2019年3月21日、突然姿を見せた日本でZENRINを廃した新Google Mapsは、一部で見られた地図の劣化とあわせ、驚きをもって受け止められました。
それと同時に、今回の新Google Mapsの変化が大きく道路形状などに現れたことを受けて、
- 今回の新Google MapsでZENRINを切った理由は、建物重視のZENRIN地図から、自動運転を見据えた道路中心地図への転換を意図したものだ
という意見が多く散見され、また高い評価を受けたりしているのを見ました。
一例を挙げるならば、(このツイートの投稿者さんには指摘をして理解いただき、意見交換などもできたので決して晒す意図ではないのですが)以下のツイートなどです。
ですが、いろんな視点でこれらの意見は的を外しています。
いくつかの視点を提示して、検証してみたいと思います。
1. 新Google Mapsの更新はプローブデータで行われている。そして、プローブデータでは自動運転精度の地図は生成できない。
新Google Mapsはどうやって整備されているか?
Googleカー的なものを頻繁に走らせて日本中の道路を網羅整備していっているのか?
もちろん、Googleカーの走った道路もあるので、それをソースに作っている箇所もあるでしょう、それは否定しません。 が、駐車場が道路になってしまった!というような以下のような報告を見ていただければ、明らかにメインのデータソースは、Googleが誇る当代有数のプローブデータから機械学習などにより生成されたものだとわかります。
プローブとは、システムから見て現実世界をなぞる探針になるようなものの総称で、例えば車の車載器からネット経由であがってくる位置情報や車の様々な運転状況情報、人の持つスマホからの位置情報や動態センサー情報等、ネットに繋がって情報をあげてくるあらゆるものがプローブになり得ます。
Googleは、多くのAndroid端末と、またAndroidでなくともGoogle Mapsアプリを配布していることで、当代有数、おそらく世界一レベルのプローブを現実世界に展開している企業です。
それらのプローブからの情報は、1つ1つは位置測定誤差が大きくてそのままでは使えなくとも、何千何万というデータを重ね合わせて機械学習と組み合わせれば、道路の形状を検出することが可能です。
この仕組みを使って、新Google Mapsは独自の道路地図を実現し、ZENRINの採用を停止したという形です。
先に紹介したコンビニ駐車場が道路になってる事例などは、たくさんプローブが通過したところを道路として誤判定した結果といえます。
では、このプローブデータを使って、自動運転ができる規模の地図が生成することはできるでしょうか?
答えは、(少なくとも現時点は)不可能です。
次の動画を見てみてください。
これは某弊...ぐほっ...某自動運転向け地図を開発している会社が、自動運転向け地図の技術的説明をした動画です。
動画中でも、自動運転地図では、単に道路のあるなしだけではなく、車線の数や位置の情報まで、10cm〜20cm精度で整備されることが求められ、さらに周辺のガードレールやロードサイン、標識などの構造物の位置まで、同程度の精度で整備されることが求められています。
このような精度での車線特定や周辺構造物の取得は、現在Googleが持つプローブ情報がいかに膨大なものであろうと、それだけでは取得することはできません。
スマホの数10mの誤差がある位置情報をいくら膨大な数集めても、この道路に何車線あって今はどの車線を走っている、という付加情報も取れるわけではない状態で、10cm〜20cm精度の自動運転向け車線モデルを生成することは、現状無理と言っていいと思います。
自動運転関連技術で、プローブが全く役に立たないわけではありません。
道路の渋滞情報は今でも普通にプローブから生成されています(これはGoogleだけでなく、競合会社も同様です)し、目の前で起きた事故や局地天気(車のワイパー稼働やフォグランプ点灯状況など)などの情報をプローブから収集し、後続の自動車にアラートとして送るような技術の動きもあります。
自動運転向けの正確な車線情報や周辺構造物情報が正確に取得されてる地図が先にあるのを前提に、車線が変更になった、現在一時工事中で車線閉鎖、などの修正情報だけ、周辺構造物の位置と変化地点との位置変化をプローブからクラウドに共有することで、ダイナミックに自動運転用地図を修正する仕組みも検討されています。
ですが、その前提となる大元の正確な自動運転用地図は、現状まだ、全天球カメラやLiDER、高精度GPSを装備したGoogleカーのような車を走らせることによってしか取得できません。
その意味で、今回の新Google Mapsが自動運転を見据えた変化、というのはかなり的を外しています。
