タミヤ MM345 1/35 パンターD型 \4,200 (+税)

タミヤはこれまでに幾つかのパンターをキット化していますが、今回のD型は完全新金型です。最先端の金型技術を投入して素晴らしいモールドに仕上がっているのはもちろんですが、設計方針もこれまでのパンターとは大きく舵取りが変わったキットです。

ちょっと前まで、タミヤに限らず「小さな模型にする場合、実物の持つ特徴を誇張した方がよりリアルに見える」と言う考え方がメーカーでもユーザーの間でも支配的でした(現在でもジャンルによってはその方が良いケースもあるでしょう)。しかし、少なくとも現在の1/35AFVにおいては、実物の戦車を採寸し、なるべく忠実な寸法で再現する設計が好まれるようになってきたのです。モデラーの嗜好が多様化する中で、実寸主義が一番中立的な立場であり、ユーザーに受け入れられやすいポジションになったという事ではないでしょうか。

タミヤが過去に出したパンターA型、G型はいずれも大変組みやすい名キットで、仕上がった姿も格好が良いのですが、ふたつとも「格好良く見せるためのディフォルメ」が掛かったキットでした。これに対しタミヤの新しいD型は、現存する実車を徹底取材し、実物の寸法を忠実に再現したものです。また、過去のパンターが「完成後は見えなくなるから」と同じ太さで表現していたサスペンションアームにしても実物と同じく3種類の異なる太さで再現しています。

これまでタミヤは年少者に配慮して、あまりに細かい部品やディティールは省略する手法をとることが多かったのです。しかし、このキットでは、金型技術の進歩に伴い、これまでのタミヤを超える極めて高い解像度でパーツが設計されています。例えば、前部マッドフラップの継ぎ目にある蝶ネジです。これまでのタミヤであれば、これは省略するか、単なる突起にしていたでしょう。しかし、このキットでは詳細に蝶ネジが再現されています。また、前作のラングから採用されたように、工具のクランプ(車体への固定具)の取っ手なども再現されています。各部に施された圧延鋼板や鋳造表現も実にリアルです。
しかし、そのことによって組み立て難易度が上がっている部分は一切無く、これまでタミヤのキットに親しんできた方ならなんの不安もなく組み立てて頂けるでしょう。それどころか、ゲート位置の工夫など「そこまでやりますか」と言うくらいのこころにくい配慮が為されています。

精密感と組みやすさ、考証の確かさが高いレベルでバランスが取れており、随所に仕込まれた設計者のアイディアも光ります。タミヤMM史上屈指の名作キットであることは間違いなく、個人的にはベストと言いたいくらいです。

※右側面の履帯用ワイヤーは、使用したキットがサンプルだったため付属していませんでした。見本は伸ばしランナーから自作したものです。

少し前のタミヤから導入が始まった、本物の人間を3Dスキャンして製作されたフィギュアも素晴らしい出来です。
キューポラから視線の高さまで頭を出した車長と、僚車の車長が周辺を窺いながら戦闘前の打ち合わせをしている姿が、まるで記録写真から抜け出てきたように再現されています。
当時のドイツ戦車は優秀な無線機を搭載していましたが、車両間の会話は暗号化されておらず、また通信量の増減で戦闘の開始時期が察知されてしまう危険があったため、こうした打ち合わせは直接会って済ませることが多かったのです。



パンターはスカートの有無で雰囲気が大きく変わりますが、サイドスカートは完成後も取り外す事が可能です。スカートは一体化されており、パーツだけ見ていると「大丈夫かコレ」と思いますが、組み付けてみると実に「らしくなる」タミヤらしい設計です。


車体機銃用のマシンガンポートと機関室ハッチ以外のハッチは可動式で、完成後も開閉を楽しめます。



※見本は別売の「金属砲身」「エッチングセット」「連結可動履帯」を全て使用した状態です。
※スモークディチャージャーや排気管、OVM取付金具のパイプなどはピンバイスで軽く浚っています。



