の事務処理の用に供する権利・義務・事実証明に関する電磁的記録を不正に作ることの認識)のほかに,「人の事務処理を誤らせる目的」が必要となります(目的犯)。
「人の事務処理を誤らせる目的」とは,当該電磁的記録にもとづいて行われる他人の正常な事務処理を害し,その本来意図していたものとは異なったものにする目的をいいます。
それゆえ,単に他人の電磁的記録のデータを勝手にコピーするだけや,既存の電磁的記録と同一内容のデータを入力して新しい電磁的記録を作出しても,それだけでは本罪にあたりません。
(2) 公電磁的記録不正作出罪(2項)
2項 前項の罪(電磁的記録不正作出罪)が公務所又は公務員により作られるべき電磁的記録に係るとき → 10年以下の懲役又は100万円以下の罰金 |
本罪の客体は,「公務所・公務員により作られるべき電磁的記録」(公電磁的記録)です。
公務所・公務員の職務を遂行するために作出が予定されている電磁的記録を意味します。
たとえば,住民基本台帳ファイル,自動車登録ファイルなどが,これにあたります。
公電磁的記録は,社会的信用がより厚く,その証明力もより高いから,私電磁的記録不正作出罪(1項)に比して,重く処罰されるわけです。
(3) 不正作出電磁的記録供用罪・同未遂罪
ア 不正作出電磁的記録供用罪(3項)
3項 不正に作られた権利,義務又は事実証明に関する電磁的記録を,第1項の目的で,人の事務処理の用に供した者 → その電磁的記録を不正に作った者と同一の刑 (私電磁的記録:5年以下の懲役又は50万円以下の罰金 公電磁的記録:10年以下の懲役又は100万円以下の罰金) |
客 体
本罪の客体は,「不正に作られた権利・義務・事実証明に関する電磁的記録」です。
客体が,私電磁的記録の場合を「不正作出私電磁的記録供用罪」,公電磁的記録の場合を「不正公電磁的記録供用罪」といいます。
供用の行為者がみずから作出したものでなくてもかまいません。
「人の事務処理を誤らせる目的」をもって作出されたものでなくてもかまいません(つまり,必ずしも不正作出罪が成立することは要しないわけです)。
行 為
電磁的記録を「人の事務処理の用に供」すること(供用)です。
供用とは,電磁的記録を,他人の事務処理のため,これに使用される電子計算機において用いうる状態におくことをいいます。
※ 文書の「行使」に相当する語ですが,行使は一般に人を対象とする場合に用いるので,電子計算機に使用されて人の事務処理に用いられるものであることを明らかにするため,「供用」とされたものです。
目 的
本罪も,故意(不正に作られた権利・義務・事実証明に関する電磁的記録を人の事務処理の用に供することの認識)のほかに,「人の事務処理を誤らせる目的」が要件となっています(目的犯)。
このような目的が必要であるとされる理由は,不正に作られた電磁的記録でも,内容が真正であれば証明機能を害するおそれがない場合がありうるので,そのような場合を不可罰とする点にあります。
イ 未遂罪(4項)
4項 前項の罪の未遂 → 罰する |
「供用」罪については,偽造文書行使罪など同様に,未遂も罰せられます。
たとえば,磁気ストライプ部分を不正に作出した馬券を自動払戻機に差し込もうとしたが,挙動不審を怪しまれて差し込めなかった場合(差し込んだが読取りが可能になる前に検挙された場合)などが,これにあたります。
※ 罪数・他罪との関係
電磁的記録不正「作出罪」と,不正作出電磁的記録「供用罪」とは,牽連犯の関係となります。供用による窃盗罪なども,牽連犯になるものと解されます(結局,全体が科刑上一罪として処罰されることになります)。