オーバーロード ~経済戦争ルート~   作:日ノ川
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アインズ様とジルクニフの苦悩の話
相変わらずジルクニフは色々考えるので話が長くなります


第88話 一つの決着

(何故だ。何故こうなった?)

 ジルクニフの許可を取りに行くニンブルを見送りながら、アインズは何度となく襲いくる精神抑圧の波に飲まれていた。

 

「あれがどういう言い訳をするのか。楽しみですね、アインズ様」

 

「そ、そうだな。うむ、ジルクニフもなにを考えているのやら……」

 

「はい。アインズ様があれほどご慈悲を掛けられたというのに、愚かな男です」

 

(だから。俺の掛けた慈悲って何だ! そこを教えてくれよ! ──あ、また)

 パニックになりそうになる度、精神抑圧によって強制的に落ち着かされる。

 これのおかげで自分のような一般人でも、支配者の真似事ができているのは理解しているが、今だけはそれが恨めしい。

 いっそ感情のままに全てを話してしまえたら、どんなに楽だろう。だがそれはできない。

 それだけはしてはならないのだ。

 ナザリックの、アインズ・ウール・ゴウンの名を守るために、そしてこんな自分を信じて付いてきてくれているNPCたちのためにも。

 しかし──

 

(落ち着いて整理しよう)

 ニンブルが戻るまでの間、必死になって頭を回転させる。

 ここで何故だ何故だと自問自答するよりはよほど意義があるだろう。

 強制的に落ち着かされた精神がアインズにそう提案する。

 カルカを伴いランポッサと会ったことで、アインズの読み通り、ランポッサは突っ込んだ話が出来ず、共にいたトーケルからビョルケンヘイム領に店を開いてくれたことと、そのお陰で危険なモンスターから領地を守れたことに関する礼を聞かされた後は、ランポッサが何か言う前にカルカが口を開き、聖王国の復興に際してラナー発案の下、王国から送られた支援に対して感謝の意を表明したことで、二人の会話が中心となった。

 内心はどうあれ、ランポッサはカルカの礼に対し隣国同士助け合うのは当然と、器の大きなところを見せつけ、見返りを求めるようなことはしなかった。

 そんな時にアルベドから入った伝言(メッセージ)が、全ての始まりだった。

 

 

『アインズ様。クアイエッセの配置と、奴に呼び出させた法国の者との会話の録画が完了いたしました。後はアインズ様が皇帝にその愚かさの代償を支払わせるだけです』

 

「え?」

 

「ゴウン様? どうかされましたか?」

 

「い、いえ。お気になさらず」

 間抜けた声を上げたアインズを気遣うカルカに、そう返せたのは今考えても奇跡に他ならない。

 伝言(メッセージ)を使用する際は、思考でのやりとりではなくあくまで口に出さなくてはならず、自分のすぐ近くにカルカが居る現状でアルベドに問い返しては疑われる。

 一瞬、時間停止の魔法を使用することを思いついたが、あえてアインズが返答できないことを利用し、アルベドに一方的に話させることで状況を説明してくれることに一縷の望みを託した。

 

(頼むぞ。いや本当に! なにがなんだかさっぱりわからん。何故クアイエッセが?)

 初めアインズはこれが予定通りの流れなのではないかと考えた。

 つまりホストの練習にかまけ、いつも以上にナザリックでの内政の仕事、特に上がってくる報告書をろくに読まずに判を押したことで、今回のパーティーで元々予定されていた作戦を見逃したのではないか。という考えだ、しかしその考えもアルベドの次の言葉によって否定された。

 

『申し訳ございません、アインズ様からサインを出して頂くまで、そのお心をくみ取ることが出来ず、守護者を代表し、お詫び申し上げます』

 その言葉を聞いた瞬間、これはここで話をしながら解決できる内容ではないと理解し、アインズはすぐさま行動を起こした。

 

「んん。お二人とも、申し訳ございませんが、私は少々席を外させて頂きます」

 ソリュシャンへ合図を送る予定だったが、その時間すらもったいないと、アインズは顰蹙を買う覚悟で自ら口を開く。

 