タミヤの再現したパンターD型は、クルスクの戦いに投入されたパンターの典型的なタイプを再現しています。この時期のパンターはボッシュライトが2個あるのが目立つ点で、その他にもその後の生産車と比べると異なる点がいろいろありますが、タミヤは詳細な実車取材により忠実に再現していますので、特に資料がなくともそのまま組めば大丈夫です。



ディテールアップパーツ No.64 パンターD型金属砲身セット \1,200(+税)
現在の金属砲身相場では平均的な価格の製品です。おそらくサードパーティーからはもっと安い価格の砲身が出るでしょうが、タミヤの製品は品質的にはトップクラスであり、高価格金属砲身に一歩も引けを取らず、実はお買い得です。砲尾のパーツが付属し、砲身を上下すると歯車が連動するギミック付きです。


ディテールアップパーツ No.66 パンターD型 エッチンググリルセット \700(+税)
ステンレス製のエッチングセットは精度が高く仕上がる一方、折損しやすく、初心者には扱いにくい欠点がありました。しかし、このエッチングセットのステンレスは柔らかい素材を採用しており、実際、ビックリするくらい柔軟です。また、編み込み表現も為されており、価格もリーズナブルで、フトコロに余裕がある場合はぜひ購入するべきです。

機関室のエアインテイクや排気口、ラジエーターグリル上部には異物が入るのを防ぐために金網が張られています。メッシュを再現すると簡単に精密感が高まるため、ディティールアップの定番と言って良いでしょう。
機関室の上は随伴歩兵にとって定番の立ち位置であり、乗員も整備のため機関室上面を頻繁に歩き、軍靴で踏みつけたので、実物の金網はボコボコに凹んでいます。このセットならこれを簡単に再現できます。


ディテールアップパーツ No.65 パンターD型 連結式履帯セット \1,900(+税)
プチ嵌め式の連結可動履帯です。簡単に組み上がりますが、出来はご覧の通り非常にリアルで、お買い得です。見本はキット指定通りの枚数(片側85枚)で組んだものです。誘導輪の位置が5段階で調節できるようになっているので、お好みでテンションを決められます。見本は組立説明書の指示位置(センター位置)で組んだ状態です。


実車も履帯は時と場合でテンションを換えています。履帯を緩ませると外れやすくなりますから高速では走れません。一方、不整地のように転輪のスイングアームの振り幅が大きくなる場合は、テンションが高すぎると履帯が切れてしまいます。戦場写真でも様々なテンションになっているのが確認出来ます。強いて言うと、第四転輪の頂部で履帯が接するように組むとバランスが良いかもしれません。

組み立てに際しては、先にセンターガイド部を切り出し、ランナーに付いたままの履帯本体に接着するとスムーズに作業が進みます。
嵌め込みには少し慣れが必要です。履帯の両端を持ち、同じ力で同時に両方のピンを押し込むとうまく嵌まるようです。加減が悪いとピンが潰れてしまうことがありますが、キットには予備が10枚入っていますので、神経質にならなくても大丈夫です。
この履帯はABS樹脂製です。接着は普通のプラ用接着剤で構いませんが、ガンプラなどとほぼ同じ素材ですので、ラッカー溶剤やエナメル溶剤が大量に付着するとクラックが生じてパーツが割れる場合があります。塗装やウェザリングは水性塗料と水性シンナーで行うようにした方が良いと思われます。
また、嵌め込み式ですので、完成後も力が掛かると外れやすく、モーターライズ化を考えている方にはお薦めできません。

