王都にある普通クラスの宿。
その宿の中でも二人部屋にしてはそこそこ広い一室で、骨と少女――モモンガとツアレがベッドに並んで腰掛けている。
二人とも真剣な表情をしており――厳密には骨に表情の変化などないが――部屋の中には一種の緊張感が漂っていた。
「さて、本当にいいんだな?」
「はい…… 覚悟は出来ています。私は前に進みたいんです」
「ツアレ……」
「モモンガ様…… お願い、します……」
緊張から少女の喉がゴクリと音を鳴らす。
そんな様子を見て少しだけ躊躇いながら、モモンガはゆっくりと口を開いた。
「――お前、投げ銭を入れて貰う容器とか用意してなかっただろ?」
「……あっ!?」
そう、ツアレから相談されていた事――吟遊詩人として活動してもお金が貰えない件について二人は今話している。
モモンガは酒場などで数日かけて独自の調査を行った。
そして、結論が出た後、お金が貰えなかった理由を聞きたいかツアレに確認した。
彼女は自身の才能に疑問を抱いていた。自分は吟遊詩人に向いていないかもしれないと。
しかし、悩んだ末に問題をきちんと理解して悪い所は直す――前に進むため、その理由を聞く事を決意した。
――どんな厳しい事でもいいから、本当の事を教えてください!!
その結果がこれである。
「酒場とかで偶に噂にはなってたんだが、物語の評判は悪くなかった。いくら子供とはいえ、一人もお金を払わないのは何かあるとは思ってたが…… まさか、なぁ?」
「うぅ、もう言わないでください。そんな理由だったなんて…… 次からはちゃんと用意します」
モモンガの半笑いの声がツアレの精神を揺さぶった。
覚悟していた事とはまるで別方向からの理由に、彼女は思わずベッドに倒れこむ。
そのまま枕に顔を埋めているが、チラリと見えた耳は羞恥で赤く染まっていた。
「後はそうだな。そんな事を続けていたものだから、周りの人間は趣味かボランティアでやってると思ってるな。無償で人々を楽しませている、謎の吟遊詩人少女の出来上がりだ」
「そんなっ!? それじゃあ今更入れ物とか出しづらいじゃないですかぁ……」
モモンガのさらなる追い討ちを喰らい、驚きでツアレはガバリと起き上がった。
その声にはどうすることも出来ない無力感が満ちていた。
「今の王国は景気も悪いし、元から吟遊詩人が活動するには向いてないのかもな」
「酷いですモモンガ様…… こんな、こんな事って……」
ツアレは枕を抱きしめながら、上目遣いで隣に座るモモンガを睨んだ。
どんな事でも受け入れる。本当の事を知りたい。覚悟は出来ている。
そう言ったのはツアレだが、やり場のない感情というモノはあるのだろう。
恨めしげな目で見られるが、そんな可愛い睨み方ではモモンガは痛くも痒くもなかった。
「ははは、時間を置くか、一度場所を変えるしかないな。心機一転で再チャレンジだ」
「……分かりました。次は、次こそは銅貨を一枚貰えるように頑張ります!!」
再び目に力を宿し、次なる目標に燃えるツアレ。
やる気に対して妙に小さい目標だったが、水をさす気は無いので何も突っ込まない。
「ああ、頑張れ。問題を改善出来ればきっと貰えるさ」
穏やかにエールを送っているが、内心では誤魔化している事に若干の後ろめたさがあった。
厳密に言えば、モモンガが今まで伝えた事に嘘は無い。ツアレの準備不足も物語の評判が悪くない事も、王国の景気が悪い事も全て本当だ。
だが、あえて伝えていない事もあった。
上手く話を逸らしたが、以前ツアレが言っていた事――人が減った事については触れていない。
(いや、これで良いはずだ。一度貴族に攫われたツアレには辛い話だろうからな……)
モモンガがここ数日、いくつかの酒場を回って聞いたのは犯罪組織絡みの話だった。
何やら犯罪組織の勢いが急激に増して、麻薬の取引や違法な奴隷売買などが活発に行われているらしい。
薬で廃人になった人や奴隷にする為に攫われて消えた人などがいる。そう噂されていた。
挙句に貴族や役人などもその件に絡んでおり、摘発しようとしても揉み消されるため、手が付けられない状態である事も教えられた。
優しいツアレの事だから、こんな事を言えば気にするに決まっている。
貴族が絡んでいるとなれば、過去の出来事と重ねてしまい尚更だろう。
(こんな話はしてもしょうがない。どの世界にも腐った人間はいるものだ。それに王女様のような権力があっても、世の中上手くはいかんらしい……)
――ラナー王女が奴隷廃止の制度を作ろうとしている。