「まあ。それは残念ですが、パーティーの主催者をいつまでも私たちがお引き留めしておく訳にも参りませんね」

 何か言いたげなランポッサとガゼフに先んじて、カルカがにこやかな笑顔と共にアインズを送り出してくれた。

 彼女からすれば、アインズとランポッサが懇意になることを避けたかったのだから、ここでアインズが離れてくれた方が都合がいいに違いない。

 しかしやはり、ランポッサ、そしてガゼフからすれば、ほとんど会話をせずに離れることでないがしろにされたと思っただろう。

 だが結果的にガゼフはシャルティアの事を持ち出す機会もなかった。少々反則的だが、これを持って合格としよう。

 貴族派閥が消えて腐敗がある程度払拭された後の王国に関しては、このままランポッサ、そしてラナーから推薦のあった次男であるザナックとかいう男に任せればいいだろう。

 もしここでシャルティアの事を口にしてガゼフがアインズの信頼を損なうようなことをすれば、近いうちにランポッサを殺し、ラナー或いはそのザナックに化けさせたドッペルゲンガーに支配させることも考えていたが、その必要はなさそうだ。

 それを以て今回の謝罪とすることを勝手に決めて、アインズはその場を離れると他の者から声をかけられる前にソリュシャンと合流した。

 

「この度はアインズ様のお心を察することができず、申し訳ございません」

 アルベドから既に話を聞いていたのか開口一番、ソリュシャンが謝罪する。

 

「いや、うむ……その件だがな」

 なんと切り出せばいいのか、予定ではこのまま二人でジルクニフに会いに行くことになっているが、アルベドの言いようではそれをする事で予定外──アインズにとっては──の事態が始まってしまうらしい。

 その前にアルベドと会って、状況を確認したいのだが、なんと言ってここを離れればいいのか、それが思いつかない。

 

(あー、何でこういつもいつも。俺の能力不足のせいか? いやしかし、あれほど報連相の大切さを説いているんだしさ。誰か一人くらい俺が分かって当然ってだけじゃなくて、確認の意味でちゃんと話してくれる奴がいてもいいのに……)

 思わず愚痴を言いたくなる気持ちすら抑圧される。

 そんなアインズの動揺を察したわけではないのだろうが、ソリュシャンは少し考えるような間を空けてから、アインズに耳打ちした。

 

「アインズ様。お預かりした音を遮断するアイテムを使用してもよろしいでしょうか?」

 

「む? 構わんが」

 今回のパーティーでは不測の事態が起こったことを想定し、この場に居るナザリックの者たちにはそれぞれ使い捨ての会話を遮断するアイテムや、時間停止対策を施してある。

 それを使用するということはここで何らかの内緒話をしたいと言うことであり、もしかしたらそれがアルベドの言っていた謎を解くカギになるかもしれない。

 

「ありがとうございます」

 周囲に膜が張られたような感覚が広がり、そのままソリュシャンは口元に笑みを浮かべたまま声を発する。

 元が不定系のショゴスであるソリュシャンならば、口を動かすことなく声を発することも容易い。そしてアインズも仮面をつけているため、音さえ遮断してしまえば、傍目からは無言で歩いているだけにしか見えないはずだ。

 

「では、時間がありませんので失礼いたします。本来このような確認をすることは己の無能さを示すようで申し訳ないのですが、これからの行動について確認させていただいてもよろしいでしょうか?」

 その言葉を聞いた瞬間、今までの疑問や驚き、愚痴をこぼしていた気持ちなどではない、純粋な喜びによって精神が支配される。思わず歓喜の叫びをあげそうになるが、直前でその気持ちが鎮圧され、事なきを得た。

 

「そうだな。ジルクニフの下に行くまでの間に、お前たちと私の間で認識の齟齬がないか確認しておくことも重要だ。私の言ったことを覚えていたようだな」

(ちゃんと俺の言ったことを理解して報連相を守ってくれるとは! 流石はソリュシャンだ)

 早期から人間に混ざって行動し、更には人間を下等生物として見下すだけではなく、アインズの意図をくみ取りその行動や感情を学び取って来たソリュシャンには今までも色々な面で助けられてきたが、今回もまた見事にアインズの望む答えを導き出してくれた。

 

「全てはアインズ様のご指導があってのことですが、そのお言葉を賜りましたこと、光栄に存じます」

 

(これが終わったら必ずや望みの褒美を渡そう)

 うむ。と偉そうに頷きながら内心で深く感謝しつつソリュシャンから話を聞く。

 それを纏めるとどうやら、こう言うことらしい。

 

 

 今回のパーティーは帝都での舞踏会で下がった──皆はわざとだと思っているようだが──アインズの名誉を回復することを主眼におかれており、そのため守護者各員や、プレアデス、一般メイドに至るまで下等生物と認識している人間をもてなすことを重視している。

