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この作品 「死相の所以」 は「ハリポタ」「レギュラス」等のタグがつけられた作品です。

七巻後、ハリーがレギュラスの遺体を探しに来る話です。ほんのり黒兄弟。捏造過多。何...

マシマシマコ

死相の所以

マシマシマコ

2019年3月14日 09:40
七巻後、ハリーがレギュラスの遺体を探しに来る話です。ほんのり黒兄弟。捏造過多。何でも許せる方向け。
Photo by Dieter Kühl on Unsplash
死にかけた弟──既に家族の縁は切れていたが──を見つけたのは、幸か不幸か、ほぼ偶然のことであった。

シリウスは騎士団員として、最近殊に目立つ死喰い人の動向を探っていた。昨日まで生きていた仲間に代わってピーターと共に後を追けていたことも、その死喰い人が懐かしの生家を訪れたことも、そしてそこで窶れ果てた弟の姿を見たことも、全てが偶然だったのだ。

最後に顔を見たのはいつのことだったか。屋敷しもべと共に敷地から出てきたそれは記憶より明らかに痩せ目が落ち窪んでいた。自重も支えられないのかふらついて門扉に寄りかかり、屋敷しもべがおろおろと足元を彷徨う。屋敷の影になったそこにぼんやりと、真っ黒いローブの隙間から青白い顔が浮かんで見えた。
彼は屋敷しもべと短く言葉を交わし──隈の色濃い目を細め小さく笑んだのが最後だった──パチンと音を立て消えていった。
死喰い人が煙突飛行ネットワークを使わずに行く場所などたかが知れている。そこで漸くシリウスは彼が敵であることに思い至ったのだが遅きに失した。今になってみると、このタイミングで姿をくらますその裾なりを掴んでいれば何かが変わっていたかも知れないとさえ考える。逃した時間は戻らない。ただ遅すぎたのだ。
暫くして、屋敷の前に戻ってきたのは異様に取り乱した様子の屋敷しもべただ一匹だけだった。中の者に醜態を晒すまいと考えたのだろう、屋敷の影に蹲りレギュラスの名を呼びすすり泣いていた。
耐え兼ねたシリウスがその居場所を問い詰め、あのおぞましい湖から彼を引っ張り上げ聖マンゴに運んだときには──弟は既に息をしていなかった。

「生きている訳ではありません」
若い癒者が告げた。シリウスが聖マンゴから金で買い取った癒者だ。目覚めない弟を聖マンゴに隠匿してから、そのことを知っているのはシリウスを除いて彼一人だった。それ以外──クリーチャーは勿論、他の癒者にもだ──にはオブリビエイトを掛けてある。同行していたピーターには適当に誤魔化した。
「……しかし死んでいるとも言い難い」
シリウスは眠る弟に手を触れることもできず呟いた。一旦は息が止まり心臓も機能を失ったが、今はこうしてベッドの上で安穏に息をし血を巡らせている。ただ、意識が戻らないだけだ。
このまま弟を生かすかどうか、シリウスは未だ結論を出せていなかった。
癒者の掛けている魔法は一定かつ単純で、余程のことがなければ綻ぶことはない。魂を失い回復の余地のない弟は、魔法を掛け続けていれば眠り続けたまま体が衰え、そしていつかひっそりと死んでいくのだろう。
それなら今そう(・・)してしまったほうが賢明だ、と思った。当人にとっても幸せだろう、とも。
しかし今魔法を解けば忽ち、弟は死ぬのだ。
心臓が止まり体温が消え、二度と息をしなくなる。肌は青ざめ、髪や爪が伸びることがなくなる。
そんな弟の〝二度目の死〟を想像してみた。シリウスは更にその先を考えることができない。考え始めると体が氷より冷たい水に浸かっている心地がするからだ。
幸い彼を寿命まで殺さずに済むだけの金はあった。シリウスはそうして癒者を雇い治療を続けている。

「なあ、お前はどうしてあんなことになったんだ?」
シリウスは眠る弟に問いかけた。あのおぞましい湖で襲って来た亡者は闇の魔法によるものだ。彼は例のあの人から逃げたんじゃなかったのか? それなら何故わざわざ赴いた。屋敷しもべまで連れて、何をしに、何の為に?