――ラナー王女が孤児院を作ろうとしている。
――ラナー王女が冒険者のために……
酒場ではこの国の第三王女であるラナーの奮闘も噂になっていた。
あまり上手くはいっていないようだが、酒場は相変わらず情報の宝庫だと感心していた。
まるで自分の気になる情報が全て酒場に集まっている――そんな風に錯覚してしまいそうになる程だ。
「ああそうだ。時間を置くついでに帝国に行っていいか? そろそろお金を補充しようと思うんだが」
「また闘技場に行くんですね。良いですよ、私も折角なんでお小遣いを増やします」
「いや、確かに闘技場に行くつもりだが……」
(絶対に負けないギャンブルか…… 出場している俺が言うのもなんだが、これは教育的に見て止めるべきか? でも普段から無駄遣いはしていないし、見方によっては投資と言えるかもしれない。独り立ちした時の資金を貯めているのなら計画的だが……)
ツアレが将来ギャンブルにハマって身を滅ぼす、なんて事にはならないとは思う。
「モモンガ様、どうせ勝つならギリギリの勝利を重ねて下さいね。あんまり圧倒的だと賭けの倍率が下がっちゃうかもしれません」
「普段でも結構手を抜いているんだが…… まぁ、追い込まれる演技でもしてみるよ」
しかし、保護者の立場としてコレを認めていいのか悩むモモンガだった。
◆
バハルス帝国の帝都アーウィンタールにある大闘技場。
今日も観客の歓声と選手の血飛沫が飛び交い、会場は大いに盛り上がっている。
しかし、そんな会場の楽しげな雰囲気とは打って変わった出場選手の控え室。
ガンッと壁を殴り、苛立ちを隠そうともしない一人の男がいた。
「くそっ!! アイツだ、あのモモンとかいう奴に負けてから何もかも上手くいかない!!」
自分の他に誰も人がいない控え室で、額を押さえながら叫び声をあげる剣士――ワーカーチーム『天武』のリーダー、エルヤー・ウズルス。
こんな姿はみっともないと自分でも思うが、以前なら奴隷を嬲る事でイライラを抑える事も出来たはずだ。そう思うと余計に腹が立ってくる。
「ふぅー、こうなると前の奴隷を殺したのは早計でしたね…… あんなのでも私のストレス発散には役立ったのですから」
自分を抑えるようにゆっくりと息を吐いた。
あの試合の後、役に立たなかったエルフの奴隷は三人とも全て嬲り殺した。
あんな物はまた買えばいいと思っていたからだ。
しかし、闘技場で『不敗』の天才剣士として売り込んでいた為、一度負けてからは仕事が激減した。
更にチームの仲間とは名ばかりだったが、奴隷がいなくなった事で以前のように仕事がこなせない。危険を犯しながら一人でモンスターと戦う日々だ。
今まであまり気にしていなかったが、横の繋がりが少ない事も災いした。一時的に他のワーカーと組もうにも、取り分が減る事や仲間を使い捨てにする人物というイメージもあって、ワザワザ自分と組む者はいなかった。
一応、自分と同等の実力を持つ者が少ないという理由もあったのだが。
「くそっ!! せめてもう一度アイツと対戦さえ出来れば……」
不敗の名は取り戻せずとも、更に強くなった証明にはなるはずだ。
そうすれば大口の仕事もまた増える。もう一度お金さえ貯めればまた奴隷が買える。
ワーカーの仕事で役に立つエルフの奴隷――
四人分の仕事の報酬を独り占めしていた頃ならともかく、小さな仕事しか回ってこない今ではそう簡単に買えるものではない。大口の仕事がどうしても必要なのだ。
「天才の私がワザワザ鍛え直したというのに、アイツが出たのはあの日だけだ!! ……ああ、首を落としてそのヘルムの下を晒してやりたい」
あの鎧を思い出して怒りが再燃しそうになったが、そろそろ試合の時間だ。
観客の前で無様は晒せないと、表情を戻して試合会場へ向かった。
「はぁ…… さてっ、今回の相手はどんな奴ですかね」
アイツに一度負けはしたが、それ以前は負けなしだったのだ。それなりに実力のある相手が来るだろう。
少しでも強い奴に勝って、自分をアピールしなければならないと気合を入れなおす。
「さぁ、まず登場するのはこの男!! 天武のリーダーにして天才剣士、エルヤー・ウズルス!! 今回は一人での参戦です!!」
自分の紹介の中に不敗の文字がない事に気が付き、思わず舌打ちが出てしまう。
闘技場のど真ん中で待っていると、次に聞こえてきた紹介で思わず目を見開く。
「対戦するのはモモン・ザ・ラブボーン!! 純白のフルプレートに身を包んでの登場だ!! 事前情報によりますと彼はどうやら
――そんな訳があるか!!