 だからこそ、今回は例えナザリックの利益に繋がることだとしても、アインズの名誉に傷が付く可能性がある作戦はあえて外されていた。

 その内の一つが、現在最も重要と位置づけている法国への対処だ。

 未だ不確定要素がある法国に対しては、聖王国や王国、帝国などを焚き付けて戦争を仕掛けさせることで、それらの国を矢面に立たせ、ナザリック、もとい魔導王の宝石箱はそれを支援する形を取るのが最も安全で確実な方法だ。というところまでは既にデミウルゴスが考えた草案に示されていた。

 その上で、三国の王が集結したこの場は、法国へ宣戦布告をさせるに当たって非常に都合のよい舞台らしい。

 

 ようはこの場でどこかの国を焚き付けて法国に敵対を宣言させる。

 そこでアインズが協力の意志を示せば、今回魔導王の宝石箱の力を確認した他の国は勝ち馬に乗るべくその戦いに賛同し、結果周辺諸国による法国包囲網が完成する。

 これにより、法国はろくな準備もできないまま戦争に突入することになり、相手の虚を突き、ナザリックが表に出ることなく合法的に戦争を仕掛け法国を葬り去ることができる。

 一刻も早く法国に借りを返したいアインズにとっても良い話なのだが、それを実現させるためには各国に対し、法国が本当に敵であるという確固たる証拠を提示しなくてはならない。

 ヤルダバオトを従属神に仕立てあげたことや、王国の辺境にクアイエッセを派遣し、モンスターを使って村を襲わせたことはその布石なのだが、ヤルダバオトの言葉を直接聞いたのはネイアと蒼の薔薇だけであり、録音や録画などがあるわけでもないため証拠にはなり得ない。

 王国の村で暴れさせているクアイエッセも本人が法国の者だと名乗っているだけであり、こちらも法国を語っているだけと言われれてしまえばそれまでだ。

 つまり現状では、どこかの国が正式に戦争を仕掛けるだけの理由がない。

 だからこそ、守護者たちが考えたのは、この場に直接クアイエッセとモンスターを乱入させて、三王の命を狙わせること。

 その後、カルカやランポッサがヤルダバオトや王国の村の件を言及することで初めて、法国に宣戦布告を告げてもおかしくない状況を作り出せる。

 しかしこれには二つ問題点が存在する。

 

 一つは聖王国や王国と異なり、帝国が法国と戦争する理由としては弱いということだ。

 ヤルダバオトは帝国でも暴れたが、計算高く頭も回るジルクニフならばクアイエッセのことをタイミングが良すぎると見抜き、理由を付けて静観の姿勢を取る可能性がある。

 実際ジルクニフは既に法国の使者とこの会場で接触を試みているらしく、そうなると帝国は法国と手を結び、更には帝国を介して評議国とも繋がりかねない。

 法国と評議国は互いの主義としては敵対関係にあるそうだが、近年では法国側が人間という種族を守るために、落としどころを探っている節があるとクアイエッセから聞いている。

 だからこそ、両国の間にある帝国にその橋渡しを依頼する可能性は十分にある。

 未だ殆ど情報がなく、プレイヤーの残した数々のアイテムや装備を持った法国ですら恐れるという評議国のドラゴンを敵に回すのは現時点では避けたい。

 だからこそ、帝国も巻き込んで、三国が同時に法国と戦うことを決断させることが重要となる……らしい。

 そしてもう一つは、ここでその作戦を実行してしまったら、あれほどこの場の安全を保証すると告げたアインズの名誉が傷つく──結果的に撃退し誰にも傷を負わせなかったとしても──ことだ。

 それもあって、これが現時点では最上の作戦だと理解していたデミウルゴスやアルベドもそれを提案することなく、パーティーの成功を第一にした。

 

(それを俺が見抜いたと思ったわけか。何という深読み! いつものことだけど!)

 そう、アインズの知らないうちにジルクニフが失態──どうやらフールーダを使って、ソリュシャンの正体を調べようとしていたらしい──を犯したことで、帝国を脅し戦争に巻き込む方法が見つかり、それを知らせるためにアインズがソリュシャンと二人でジルクニフに会いに行くと告げて、暗に自分の名誉よりもナザリックの利益を優先すべきと言葉に出さずに示した。

 そのようにデミウルゴスとアルベドが勘違いしたようだ。

 先ほどアルベドが告げたクアイエッセと法国の者を会話を録音したものは、その時に証拠として使用させるということらしい。

 

(しかし、俺が掛けた慈悲とやらはよく分からなかったが、作戦内容に関してはソリュシャンが話してくれたから、これから採るべき行動が知れたのは大きい。これならなんとかなる、か? ジルクニフには悪いことをするが──いや待てよ)

