ハリー・ポッターと祈りの聖杯 作:塚山知良
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そこは、石畳の通りが曲がりくねるように続き、両脇にはたくさんの店が立ち並んでいる。
ダイアゴン横丁は騒々しいほどの活気で満ち溢れ、老若男女問わない様々な魔法使いや魔女が行き交う中をコレット達は歩いていた。
「お前がどんくさいせいで遅くなったんだぞ!」
先頭を切って歩くドラコは些か不機嫌であった。コレットが身支度に手間取ったせいで、ダイアゴン横丁に到着する予定時刻が大幅に遅れたからだ。
「あまり言ってやるでないドラコ。コレットも、これからは気を付けなさい。ホグワーツに通うようになればメントのような召使いはいないのだから」
「はい、以後気を付けます・・・おじさん」
「どうだか!」
次はベッドの上で爆睡しているに決まっている。今だ腹の虫が収まらないらしいドラコは、コレットが歩いている斜め後ろに顔をやると、ぴたりと動きを止めた。
冷めやらぬ怒りに任せて罵倒してくると踏んでいたコレットは、ドラコの不自然な動きに眉を顰めた。彼の視線の先を追うと、そこには箒が飾られているショーウインドウがある。立て掛けられている看板には”高級クィディッチ用品店”と書かれていた。
「ニンバス2000の新型だ!」
「ちょっと、ドラコ!」
急に目の色を変えて走り出したドラコ。コレットは反射的に追いかけようとするものの、このまま勝手に行動してもいいものかと一度ルシウス達の方へ振り返る。ルシウスの横には赤毛が特徴的な男性が声を荒げていた。会話の内容を察するに、どうやらルシウスは魔法省に勤務する仲の悪い知人と遭遇したらしい。ひどく幼稚な言葉で罵り合う二人を他所に、近くの店の品を眺めていたナルシッサはコレットの視線に気付くと「少し遅くなりそうだから先に揃えられるものを買い足しておきなさい」と言い、コレットに手を振った。
コレットはナルシッサに手を振り返しドラコの後を追った。これまでの人生でダイアゴン横丁はもとより人通りの多い場所を歩いたことがなかったコレットは中々前へ進むことができない。反面、ドラコは小柄な体躯を活かしするすると人混みの中を掻き分けていく。
『まるで餌を前にした小動物だね』
『しょうがないよ、ドラコはクィディッチが好きだから』
直接頭の中に響いていたのは、セイバーの声である。姿こそ見えないが、セイバーはコレットに付いてきていた。
彼は肉体を持つ人間ではなく、魔力によって構成された肉体を持つ使い魔である。構成された魔力を解き”核”だけとなれば、彼の肉体は霊体化し他者に視認されない存在になることができた。
セイバーの存在をドラコたちは知らない。というより、コレットやメント、肖像画のエドワード以外には、セイバーは自身の存在を知らせないようにしていた。彼は自分自身の正体さえ忘れているものの、”自分のような存在は魔法界でも普通ではない”ことを自覚していたからだ。自分の存在が世間一般に知られてしまえば、コレットにも悪影響が及んでしまうと考えてしまう。
他の要因もあった。魔力で構成されたセイバーの肉体は、ルベインアンツの屋敷以外で実体化を行うとひどく魔力を消耗してしまうのである。魔力の消耗はセイバーにとって人間の空腹状態よりもひどい疲弊を意味していた。故に彼は魔力をできるだけ節約するためにも、屋敷外での実体化を避けていた。
『飛行術か。コレットは箒に乗るどころか、箒を持つことさえ難しそうだ』
『・・・アンタね、わたしを馬鹿にするために付いてきたの?』
『まさか!今までまともに外に出たことがなかった”深層の令嬢”のボディーガードをするために決まってるだろ?メントがとても心配していたんだ。“お嬢様は森でもよく迷子になっていたから、面倒を見てあげてほしい”ってね』
「この性悪
セイバーの毒舌に堪忍袋の緒が切れたコレットは思わず大声を張り上げた。周囲を歩いていた人々は、一人で歩いていた少女が突然大声を上げたことでぎょっと凝視する。慣れない道で見知らぬ人々の衆目を浴びたコレットは、恥ずかしさのあまりその場から駆け出した。