(追記:3/24 23:20)
よい指摘をいただいたので追記してみたいと思います。
Google mapsが今後改善されてゼンリン並になったら自動運転に耐え得るでしょ。
これは明確に、ならない(よっぽどこれまでとは全く違う発想の自動運転手法を現時点で確立したのでなければ)という回答になります。
なぜなら、ZENRINさんや私の会社含め、どこの会社も、地図表示やナビ用の地図と、自動運転用の地図は、明確に別の作り方をする別商品だからです。
ZENRINさんがこれまでGoogleに納めてきた地図でも、それは自動運転用の地図ではなく表示やナビ用の地図なので、それを使って自動運転することは不可能ですし、Googleがプローブ由来の地図作成をどれほど極めて、これまでZENRINが納めてきた地図に匹敵する精度に仕上げてきても、それは「ZENRINの表示やナビ用の地図」のライバルにはなるかもしれませんが、自動運転用の地図のライバルにはなり得ません。
作り方も求められる精度も、というか求められる属性等も(たとえば、驚くかもしれませんが自動運転地図に一方通行だの速度制限だのの属性は整備されません。それらはナビ向け地図でカバーされる領域なので)全く異なるので、たとえ新Google Mapsの地図精度がこれまで納められてきたZENRIN地図と同レベルの精度になっても、自動運転には使えません。
自動運転のためには、別の地図を整備しないといけないのです。
Googleが今回ZENRINを切って独自地図に踏み切った理由には、オフラインで使える地図を得るためというのも大きな理由だったと思いますが、このオフライン地図という概念とも、自動運転向け地図は矛盾します。
自動運転向けの10cmレベル高精度地図というのは、その膨大なデータ容量と、かつ常に最新の道路形状を反映した地図を使う必要があるという鮮度の双方の要求のために、自動運転用高精度地図を全部前もって蓄積しておくということをせず、常に車がオンラインの状態で、進行方向の何10?km先まで程度を前もって先読みダウンロードして、通り過ぎて必要がなくなればデバイス上から消す、という常時オンラインで動作する設計の地図になっているのです。
自動運転するためにはそういう設計にせざるを得ないのですが、自動運転の必要がない地図表示やナビだけの用途のために、そんな大容量の地図データをオフラインにできない形で大量にダウンロードしたいですか?
そのことを考えても、表示やナビ用の地図と自動運転用の地図を分けて整備する現行の設計は理にかなっていますし、Googleが独自に自動運転用地図を整備したがっていたとしても、それは表示やナビ用の地図とは切り離せるのですから(実際、表示やナビ用の地図と自動運転用の地図で異なるメーカーの地図が使われることはあり得ます)、表示やナビ用の地図としてはZENRINを使い続けつつ、自動運転用の地図としては自前で整備するという選択肢もあり得たわけです。
にもかかわらず、表示やナビ用の地図としてZENRINを切ることを決めた理由は、はっきりとは言えないもののいろいろ理由は考えられる(先述したオフライン用途のように)でしょうが、自動運転を見据えた結果というのは一番考えにくいと思います。
2. 大元のビジネスモデルが広告会社であるGoogleが、建物形状を軽視することなどあり得ない。
自動運転、まで飛躍しなくとも、新Google Mapsの変化が道路部分で目立ったことから、Googleが建物中心のZENRIN地図から、道路中心の地図に切り替えたのが今回のリニューアルの原因、という意見も見られました。
が、相対的な重心の微移動はさておき、大元のビジネスモデルが広告会社であるGoogleが、地図の建物形状を軽視することなどあり得ない、ということは指摘しておきたいと思います。
Googleではない他社の事例ですが、以下の動画を見てください。
施設情報を建物形状と結びつけ、ユーザの移動情報と比較する事を行うと(いわゆるジオフェンシングという技術です)、たとえば単に店の近くを通りがかった人まで来店した人と誤認するというような事なく、正確に自分の店に来た人だけをコンバージョンさせるような広告効果測定を得ることができます。
あるいは、自分の店の業種と同じカテゴリの店をよく訪れるユーザに、潜在的顧客としてセールス情報を送ったり、あるいは完全なライバル店をユーザが訪れた際に、こちらに引き戻すような魅力的な広告をターゲット広告するようなことも、正確な建物形状データがあれば可能になります。
そのような今後の位置情報ベース広告、マーケティングで大きな役割を担う建物形状データを、根のDNAが広告会社なGoogleが、軽視することは絶対にあり得ないと思われます。