 フールーダを使ってソリュシャンの正体を調べ、法国の人間と接触したジルクニフの行動に、ナザリックの者たちはアインズに対する裏切りとして怒りを抱いている。ソリュシャンから聞かされた今後の作戦内容も、その件でジルクニフを脅して宣戦布告を実行させるという手段だが、その件に関してアインズは少々懐疑的だ。

 ジルクニフはアインズを友と呼び、アンデッドの普及に一役買ってくれたり、聖王国での作戦前にも無償で有益な情報をくれた。

 実際はデミウルゴスが既に調べていたことだったが、国家にとって情報は命と言っても過言ではない。それを簡単に提示してくれたのは正しくジルクニフがアインズに対して示した友情の証ではないか。

 勿論単なる善意や友情だけでそうしたわけではなく、魔導王の宝石箱の実力にいち早く気付き、見返りを求めている可能性もあるが、それは皇帝として当然の行いなので別に問題はない。

 アインズにとってジルクニフはガゼフ同様、現地で数少ない友情関係を構築できるかも知れないと期待している存在でもある。とは言え今後もアインズを裏切り、憎き怨敵である法国と手を結ぼうとするのであれば見逃すつもりはないが、ようは先のガゼフと同じだ。いきなり脅すのではなく、一度ジルクニフを試してからでも遅くはない。

 そのためには──

 頭の中で必死に計画を組み立てていると、ジルクニフに許可を取りにいったニンブルが戻ってきた。

 

「お待たせいたしましたゴウン殿。陛下より許可をいただきましたのでご案内いたします」

 ジルクニフにとっても想定外の事態だった筈なのだから、もっと時間が掛かるかと思ったが、やはりジルクニフは自分とは頭の出来が違うらしい。

 こちらはまだ考えも纏め切れていないというのに。

 だが今回に関しては失敗してもそのままアルベドが立てた作戦に移行すれば良いだけなので、結果は変わらない分少々気が楽だ。

 自分にそう言い聞かせ、アインズは覚悟を決めてニンブルの後に付いて歩き出した。

 

 

 ・

 

 

「アインズ。一体どうした? 今は忙しいのではないのか?」

 できる限り平静を装って問いかける。

 態度には出なかったと信じたいが、相手はアインズだ。並の演技では見抜いてくる。

 単純に先ほどジルクニフが口にした後で話をする時間を取ってくれ。という言葉通り会いに来ただけとも考えられるため、先ずは相手の出方を見る必要があった。

 

「はい。実は陛下に少々ご相談がありまして」

 

「おいおい。先ほども言ったじゃないか。私と君の間でそんな──」

(このわざとらしい態度。やはりばれているな。ならばどうする? 謝罪するか? それとも金の方が良いか?)

 アインズは利益を最重要に考える商人。まだ法国にソリュシャンの正体を伝えていない証拠を提示して、それなりの金銭を詰めば今回のことは水に流すかもしれない。

 そうなればソリュシャンのことを弱みに使うこともできなくなり、再び法国と関係を結ぶには別の手段を模索しなくてはならなくなる。

 そう。今回もまたアインズに負けてしまったが、だからといって完全に諦めるわけには行かない。時間が掛かろうとアインズに対抗するには法国の手を借りるほかにないのだから。

 

「いえ。今回ばかりはそうはいきません。今私は陛下を友人として招待したパーティーの主催者としてではなく、皇帝陛下より依頼を受けた者としてここに立っています」

 

「依頼? 何の話だ?」

 いきなりハッキリとジルクニフのことを責めてくるとは思っていなかったが、それにしてもまったくもって想定外の発言に、ジルクニフは怪訝に思う。

 

「このトブの大森林の東側は帝国の領土。そこを安全に治めるという私が陛下から依頼された仕事です」

 

「……ああ。その通りだ。その報酬として私はアインズに土地を貸している。そう言う契約だったな。それがどうした?」

 今更何を言っているのか、そしてここからどうやってソリュシャンを調べていた事に話を繋げようというのだろうか。

 アインズは恭しく頷き、焦らすように長い間を開けてから答えた。

 

「先ほど森の中に、我々が管理しているものではないモンスターが現れたと連絡を受けました」

 その言葉にジルクニフは眉を顰める。

 アインズの隣に立つソリュシャンも些か驚いたように、アインズに目を向けた。

 つまり彼女にとっても想定外の事態ということか。もしや初めはジルクニフを責めるために来たが、途中でアインズにその報告が来て話を変える事にしたのだろうか。だとすれば、僅かに望みが出てきた。

 その依頼に関して何か失態を犯し、それを詫びに来たとすれば、この態度も理解できる。

 ならば、その失態をソリュシャンの件で帳消しにすると言えば、痛み分けに持って行ける。

 