火が噴き出そうなくらい赤らめた顔が冷めない内に、コレットはドラコが入店した店へ入る。ドラコは店内でショーウインドウに飾られていた箒の柄を掴み品定めしていた。
「僕はホグワーツに入ったら、クィディッチの選抜選手になるんだ。箒だって今日買うつもりで来た。コレット、お前はどうするんだ?」
「え?」
「クィディッチの選抜選手になるのかってことだよ!お前のとこのひいじいさんはもう死んだんだ。つまり、お前は自由だろ?どうだ、試しにやってみないか?」
「む、無理!わたし箒に乗ったことないもん」
「・・・そういえばそうだったな。何よりお前が箒なんて持ったら、箒の穂先が爆発しそうだ」
「な、」
『彼、良いこと言うね』
どうやら彼女の周りには、鼻で笑う者はいても擁護する者はいないらしい。霊体化したセイバーはドラコの物言いに感心していた。
コレットの心情など露も知らないドラコは、「次はあそこに行くぞ!」と立ち尽くすコレットの腕を引っ張っていく。
なんでわたしの周りにはこんなやつばっかなんだ。コレットは内心腹立たしさに地団太を踏みたくなったものの、それを我慢するしかなかった。
コレットに転機がやってきた。ドラコが”マダム・マルキンの洋装店”で制服の採寸を始めたからだ。
ドラコが高級クィディッチ用品店を出てからというもの、コレットは休む間もなくドラコの買い物に付き合わされていた。それもドラコが立ち止まる店のほとんどはクィディッチに関係する店ばかりで、クィディッチに興味がないコレットからすれば退屈な時間極まりなかったのである。これにもセイバーは堪えたらしく『こいつはホグワーツ生になるのかクィディッチ選手になりたいのかどっちなんだ』と悪態をつくほどであった。
洋装店の店内では、採寸されるドラコの他にホグワーツの新入生らしい子供たちが踏み台の上に乗り制服の丈を合わせている。どうやらコレットの順番はまだ先のようだ。
「ねえドラコ、マダム・マルキンは他の新入生の採寸で忙しそうだし、わたし別の学用品を買ってくるよ」
「なんだ、別行動か?迷子になっても知らないぞ」
「ならないから!それを言うなら、ドラコこそ採寸が終わった後でまた箒店に行ったりしないでよ!」
「まだ箒を買っていないんだから、行くに決まってるだろ」
「あれだけ見ておきながらまだ行くの!?あーもう、とりあえずわたし先に行ってるから、採寸が終わったら“フローリシュ・アンド・ブロッツ書店”で待ってて!」
「あ、おい、コレット!」
後方から聞こえるドラコの声などお構いなしにコレットは全力で走った。正直、ホグワーツに行ってもクィディッチには興味を持つことはなさそうだと、コレットは確信にも似た思いを抱いた。
それからコレットは”フローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラー”に寄ってバニラアイスを買い、それを食べながら店を見て回ることにした。行儀が悪いとセイバーが小言を言っても気にしない。何せ今日は初めてダイアゴン横丁に訪れたのだ。人見知りのコレットはすれ違う人々にさえ恐怖を覚えるが、店頭に並ぶ目新しい商品には目を輝かせていた。
魔法動物ペットショップにポタージュの鍋屋、イーロップのふくろう百貨店などを見て回り、少しずつ学用品を買い足していく。すると、コレットはある看板に目を付けた。
「“オリバンダー杖店”・・・」
『魔法使いなら必須じゃないか。君、前に使っていた杖を壊したんでしょ』
「うん。ここの店の杖じゃないけど・・・」
エドワードがまだコレットに実践的に魔法を教えていた頃の話である。コレットはエドワードに与えられた杖で魔法を練習をしていた。魔法が不得手な彼女は呪文を口にしても、効果が発動しないか爆発するかのどちらかの結果ばかり引き起こしていたのだが、ある時屋敷の一室を爆発させるくらいの大失敗を犯してしまい、その拍子に杖を折ってしまったのだ。
「正直また折りそう・・・」