私には分かる。目の前にいる奴の歩き方はアイツと同じだ。
「初めましてウズルスさん。お互いに正々堂々と良い試合をしましょう」
「私が気が付かないとでも思ったのですか……」
「はて、何のことでしょうか?」
「このっ――」
なんて白々しい奴だ。前回も最後に私が刀を振るった瞬間、急に体が動かなくなった。
別の仲間が魔法を使ったか、何かイカサマをしたに違いない。そうでなければこんな奴に私が負けるものか。
勝負開始が間近に迫ったため言い返すのをやめ、代わりに殺意をぶつけながら神経を研ぎ澄ませた。
「……いや、構いませんよ。二度とそんな真似が出来ないよう、その兜を剥ぎ取ってあげます!!」
試合開始と同時に後退して距離を取る。
相手は思った通り、自分が何をするかも分からず呆けている。
「そんな距離をとってどうするつもりだ? その剣でも投げるのか?」
「そんな馬鹿な事する訳ないでしょう。……あの日の屈辱を返してあげますよ。手も足も出ずに負けるという敗北を与えてねぇ!! 武技〈空斬〉!!」
相手との距離が十メートル以上離れているにもかかわらず、エルヤーは剣を振るう。
その直後、モモンの鎧から金属をぶつけ合った様な衝撃音が鳴った。
「ぐぁっ!? 飛ぶ斬撃だと!?」
「その通り。今の私にとって攻撃出来ない間合いは存在しないのです」
相手の悲鳴に思わず笑みが零れた。
傷つき驚く様を見て、自分の精神が高ぶっていくのを感じる。
今のは全力の一撃には程遠い。
――私の気が晴れるまで、このままジワジワと痛めつけてやる。
エルヤーは獲物を狩るハンターのような目つきに変わった。
「くっ、距離さえ詰めれば!!」
「無駄ですよ〈縮地・改〉」
武技を使って距離を維持しながら相手の側面に回り込み、必死に間合いを詰めようと走ってくる相手を嘲笑う。
「ほらほら足元がお留守ですよ〈空斬〉〈空斬〉!!」
「ぐっ、がっ……」
横から飛ばした斬撃が足に直撃し、体勢を崩した所に更に追加の一撃が当たってモモンが膝をついた。
ゾクゾクとする興奮が体中を駆け巡り、体温が上昇していくのが分かる。
相手は無様にも追い縋ろうとし、それを苦も無くあしらう自分。
人を思い通りにする感覚はやはりたまらない。エルヤーはもう既にこれを戦いとは思っていなかった。
(以前とは違い、鎧越しでも十分ダメージが通っている…… 私も随分と強くなってしまったようです。これなら戦闘に使えなくても、ただの玩具として奴隷を買ってもいいかもしれませんね)
今の自分なら一人でも戦える。世の中には自分より下等なものばかりだ。
今までは他種族だけを奴隷にしていたが、なんだかそれも馬鹿らしく思えてくる。
人間にも下等な者は多くいるというのに。
「悔しいでしょうねぇ。貴方の仲間がどこかに待機しているのかもしれませんが、貴方に近づかなければイカサマも出来ないようです」
「くっ、何を言ってるか分からんが、勝負はまだ終わっていない!!」
相手は立ち上がり構えを取るが、自分には滑稽に映って仕方がない。
まだ私が本気でないと知ったらどう思うのやら。
「そうこなくては、武技〈能力向上〉 ……さぁ、耐えてみてください〈空斬〉!!〈空斬〉!!〈空斬〉――」
「がぁぁぁぁぁっ!?」
一段と大きくなった悲鳴と衝撃音。
剣を振るう度に踊り狂う様は、自分が相手を操っているとすら思えてしまう。
相手は無様にも地面に転がり、とうとう死んだかと思った。
しかし、ゆっくりと立ち上がり正拳突きの構えを見せる。
どうやらまだ反撃する気力があったらしい。
「あははははっ!! 貴方の動きなんて遅すぎて私には追いつけませんよ!! その拳は絶対に届かない。魔法でも無ければこの圧倒的な力の差は埋まりません」
「はぁはぁ、そうか――」