「なるほど。しかし君の防衛網を突破するとは、そのモンスターそれほど強力なものなのか? それとも──」

 手を抜いたのか。とは言葉にはしない。言葉にせずともアインズならば理解するだろうし、こちらにも弱みがあるのだから、あまり責めるような言い方をしては角が立つ。

 

「いえ。私どもであれば問題なく対処できるモンスターです。ですが、一つ問題が」

 

(いやにもったいぶるな。それほど深刻な問題なのか)

 そう考えつつも口には出さず、無言で続きを促す。

 

「どうやらそのモンスターはビーストテイマーに操られている様子。そしてその姿も捉えました。こちらです」

 アインズが魔法を唱えると、空中に画面が映し出される。パーティー会場でどこぞの闘技場の様子を映し出していた水晶の画面(クリスタル・モニター)なる魔法だ。

 そこには一人の男の姿が映し出されていた。

 金髪で細身の若い男は帝国や王国では見られない不思議な衣装を身に纏っていた。その男の背中、マントに刻まれた紋章を見て、ジルクニフは言葉を失った。

 

「なっ!」

 天秤の上に並ぶ六本の蝋燭。その紋章をジルクニフが知らないはずはない。

 

「そう。スレイン法国の人間です。おや、また一体モンスターを召喚しましたね。何をするつもりなのか……」

 画面上では確かに、男が手を差し出し空間を割いてモンスターを出現させていた。

 巨大な蜥蜴を思わせるモンスターは見覚えがある。ギガント・バジリスクという、アインズも所有しているモンスターだがこちらはアインズのものと違い、仮面を着けていない。

 そしてあのモンスターは帝国四騎士ですら一対一では絶対に勝てない、事前に対策を施さねば全員でも危ないほど強力なモンスターだと聞いている。

 アインズ以外にそんなモンスターを使役できるものならば間違いない、法国の特殊部隊にして先ほどバジウッドも出会ったと言っていた六色聖典のいずれかだ。護衛だけではなく、外にも待機させていたということだろう。だが何故今ここでモンスターを召喚しているのか。

 

(法国の奴らは何を考えている? 王国の貴族を介して私と取引をするつもりではなかったのか? まさかそれも囮で初めから、あのモンスターを使って強攻策に出る気なのか。だとすれば法国側はもはやアインズと交渉する気はない。ではアインズは? それを私に知らせてどうする気だ)

 次々と浮かぶ疑問の解を出そうと思案するジルクニフを遮るように、アインズが続けた。

 

「相手がスレイン法国の人間で、更にあそこは森の東側。つまりは帝国の土地。森の安全を守るのは私の仕事であり、あの程度のモンスターならば葬ることは容易い。ですがそれではあのビーストテイマーとも戦うことになりかねません。そうなれば国際問題に発展します。排除するには陛下のご許可が必要です」

 その言葉を聞いた瞬間、背筋から一気に汗が吹き出した。

 

(こ、いつ。初めからそのつもりで? まさか、あの時からずっとこの機会を窺っていたのか?)

 森の東側を帝国の土地としたまま、アインズに貸し出し管理させる。

 それは帝都支店に直接出向いたジルクニフとアインズの間で交わされた契約だ。本来はほぼ無償で広大な土地を渡す代わりに、有事の際には帝国の法律でアインズを縛ることを目的とした契約だが、ここにきてジルクニフは気付かされる。

 この契約はアインズだけではなく、ジルクニフ、つまりは帝国を縛る契約でもあったのだ。

 土地が帝国のものである以上、そこに他国の人間が進入し、モンスターを操って攻め込んだとすれば、それは正しく侵略行為。アインズの言うように帝国の皇帝としてジルクニフが対処しなくてはならない問題だ。

 そしてあの時からアインズがこの状況が来ることを予期しあの契約を結んだというのなら答えはひとつ。

 やはりアインズは帝国と法国が手を結ぼうとしたことを見抜いている。

 その上で、帝国の命令で法国の人間を排除させて関係の修復を不可能にしようとしているのだ。

 

(言い訳は無意味か、仕方ない)

「話は分かった。アインズ、これを見てくれ」

 胸に仕舞っていた法国から渡された手紙という名の詰問書を差し出す。

 

「これは?」

 受け取ったアインズは、如何にも不思議そうに首を傾げる。まるで手紙の内容が理解できないと言った様子だが、当然そんなはずはない。

 

(私から言葉にしろということか。慎重だな)