『君、爆発においては限りなく才能があるんじゃない?・・・何はともあれ、杖がなきゃ始まらないよ。“杖なし呪文”なんて高等テクニック、君にできるはずないんだから』
「一々嫌味を言うのほんとやめてよ・・・。そういえば、セイバーって杖を持ってたよね?もしかしてここで買ったんじゃない?」
『例えそうだとしても、どこかの誰かさんのおかげで記憶がないから覚えてないよ』
「うぐっ・・・あ、杖の職人は自分で作った杖を忘れないんでしょ?実体化して確かめてもらえば、」
オリバンダー杖店といえば、杖の高級メーカーとして有名な老舗専門店である。創業も紀元前に遡るほど古く歴史がある。杖を取り扱う店などあまりないのだし、もしかしたら・・・。コレットの淡い期待は、セイバーの苛立ちを含ませたような低い声で断ち切られた。
『目立つ行動はしないと約束しただろう。僕の存在は魔法界においても普通じゃないんだ』
その言葉に、コレットは紡ぎかけた言葉を飲み込んだ。
普段のセイバーはコレットに対し手厳しく、嫌味や皮肉、小言などは日常茶飯事である。だが、今のような冷淡な態度を取ることはとても珍しく、そういった態度を取るのは決まってコレットやメント以外に正体が曝されそうになる時であった。
その約束がコレットを守るためであることを彼女とて理解している。だが、その言葉にはどこか別の意図があるのではないかと、コレットは常々心の隅で考えていた。
「(でも、聞けない―――)」
たった一ヵ月共に暮らしただけの、二人の歪な主従関係。自分たちの間に横たわっている溝の深さを、コレットは測りかねていた。
口を噤んだコレットを見かねたセイバーは『ほら、買いに行こう』と店内に入るよう促した。ぎこちない空気に居心地の悪さを感じていたコレットはそれに甘え、オリバンダー杖店へと足を運ぶことにした。
扉を開けると、客の来店を告げるベルが小さく鳴った。店内は薄暗く山のように積み上がった箱が所せましと置いてある。
「あのー・・・すいませーん・・・」
『猫被りすぎじゃない?』
「うるさいっ!初めて行くところってなんか緊張するのよ!」
「おやおや、誰とお話し中で?」
店の奥から白いひげを蓄えた老人がやってきた。この店の店主、オリバンダーである。
オリバンダーは、大きくくりくりとした目を仄かに煌めかせながらコレットの元へと歩いてきた。
「杖をお求めですね。お名前は?」
「あ、は、はいっ。コレットです。コレット・ルベインアンツ・・・」
後半にかけて声が消え入りそうになっていくコレットの自己紹介に、セイバーは如何に彼女がこれまで他人と交流してこなかったかが改めて伺えた。
これではホグワーツでの学校生活は容易にはいくまい。そんなセイバーの懸念など、彼の姿形さえ見えないオリバンダーには知る由もなく、嬉々としながらコレットをじっと見つめていた。
「おぉ、ルベインアンツのお嬢さん!君の祖母も母も、ここで杖を買ったんじゃ。とても才能に満ち溢れたお嬢さん方だった・・・さて、杖腕を見せてもらえますかな?」
「は、はい」
コレットが右手を差し出すと、オリバンダーはポケットから長い巻き尺を取り出しコレットの身体を手際よく寸法していく。
寸法を測り終えたオリバンダーは、懐から取り出した杖を一振りして黒い箱を呼び出した。
「クルミに一角獣のたてがみ。二十八センチ、よくしなる。さあ、試してごらんなさい」
その言葉を聞き終える前に、緊張で落ち着きを失っていたコレットは杖を思い切り振った。杖の先から光が放たれ縦横無尽に飛び回る。オリバンダーの左頬を掠めて店の奥に消えると、風船が割れたような音を立てて光は消えた。
「うむ、相性が悪いようじゃ。ならば・・・」
『ねえ、知ってるかいコレット。クルミの木でできた杖は知性の高い魔女や魔法使いを選ぶんだ』
『それ馬鹿にしてるの?してるのね?』
「あったあった。ニレの木にドラゴンの琴線。三十一センチ、バネのよう。・・・どうかされましたかな?」
「い、いえ!なんでもないです!」
セイバーがいるであろう場所に顔を向けるコレットの姿は、オリバンダーからすれば空中に視線を彷徨わせている挙動不審な少女にしか映らない。多少訝しんだものの、すぐに気を取り直したオリバンダーはコレットに新しい杖を持たせた。
