ロシア正教においては、聖人は非常に重要な存在である。多くの聖堂が聖人たちに捧げられ、その姿はイコンやフレスコ画などに描かれ、また教会に付属の書店では数多くの聖人伝が並んでいる。さらに、聖人の祭日の中には広く盛大に祝われるものもある。熱心な信徒たちにとって、聖人抜きの正教はイメージできないと言っていいかもしれない。
一方で聖人たちは、ロシア正教会のみならず、ロシアの歴史全体を考える上でもまことに興味深い存在である。誰が、いつから、どのような人々により、いかなる理由で敬われているのか?こうした問いかけは、それぞれの時代におけるロシア人のメンタリティを把握するために有用である。聖人の足取りを追いかけることが、ロシア史研究にユニークな可能性を与えてくれるかもしれない。
というわけで、このコーナーではロシアの聖人たちを簡単にご紹介していきたい。ロシア正教そのものが日本でよく知られているとは言い難く、ましてその聖人については具体的なイメージも持たれていないであろうから、その方面での情報を得ようと欲する方々にとっては多少なりともお役にたてるのではないかと思う。
ただ、紹介するのは、あくまでも「ロシアの」聖人である。例えば聖書の登場人物や初期教会の教父・殉教者など、ロシア以外の地の聖人たちについては、ここでは取り上げない。何分にも作者はロシア史をちょっとかじっただけの人間で、キリスト教そのものについての深い知識は持ち合わせておらず、全ての聖人は手にあまるというのが正直なところ。これらのカテゴリーについては、他のキリスト教系の情報ソースを参考にしていただきたい。
・ここで取り上げるのは、あくまでも「歴史的な」聖人像である。聖人たちが具体的な歴史状況の中でどのように行動したか、彼らがいかなる理由で聖人に列せられたのか、が主たる関心事となっている。あるいは信仰の対象としての聖人像と一致しない点もあろうが、あらかじめ了承されたい。
・正式には、どの聖人にも称号あるいは肩書きのようなものが与えられているらしい。例えばセルギー・ラドネシスキーも「聖セルギー、ラドネジの修道院長、全ロシアの奇跡者」という具合である。しかも、書物によっては称号(?)の形が違っていたりする。とても再現しきれるようなものではないので、ここでは筆者の独断により簡潔かつアイデンティファイしやすい形で表記しておくことにする。
・聖人の祭日の日付けはユリウス暦によっている。グレゴリオ暦に換算する場合はこれに13日を加えればよい。