「見ての通りだ。これを持ってきたのは王国貴族の護衛だが、奴は法国の人間だ。つまりそれは法国から私に対して君の戦力、そして今後の目的、更には私が君とどのような付き合いをしていくつもりなのかを質問するための手紙だよ。当然私は法国などより君との友情を大切にしている。これは後ほど君に渡すつもりだった」

 勿論出任せだが、アインズもそれは承知の上のはずだ。

 

「これを誰から?」

 アインズに慌てた様子はない、やはり想定内の事態なのだろう。

 ジルクニフは手紙を持ってきた王国貴族の名を上げる。

 

「奴は元から法国と付き合いが疑われていた貴族だ。しかも今回は護衛として六色聖典なる法国の特殊部隊に属する者も連れている」

 

「……おや、もしかして護衛とはあれですか?」

 突如演技が白々しくなり、画面を指すアインズにジルクニフも目を向ける。

 いつの間か、先ほどの金髪の男の傍に別の男の姿があった。何か話し合っているようだが、遠くから映しているため会話の内容は分からない。新たに現れた男は金髪の男に対し敬意を示している。金髪の方が立場が上のようだ。

 直接対面したバジウッドに目を向けると、小さく頷く。護衛として共に居た六色聖典で間違いない。

 その場で返事をしろと言いながら、手紙を渡してすぐに外に出たとすれば、やはり初めから強攻策に出るつもりだったのか。

 

「少し会話を聞いてみましょうか」

 そんなことを言いながら、画面が二人に近づいていく。

 離れた景色をこれほどハッキリ映し、更に会話も聞こえる手段を持っていたのならば、ジルクニフの行動がここまで完璧に読まれていたことも納得できる。

 そんなことを考えていたジルクニフの耳に、男たちの会話が届き、その内容にジルクニフは目を剥いた。

 

『そのような話。信じられません。あの悪魔が六大神に仕える従属神などと』

『ですが事実です。ヤルダバオトは光の神、アーラ・アラフ様の従属神。そしてかの神を現世に再光臨させる生け贄の儀式としてアベリオン丘陵の亜人どもと聖王国の民を犠牲にしようとした。残念ながらそれは阻まれてしまいましたが、だからこそ。その悲願を今度は我々の手で行うために、ここに保管されている悪魔像のアイテムが必要だったのですが……予想以上に防衛力が高い。ここは一時退却し最高執行機関の指示を仰ぐ必要があります。帝国の皇帝との会談はもはや不要です。貴方も準備を』

 

「なっ! 今奴はなんと言った?」

 帝都と聖王国で暴れ回った悪魔の名が、法国の者の口から上がったことに言葉を失う。

 

「あの悪魔像がここにあると思ったのか。どうやらあのビーストテイマーは陛下に接触した護衛とは別口のようですね」

 確かに会話だけ聞けば、初めから共に来ていたのではなく、先に潜入していた金髪の男が知った情報を、ここで護衛と共有しているように聞こえる。

 そうなると周りのモンスターはその間周囲を見張るためと、この森から逃げ出すために召喚したと考えるのが自然だ。

 

 同時にそれを聞いてなお、驚いた様子も見せないアインズの態度で察した。

「ヤルダバオトの件、知っていたのか?」

 

「ええ。聖王国でヤルダバオトから直接聞きました。申し訳ないが、聖王女との約束もあったので、陛下にもお伝えしていませんでしたが、こうなっては仕方がありませんね。聖王国の従者、そして蒼の薔薇もその場で話を聞いていたため二国も知っているはずです」

 

「ならば帝都でヤルダバオトが暴れたことにも、法国が絡んでいることになるな」

 

「恐らくはそうでしょうね。しかしここで話してくれて助かった。この映像は録画している。証拠としては十分だ」

 魔法の力で映像をそのまま転写する写真は知っているが、映像を録画する技術というのは聞いたことがない。しかしアインズの魔法の力ならばそれも不可能ではないはずだ。もしかしたら先ほど言葉にさせたのも、それを狙ってのことだったのだろうか。

 今更そんなことに気付く自分の迂闊さに、内心で舌を打ちながら、同時に別の可能性に思い至る。

 

(あまりにもタイミングが良すぎる。アインズは初めからこのことを知っていたのではないか? ヤルダバオトの企みも、法国と組んでいたことも、全て知った上であの悪魔像を囮に罠を張ったとすれば)

 元々アインズは帝都に現れたヤルダバオトの目的に気付いていた。だからあれほど入念な準備をしていたのだ。

 