屋敷の前で姿をくらます直前に見た、あの薄ら寒い、しかしどこか温度を持った微笑が脳裏を過る。狂気と安堵と諦観、そしてあれは何だ、慈愛? シリウスは弟のあんな表情を見たことがなかった。もっとも家族という意識すら希薄な兄弟関係であったのだ。ホグワーツに入学してからというもの互いの顔など大して見ても来なかったので、当然と言えば、当然かもしれないが。
シリウスは目を閉じ弟の顔を思い浮かべた。思い出されるのは年端もいかない頃の無邪気なそればかりだ。

小さな頃は仲の良い兄弟でいれた。
親の言うことは理解ができなかったし、それを理解する弟のことは不思議で仕方がなかったが、それでもシリウスにとってレギュラスはたった一人の弟だった。レギュラスはシリウスのことを何でも真似したがったし、シリウスもそんなレギュラスを守ってやりたかった。
ただ逆に言えば、家族だということ以外に二人を繋ぐものは何も無かったのだろう。

「あの」
癒者の声に顔を上げると、おずおずと窓際の花瓶を指差される。
「これは……?」
「来る途中で買って来た花瓶だ。マグル製だから何の魔法も掛かってない」
病院では──特に精密な治療を要する患者の近くでは、魔法の相互作用や過干渉を避ける為魔法道具の持ち込みは一応禁じられていた。守る魔法使いはごく少ないが。
「いえ、そうではなくて、ブラック様の持参された花を活けようとしたのですが」
「そうしてくれるとありがたい」
「その、少しひび割れているようでして」
花瓶をよく見ると、底近くに僅かなひびが入っているのが分かった。ガラス製のそれは窓越しの空を透かして青みがかって見える。しかし光の下でやっと視認できる程度の小さなひびだ。
気が付かなかった。
「直してもよろしいでしょうか? 今は問題ありませんが、長く使えばひびは広がります。水を入れても漏れ出るようになってしまいますので」
「長くって……あー、どのくらいで?」
「それは場合によりますが、数年でしょうか」
「物知りだな」
「マグル生まれですので」
癒者は無感動に微笑んだ。

「今は、まだ直さないでいい」
花瓶に清潔な水を満たし、持参したバーベナを丁寧に活ける。
すると小さな割れ目からぷつりと水滴が浮かんだ。陽光を受けゆらゆらと艶めいている。シリウスはその雫を親指でそっと拭った。
「これが使い物にならなくなる前にまた来て、彼をどうするか結論を出そう」
だからそれまで、よろしく頼む。


そう言ってヴェールで区切られた病室を出たのが最後だった。


どうして今、こんなことを思い出したのだろう。
シリウス・ブラックの体はゆっくりと、黒いヴェールのほうへと傾いでいく。あの病室の入り口も黒いヴェールだったな、と意味もなく考えた。病室のものはここと違い擦り切れてはいなかったが。
あのすぐ後、親友夫妻は死に、自身は無実の罪で長い間投獄された。脱獄後も眠り続けていた弟のことなど考える暇もなく、結局あのときが彼に会う最後の機会だった。当然、あのときに言った〝結論〟など出せてもいない。

勝ち誇った従兄妹の顔が遠くに見える。ハリー、お願いだからそんな顔をしないでくれ。
ひどく緩慢に時間が流れているようだった。頭の中を走馬燈が駆け巡っている。義息子、親友達、教師達、親、様々な人との記憶が大量に逆流している。兄さん、と小さな声に振り向けば、弟は泣きそうになりながらその顔に笑みを浮かべていた。変な顔してどうした、としゃがみ目線を合わせる。なんでもない。小さな手がシリウスの顔を挟んだ。その掌は温かく、しかし確かに震えていた。そんな訳ないだろ。言葉は形を成さず消えてしまった。
そろそろ走馬燈も終わりが迫っているようだ。擦り切れたヴェールがすぐ上にゆらめいている。

弟はまだあの病室で眠り続けているのだろうか。
このヴェールの先に、あの日助けられなかった弟の魂は辿り着けているのだろうか。


この先にゆけば、恐らくすぐに分かるだろう。


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