道路の部分に大きな変化が散見されるのは、単に彼らが強いプローブベースの解析で地図を生成できるのが、道路形状が中心(プローブがいくらあっても建物形状の自動生成などは困難)だった、というだけの事だろうと思います。
また、広告だけでなく自動運転やナビの視点を考慮に入れても、私の友人で、私とは別の会社なものの同様に地図データを自社処理している会社に勤めているinuroも指摘していますが、
そのとおりで、ナビなどの視点からみたって、今議論の熱い「ラストワンマイル」(目的地までいかに辿りつくか)には、建物の形状どころか、建物の入り口の場所、もっとアグレッシブにいくと建物の中の屋内駐車場の特定の位置までデータ化が必要になってきている時代です。
建物か道路か、なんて話じゃなく、今の時代両方いるのです。
あとまた別の視点で言うならば、ZENRINは確かに建物に注視してきたところから歴史が始まった会社ですが、今では国内のナビ地図のトップシェアもZENRINです。
そのZENRINに対し、「建物に強くて道路に弱い」などというのはかなりZENRINを甘く見過ぎと言わざるを得ません。
3. Googleの地図データは、自動運転どころかその下のナビ実現レベルにまで至っていない。
Googleが超優秀な技術会社であることは、誰もが認めるところでしょう。
その彼らが実現しようとしている自動運転、そしてすでに実現している?ナビ機能も、おそらく競合他社では及ばない様々な高度技術が多く用いられているのだろうと思います。
が、Googleは残念ながら優秀な地図データ生成会社ではありません。
他の何十年とナビ一筋でやってきたような会社群が常識として普通に持っているような地図データの属性などを、保持していないがためにナビが異常動作するような事象が多数報告されています。
たとえば、具体的事例がなく定性的事象の列挙のみですが、下記のツイート。
これはZENRIN地図を採用していた時代から、という話ですが、
さすがに一方通行属性までGoogleが整備してないとは考えにくく、何らかのバグだと思うのですが、その他の歩行者専用道路属性、中央分離帯属性などは、ナビ地図業界でも高いシェアを誇っているZENRIN地図がそれらの属性の含まれていない地図を販売しているとは考えられないので、ZENRINが整備している属性をGoogle側が落としている可能性が一番蓋然性が高いと考えられます。
また、以下のような報告も。
これは新Google Maps以降の報告ですが、ある意味新Google Maps以降の劣化で一番驚いた報告です。
これ、「ああ、管理用車両を運転していた人がたまたまAndroidかGoogle Mapsスマホ持ってたので、彼らしか通れない道ができちゃったんだねー」で済ませていい話じゃないんですね。
ZENRINさんももちろんそうですし、地図を作っている会社では普通に、もちろん会社によって呼び名は違うでしょうが「コントロールアクセス」という類の属性がついた道路があって、これは高速道路のように、インターチェンジやランプ、PA/SAなど以外では他の道に交わらない、交差点のない道路を表す属性です。
この属性が道路についている事によって、交差点がないはずの道路に交差点ができていれば地図全体のエラーバリデーションでエラーをはじくことができるので、こんなエラーが起こることは普通の地図会社だとありえないのですね。
にもかかわらず、Google Mapsで高速道路にこんな側道ができてしまったということは、Googleには「コントロールアクセス」の概念がないか、あってもエラーバリデーションしてないか...いずれにしても、普通の地図会社から見ると恐ろしい話です。
プローブからのデータ自動生成の話でも、先に引用したツイートを再引用しますが、
これ、仮に駐車場がプローブで道路だと判定されたとしても、ならば同時に、この駐車場を通るのは一方向への通り抜けのみだと思われるので、一方通行規制の情報もプローブから生成可能だと思うのですね。
ですが、実際にはこのエラー道路には、一方通行規制の属性がついていない、ということは、Googleはプローブからの規制情報の生成はしていないと受け取ることができます。
実際、真偽は不明なのですが、新Google Mapsでは、道路規制情報はトヨタマップマスター社の情報を使っている、という報告も上がっています。
つまり、プローブ情報をソースにしている新Google Mapsは、自動運転向けデータをつくるどころか、それよりはるかにレベルの低い、ナビ向けデータであるところの道路規制情報すら、プローブから生成できていない。
ということはやはり、新Google Mapsは自動運転を見越している、というのは相当に的外れだ、ということが言えると思います。