 だとすれば、聖王国であれほど大量のアンデッドを投入した理由も分かる。相手が神に仕えた従属神だったと知り、最高神の復活を阻止するためにヤルダバオトだけではなく、生け贄である大量の亜人を早期に滅する必要があったためだ。

 

 帝都の舞踏会で愚か者を演じたのもそうだ。ジルクニフがあの場に法国の者を招待すると見込んで敢えて愚者を演じることで、アインズがヤルダバオトと法国の企みなど気付けるはずがないと思わせた。

 だからこそ、法国も大して警戒もせず、ここに六色聖典を送り込んだ。護衛が何も知らなかったのはアインズではなく、ジルクニフに悟られないようにするためで、真なる目的は単なる時間稼ぎ、そうすることであの金髪の男が動きやすい状況を作りだし、悪魔像を盗み出させようとしたのではないだろうか。

 だがアインズはそれも見抜いた上で法国を叩くための大義名分を得る証拠を握るために利用した。

 一つ思いつくと今まで疑問に感じていたことが次々と繋がっていく。

 

(全てはアインズの掌の上か。では、私の役割は何だ。アインズは不可抗力を装って、わざと私にヤルダバオトと法国の関係を知らせた。何のために?)

 ここまでの流れが全てアインズが書いた筋書き通りだとするならば、アインズは自分にも何かをさせようとしているはずだ。

 それもソリュシャンの件で脅すのではなく、敢えて泳がせることで自発的に動かそうとしている。

 法国の証拠を握った上で、その法国と繋がろうとしていたジルクニフにそれを知らせた。そうまでしてアインズがジルクニフに望むこと。

 

(ああ。なんだ、そう言うことか──)

 唐突に閃いた。いや、全ての要素を繋げると目的など一つしかない。

 そして同時に理解した。自分がアインズと対等な好敵手など、単なる思いこみに過ぎなかったことを。

 これほど緻密で、誰かか一つ想定とは違う行動を取っただけで崩れてしまうような策を完璧に、それも誰にも気付かれることなく成し遂げてみせた。

 この男と自分では格が違いすぎる。

 

「ふっ」

 思わず笑いが漏れ出た。

 

「陛下?」

 

「いや気にするな……全く巫山戯た話だ。そんな目的のために帝都を襲ったとは到底許されることではないな。法国がある以上は第二第三のヤルダバオトが現れかねない。あんな国は存在してはならない。そうは思わないか?」

 

「なっ! 陛下! 何を仰るのです。法国と戦争をなさるおつもりですか!?」

 これまでジルクニフが余計なことを話さないように黙らせていたが、とうとう我慢の限界だと言うように、ニンブルが叫ぶ。

 この中では恐らく最も冷静なニンブルが、口火を切ったのは予想外だったが、帝国の伯爵位も持った貴族としての側面もあるニンブルだからこそ、法国と戦争をすること、そしてそれによって国内で起こる混乱や貴族たちの反発を想像したからこそだろう。

 未だ完全ではない復興。騎士団の弱体化に加え、王国との戦争も終わっていない。その上相手は例の六色聖典や神人を除いたとしても、近隣諸国最強最大の軍隊を持つスレイン法国。

 帝国だけでは勝ち目などあるはずがない。それは分かっているが仕方ない。

 これはアインズが望んだことだ。いくら大義名分を得ようとも、現時点では商会の主でしかないアインズでは法国に戦争を仕掛けることはできない。だからこそアインズは周辺諸国を扇動し戦争を仕掛けさせる必要があるが、本来ならば最も動かしやすい聖王国は未だ復興の目処が立っておらず、王国も派閥争いが激化しているため動けない。

 だからこそ、ジルクニフを動かすことで宣戦布告をさせようと考えた。そして帝国がヤルダバオトの件を持ち出して戦争を仕掛ければ聖王国も動かざるを得ない。

 残るは王国だが、アインズのことだ。そちらも既に手は打ってあるのだろう。

 アインズが未だソリュシャンの件を口にしないのは、ここでジルクニフが察することができなければ、脅してでも実行させると考えているからだ。ならばジルクニフが採るべき行動は決まっている。

 

「そうだ。お前も聞いていただろう。奴らは神のためならば人の命など何とも思わない連中だ。いつまでもそんな連中の好きにさせておく訳にはいかない」

 

「ですが……」

 

「込み入った話になりそうだな。私は一度下がらせて貰おう。対応が決まったら知らせてくれ」

 言葉遣いが丁寧なものから変化したのは、ジルクニフが己の立場を知ったことを察したために違いない。実に満足そうに頷くアインズに、取りあえずジルクニフの行動に問題が無かったことを知り、密かに安堵する。

 