「最後にサービスで本気を見せましょう。武技〈能力超向上〉、盛大な悲鳴を聞かせてください。武技〈空斬〉!!」
今の自分に出せる最大の力で技を放つ。
相手の最後の瞬間を見てやろうと、目を開き瞬きもせずに見続け――
――もういいよな?〈
突如視界から純白の鎧が消えた。
そして背後から、内臓が吹っ飛んだと思える程の強烈な衝撃が走る。
(おかしいですね…… まだ、奴の悲鳴が――)
私は勝利を確信したまま、相手の悲鳴を待ちながら意識を失った。
◆
開拓村に住む人達の朝は早い。
リ・エスティーゼ王国にある辺境の村――ここカルネ村でも一人の男が畑仕事に精を出していた。
ボサボサの髪に無精髭を生やした男は慣れた手つきで畑を耕している。
農業を生業とする人達は体つきが良いことが多いが、その男は周りで働く農夫達よりも一段と鍛え上げられた肉体をしていた。
引き締まった体で鋭く鍬を振り下ろす姿は剣士を思わせる程だ。
「やぁ、おはようブレインさん。相変わらず仕事が早いね」
「おはようございます、エモットさん。畑仕事自体は慣れてるんで、真剣にやれば案外楽しいもんです」
額の汗を拭いながら、笑顔で村人と挨拶を交わしている男――その名はブレイン・アングラウス。
彼は自らの剣の才能を確かめるために王都での御前試合に出場し、初戦の相手に手も足も出ずに負けてしまった剣士だ。
元々辺境の村で暮らす農夫だったが、王都での御前試合に出るために実家を飛び出している。
それ故に元の村に帰る訳にも行かず、どうすればいいか途方に暮れていた。
実家に帰る踏ん切りもつかず、王都から帰る途中のエ・ランテルで立ち止まっていたのだ。
「いやー、ブレインさんが来てくれて本当に助かってるよ。こんな村じゃ男手はどこも不足してるからね」
「そんな、行く宛のなかった俺を受け入れて貰って、この村には感謝してるんです。これくらいなんて事ないですよ」
そんな時声をかけてくれたのがこの人――カルネ村に住むエモットである。
ブレインは偶々街に薬草を売りに来ていたエモットに出会ったのだ。そして心配した彼に誘われるまま、何となくでこの村にやって来て今に至る。
普段から世話になっており、ブレインはこの男性に頭が上がらない。加えて心の底から感謝していた。
今の生活を送るキッカケとなったこの人に。
「あの時エモットさんに声をかけて貰ってなかったら、きっと今でもフラついてましたよ」
「そうかい、まぁ君にも色々あるんだろう。でも今の君はこの村にちゃんと貢献してくれている。それは誇って良い事だと私は思うよ」
ブレインは若気の至りを思い出す様に、自嘲気味に笑っている。
そんな彼の過去についてエモットは深く掘り下げず、今の頑張りを認めていた。
だが、周りが認めても当のブレインはまだまだ満足出来ない。
「ありがとうございます。でも俺はまだ、これっぽっちも恩を返せたとは思っていないんです。だから自分に出来る仕事を頑張らせてもらいますよ」
「うんうん、なら時間をかけてゆっくりと答えを出せば良い。この村にこのまま定住してくれても勿論歓迎するよ」
エモットとの談笑も切り上げ、ブレインは再び仕事に戻った。
畑の雑草を毟り取り、村で使う薪を割る。休憩がてらに子供達と遊んだり、人手が足りない家の手伝いをする。
剣を握っていた時に見せた鋭い目付きはどこにも無い。
村での生活は質素だが、充実した日々だ。
「人の幸せってのは身近な所にあったんだな。天才だと自惚れてたあの頃が嘘みたいだ……」
ロクに剣の練習もせず、それでも村で一番強かった自分。
必死に訓練している奴がいる中、ちょっと見ただけで武技だって誰よりも早く使えるようになっていた。
――俺は畑仕事なんてやるべき男じゃない。
地元にいた時は周りを内心馬鹿にして、いつも仕事は手を抜いていた。