すると、コレットの手に渡った杖はいきなり暴れだし、素早く箱の中に戻ってしまった。今まで何百何千と杖を売ってきたオリバンダーでもこの現象は初めて目の当りにしたらしく、感嘆とも驚愕ともつかない溜め息を吐く。
「中々に難しいお客のようで」
「あ、あはは・・・」
『ちなみにニレは・・・』
『言うな!』
「さて、こうなるとどの杖が合うものか・・・」
オリバンダーは店の奥へと赴いた。脚立を使い杖を収納している箱を漁り、これでもない、これでもないと呟きながら箱の開閉を繰り返す。その中で一つ、他の箱に比べて一際埃を被った箱がオリバンダーの目に留まった。
「これは・・・」
「あの、オリバンダーさん・・・?」
「ふむ、これなら良いかもしれん。振ってみなされ」
埃を被った箱の蓋を開けてコレットに中身を見せる。そこには、ヘーゼル色をした細くしなやかな杖が眠っていた。
コレットは恐々としながら杖を手に取った。ゆっくりと握りしめると、急に指先が温かくなりふわりと優しい風がコレットを包むように吹いた。
「素晴らしい。その杖はあなたを選んだようじゃ」
「あの、この杖は・・・?」
「その杖の木材はギンバイカ、芯材は不死鳥の羽根。三十四センチで振りごたえのある杖じゃ。ギンバイカで作った杖は美しく、高価な杖として取引されることが多い」
確かにヘーゼル色をした杖の表面はきめ細かく、そこから放たれる光沢は気品を漂わせる美しさがあり、手触りも滑らかであるとコレットは思った。
「ギンバイカを木材とする杖は珍しい。芯材が不死鳥の羽根なら猶更じゃ」
「どうしてですか?」
「ギンバイカは不死を象徴し、故に不死鳥の羽根の芯材とは相性が良い。じゃが、ギンバイカは同時に女神の祝福を受けた木でもある。女神は気まぐれに人間に祝福を齎すが、その性質が杖にも引き継がれておる」
「へえ・・・」
「じゃから、選んだ持ち主に対しても反発するじゃじゃ馬でな。いやあ、良かった良かった」
「え、ちょ、じゃじゃ馬って何ですか?!」
これはとんでもない物を掴まされたのはないか?コレットは、人当りの良いオリバンダーが悪徳商法で金を巻き上げる狡猾な老人に見えてきた。
杖は持ち主を選別するため返品が不可の場合が多い。それでもコレットは、どうにか別の杖と取り替えられないかと交渉しようとした。
快活に笑うオリバンダーに杖を返品しようとした時、コレットの背後にあった来客を告げるベルが鳴った。
「あの、こんにちは。杖を買いに来たんですけど・・・」
その声の主は、コレットと同じくらいの身長の男の子だった。黒い癖毛の髪に、綺麗な新緑の目には眼鏡を掛けている。前髪が揺れるたび見え隠れする額には、稲妻型の傷があった。
「おぉ、ポッターさんですな。ようこそいらっしゃいました。ささ、こちらに」
「あ、はい。・・・もしかして、お邪魔でしたか?」
「いえいえ、此方のお嬢さんの杖の選定は終わりましたよ」
「良かった・・・もしかして、君も今年からホグワーツに通うの?」
「へ?」
来店した少年から声をかけられることを予期していなかったコレットは、素っ頓狂な声を上げた。
少年は少し不安そうな瞳でコレットを見ている。おそらくこの少年も自分と同じで、あまり他人と接することに慣れていないのだろう。俯きがちに尋ねてくる姿に、コレットはとても既視感を覚えた。
―――ただ、コレットはその先を行く人見知りだったのだか。
「えっと、大丈夫?」
「あ、え、えと、そのっ・・・ありがとうございましたぁっ!」
『ちょっと、コレット!』
「あ、待って!」
こんなに走ったのは今日が初めてだった。後日コレットは、痛む両脹脛を擦りながらそう言った。
「やっちゃった、やっちゃったよ・・・」
ダイアゴン横丁に夕日が差し掛かり子供たちが大人に手を引かれて家路に着く中、コレットはドラコと待ち合わせの場所に指定していたフローリシュ・アンド・ブロッツ書店の片隅で膝を抱えていた。