「ああ。私も直ぐ向かう。少し待っていてくれ」

 ジルクニフの発言に片手を持ち上げて応えたアインズと、結局一言も口を利かなかったソリュシャンは並んで部屋を後にした。

 

 

「──陛下、本当によろしいのですか?」

 アインズが離れるだけの時間を置いた後、ニンブルが言う。

 

「他にどうしろと? 全てはアインズの掌の上。もう何をしようと無意味だ。まだ分かっていないようだからお前たちにも教えておこう、私……俺は負けたんだ、いや初めから負けていた。完璧にどうしようもなく、これ以上ないほどの完敗だ。ここから逆転の目はない。だからこそ、俺が今すべきことは奴に尻尾を振って今までの失点を取り戻すことだけだ。幸い形の上とは言えアインズは俺との友情を壊すつもりはないようだからな」

 結局一度たりともアインズはこちらを疑う台詞を口にしなかった。

 ジルクニフがソリュシャンの正体を調べさせていたことも、それを土産に手紙を送ってきた貴族を介して法国と繋がろうとしていることも全て理解している筈なのにだ。

 それはつまり、アインズはまだ自分と今の関係を続けていくつもりだという合図に他ならない。

 ならばジルクニフはアインズの望むとおりに踊ればいい、今までと何も変わらない。自分の意志で踊るか、アインズに操られて踊るかの違いしかないのだ。

 アインズの最終目的が分からないという不安はあるが、完全に敗北した自分にはもはや、それを心配する資格はない。敗者は勝者に従うそれが古来から伝わる絶対のルールなのだから。

 

「いやー。はは、何と言えばいいのか分かりませんが、陛下も随分すがすがしい顔をしてる事ですし、それでよしとしますか。な、ニンブル!」

「……そうですね」

 わざとらしく明るい声で言うバジウッドに対し、ニンブルは完全には納得していないようだが、自分に言い聞かせるように頷く。

 

「さて。面倒な仕事はあと一つだ。さっさと終わらせて、俺たちもパーティーを楽しもうじゃないか。見たこともない物ばかりのパーティーだというのに、まだ食事すら取っていないからな」

 ジルクニフもまた、わざとらしく軽い調子で言う。

 

「何でもドラゴンの肉が出ているそうですよ」

「ほう。それは食べてみたいな」

「私はお酒の方には興味がありますね」

 軽口を叩きながら歩き出したジルクニフに、バジウッドとニンブルも追従する。

 

「──陛下」

 

「ん?」

 背後から呼び止められて振り返る。

 顎髭をしごきながら、フールーダがまっすぐにジルクニフを見つめていた。

 そう言えばアインズが登場してから一言も口を利かなかった。いくらジルクニフの命と言えど、魔法狂いのフールーダならばアインズの姿を見るなり弟子入りを懇願するくらいはするかと思ったが──

 

「お疲れ様でしたな、ジル。貴方の決断を私は誇りに思いますぞ」

 瞳が細まり、自然と口元が持ち上がる。

 幼少の頃から教師としてジルクニフに教育を施し育て上げてくれた、魔法の話になると話が長く辟易することもあったが、それでもフールーダは自分にとってはもう一人の父親のような存在だ。

 そのフールーダに労われ、ジルクニフはここに来てようやく完全に肩の荷が下りたような気がした。

 だが、これで全てが終わったわけではない。終わったのはアインズとの戦いだけだ、これから始まる法国との戦争。未だ終わっていない王国との戦争。それ以外にも問題は山積している。

 それらが全て終わるまで皇帝として気の抜けない日々は続く。だからこそ、今くらい気を抜いても誰も文句は言わないだろう。

 

「ああ、ありがとう爺。本当に、疲れたよ」

 フールーダに告げてから、思い切りため息を吐く。

 皇帝に即位して以来、いや幼少時から王族として弱みを見せないように人の目を気にして生きてきたジルクニフに取って、演技や無意識下でのものを除けば、それは本当に生まれて初めてのことかもしれない。

 思い切り吐いてから、ゆっくりと息をする。

 新鮮な空気が肺に広がる。アインズに会ってからどこか曇っているように感じていた視界まですっきりした気分だ。

 一つの戦いが決着を迎え、ジルクニフは改めて足を踏み出す。

 新たなる第一歩を。




ということで、ジルクニフとアインズ様の勝負に一応の決着がつきました

ちなみに録画に関しては書籍版でもナザリック側は何度か描写がありましたが、現地では写真はあっても、動画を撮る魔法やアイテムを使用している描写がなかったと思いますので、そうした技術は無い事にしました

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