――俺は周りとは違う。
剣さえあれば何とかなる。俺は強い…… そう、思い込んでいた。
だが本当は――
――俺に剣の才能なんて無かった。
自分より強い奴なんて幾らでもいた。ちょっと大きな大会に出れば、俺なんて初戦すら突破できない。
俺は井の中の蛙、ただの凡人だと気付かされた。
「俺はその辺の村で偶々一番強かっただけに過ぎない――」
自らの驕りが消えた今、周りで懸命に畑を耕す彼らが輝いて見えた。
生きていく為に必死に働く姿に憧れた。
「――だがまぁ、この村でやってくには十分すぎるよな」
彼の顔にあるのは過去への未練ではなく、前向きな意思がこもった笑顔。
自分に出来ることを精一杯やっていこうという未来への希望。
類稀な才能を持った剣士、ブレイン・アングラウス。
勘違いで剣の道を捨てた男。
彼は剣ではなく鍬を握り、この村で第二の人生を歩み始めていた。
◆
「ああぁぁぁ!! アイツ何しやがった!! 何故私が敗者として扱われなければならない!! クソがぁぁぁぁぁ!!」
人気の無い路地裏で怨嗟の声を上げる人物――いつのまにか負けた男、エルヤー・ウズルスである。
あの後意識が戻ったエルヤーは、試合の結果を聞かされて激怒した。
あの状況から自分が負けたと言われても納得がいかなかったのだ。
自分が勝ったはずだと騒ぎ続けた結果、闘技場を追い出されて出禁になった。
「いつか必ず殺してやる。私の目の前に這いつくばらせて――誰です?」
恨み言を吐き続けていたが、人の気配を感じて振り返る。
こんな所にいるやつがまともな訳がない。鬱憤ばらしに斬り捨てようかと思ったが、相手がその前に声を出した。
「や〜ねぇ、そんな怖い顔しないで。素敵な顔が台無しよぉ」
そこにいたのは派手な格好をした線の細い男性。
なよっとした雰囲気にオネェ言葉が合わさり、どう見たって怪しい人物だ。
「まぁ、警戒してくれても構わないわ。私は貴方をスカウトしに来たの」
「スカウト?」
一瞬ワーカーとしての仕事の誘いかと思ったが、相手の言葉でそれも違うと悟る。
「元々この国には視察に来ただけ。でもまさかこんな所で逸材に会えるとは思わなかったわ。天賦のリーダー、エルヤー・ウズルス。貴方、人を服従させるのが好きでしょ?」
「何が言いたいのですか?」
こちらを値踏みするかのように話しかける男。癪に触る言い方だが、こちらの核心を突いてくるため聞き流せない。
「私の下で働かない? ちょうど腕の立つ護衛が欲しかったのよ。これでも大きな組織で奴隷部門の長をしているわ。報酬には貴方の望む奴隷が好きなだけ……」
「大きな組織の奴隷部門…… それは素晴らしい!! ですが、それだけでは足りませんね」
以前の自分なら十分と言える報酬だが、今必要なものが後一つ足りない。
相手は一瞬驚いたような顔をしたが、にんまりと笑ってこちらの言葉を待った。
「私が強くなれる装備品、マジックアイテムも用意してもらいましょうか」
「うふっ、欲張りね…… でもそういう男は嫌いじゃないわ。いいわ、その条件を飲んであげる。その代わり、それに見合うだけの働きはしてもらうわよ?」
目の前の男は嬉しそうに手を差し出す。
こちらもそれを握り返し、相手はこちらを知っていたが改めて名乗った。
「交渉成立ですね。では改めて、私の名はエルヤー・ウズルスです。これからよろしくお願いしますよ」
「以前のワーカーチームの名前を使うのもあれだし、二つ名を付けるとしたら…… 天賦の才を持つ剣士、
「天剣…… 良い名前です。それで、貴方の名前は?」
「私の名前はコッコドールよ。私たちの組織に歓迎するわ――」
――ようこそ、八本指へ……
このペースだと五年経つのに時間がかかりすぎるので、このあたりから物語内の時間をどんどん早めていくつもりです。