コレットの落ち込み様は酷いもので、常であれば皮肉を飛ばすセイバーでさえその言動は憚られるほどであった。
彼女がここまで落ち込んでいる理由は二つあった。一つは、オリバンダー杖店で話しかけてきた少年に対し碌に返答もせずに逃げてしまったことだ。失礼な態度を取ってしまった罪悪感は元より、ホグワーツで初めて友人になれたかもしれない存在だったのだ。コレットの後悔の念はとても深かった。
そしてもう一つの理由は、コレットと同じ書店内にいるにも関わらず、意図して視線を逸らすドラコにあった。
オリバンダー杖店から逃げるように走り出したコレットは、半ば放心状態のまま横丁内を彷徨い続けた後にナルシッサに保護された。そのままナルシッサと共に洋装店で制服の採寸を終えたコレットは待ち合わせ場所であった書店へと向かったのだが、どうやらドラコはクィディッチ用品やグッズを見て回るのをほどほどに、割と早い時間から書店で待っていたというのだ。
待たされたドラコは横丁にやってきた時よりも不機嫌で、コレットを罵るどころか視線さえ合わせない。ナルシッサは「一人で寂しかったのよ」とコレットに耳打ちするが、セイバーから言わせれば『弄り甲斐のある玩具が近くになくて愚図ったんじゃない?』とのことらしい。コレットからすればナルシッサを信じたいが、悲しきかなドラコの日頃の態度からはセイバーの言葉の方が真実味があった。
オリバンダー杖店で出会った少年とはまともに会話もできず走り去り、ドラコは待たせてしまった。その二つの事実がコレットの肩に重くのしかかる。
「最悪だ・・・」
「コレット、あまり落ち込まないで。ドラコは今でこそ怒っているけど、きっとすぐに許してくれるわ」
ナルシッサはコレットの頭を優しく撫でる。掌から伝わる人肌の温かさは、罪悪感で潰されそうになっていたコレットの心を少しだけ軽くした。
「はい、コレット。あなたへの入学祝いよ」
ナルシッサは小さなハンドバックから箱を取り出した。ピンク色のリボンでラッピングされた正方形の小さな箱である。
プレゼントを貰えると思っていなかったコレットは、驚きつつもリボンを解き、箱を開けてみる。
「これ、ロケット・・・?」
箱の中に入っていたのは、傷がつかないよう上質な布で包まれた銀色のロケットだった。蓋の中央には水仙をモチーフとした装飾が施されており、控えめな美しさを醸し出している。
「あなたは今まで、ルベインアンツのご当主に、望まぬ生活を強いられていたでしょう。これから通うホグワーツでは、たくさんの思い出を作って、このロケットに収めてほしいの」
ナルシッサはコレットの手にある箱の中からロケットを取り出すと、チェーンを外しコレットの首にかける。
今までアクセサリーを貰ったことがなかったコレットは、沈んでいた表情を一変させ華やぐような笑顔を見せた。
「ナルシッサおばさん、ありがとうございますっ」
「ふふ、いいのよ。さあ、教材も買ったことだし帰りましょう。ルシウスが外で待ってるわ」
コレットはナルシッサに手を引かれ、その後をドラコが着いて来た。どうやら機嫌は直ったらしく、「次は待たせるなよ」と悪態をついていた。
胸元で揺れるロケットに、コレットはそろりと手を当てる。
『良かったじゃないか』
ことの顛末を見守っていたセイバーは、優しい声音でコレットに語りかけてきた。今回ばかりは慰めてくれるのだろうか。コレットは彼の言葉に耳を傾けた。
『今度、あの少年に会ったら謝ればいいさ。きっと彼もホグワーツの新入生だ』
『・・・うん』
『まあ、友達になれるかは君次第だけど』
『・・・うん』
『コレット―――』
『・・・うん』
『オリバンダー杖店で、杖の代金支払ってないよ』
『なんでそれを先に言わないのよ!』
本日何度目になるか分からない言葉の応酬は、オリバンダー杖店に到着するまで続いた。それに付き添ったドラコやルシウスからは呆れられ、ナルシッサからは苦笑された。コレットは、ルベインアンツの屋敷で寝間着姿を見られた時と同等の羞恥心を覚えることとなった。
ホグワーツ入学まで残り一ヵ月。果たしてこの主は無事に学校生活を送れるものか―――従者は心配であった。