【クルスクの戦いとパンター】
スターリングラードでドイツ第6軍を包囲し、その勢いで冬季攻勢に転じたソ連軍ですが、名将マンシュタインの反撃により、ウクライナの要衝ハリコフの奪還に失敗し、クルスクが大きく突出した形で春の泥濘季を迎えました。
ドイツ軍は、泥濘季の終わりと共にクルスク突出部を両側から速やかに挟撃することを計画します。
しかし、ヒトラーは、むしろソ連軍が結集し終わったところを一挙に壊滅して大戦果を挙げることを画策します。そのためには質的優位が不可欠と考え、ティーガーやフェルディナント、そして量産に入ったばかりのパンター戦車の数が十分に揃うまで戦いを延期しました。
以前は、このヒトラーの兵器ヲタク的選択が失敗の最大の原因と言われていましたが、最近の研究ではヒトラーは作戦延期によるリスクを十分に理解しており「作戦のことを考えると胃がひっくり返りそうだ」とグデーリアンに語ったことが明らかになっています。
実は当時、中立国トルコはイギリスと急接近していました。トルコが連合国に付くと、ドイツの生命線であるルーマニアの油田が危機にさらされることになってしまいます。ヒトラーが戦いを延期したのは「急襲による手堅い軍事的成功」より「華々しい大戦果を目の当たりにしたトルコが中立に留まる」ことを選択したからでは無いか?と考える研究者も居ます。この説を唱える方は、作戦直前にトルコ軍の高級参謀に(作戦企図の暴露の危険性が高いにも関わらず)第503重戦車大隊の演習を見学させていることを傍証として挙げています。

パンター戦車は、T-34に対抗するために開発された新型主力戦車です。それまでのドイツ戦車デザインと違い、傾斜装甲を採用したため、大きく印象が異なります。火力と装甲と機動力が高次元でバランスし、しかも製作価格はIV号戦車の20%増しに過ぎず、ティーガーの半額以下という理想的な戦車になるはずでした。
しかし、設計終了直前になってヒトラーがもう一回り厚い装甲を要求したため、全体のバランスが崩れてしまい、信頼性が低下するとと共に、生産が遅延する原因となりました。

クルスク戦では、パンターは新設した第51装甲大隊と第52装甲大隊からなる第10装甲旅団で集中運用されました。大隊はそれぞれ100両のパンターを装備していましたが、これは通常の大隊の2倍であり、極めて強力な打撃部隊として、第四装甲軍の尖兵となることを期待されていました。
しかし、前述の重量増加から生じた様々な不具合や、新兵器にありがちな小児的問題から、訓練中も実戦でも機械的トラブルが続出しました。また、新設の装甲大隊は既存の装甲連隊から兵員を抽出する形で編成されたのですが、前年の大損害から再建中であった各装甲部隊は、ベテランを送り出すことを厭がり、部隊は経験の少ない兵士や新兵の比率が高くなっていたのです。
結果として、作戦開始からわずか5日で行動可能なパンターは僅か10両になっていたと言われています。190両のうち、全損したものは少なく、地雷原で立ち往生したか、機械トラブルで作戦に参加できなくなっていたのです。
このような状況にありながら、正常に稼働したパンターはそのポテンシャルを遺憾なく発揮しました。ソ連戦車はパンターの正面装甲を撃ち抜くことはできず、対戦車戦闘で撃破されたパンターは少数に留まった一方、パンターは総計140両の敵戦車を撃破しました。しかし、その期待に見合う働きをしたとは到底言えるものではありませんでした。クルスクの戦い自体もドイツに利無く、作戦は中止されました。

しかし、これはパンターという恐るべき傑作戦車の序曲に過ぎませんでした。クルスク戦での戦訓を活かした改良型が投入され、ベテラン戦車兵が搭乗したパンターはめざましい戦果を上げるようになります。最終的には戦後の連合国によって「第二次大戦中最優秀の戦車」の評価を勝ち取ることになるのです。

クルスクに投入された極初期型のパンターですが、現地で不具合を改修することが難しいと判断された個体はドイツ国内に送り返されました。そして、多くは訓練戦車としてドイツ国内で使用されたのです。しかし、戦争が進み、ドイツ国内で戦いが発生すると、これらの訓練戦車も再び前戦に投入されました。このため、PanzerWrecksなど末期戦を扱った写真集では、多くのパンターD型がドイツ国内で遺棄・撃破されているのを見ることができます。また、中には、砲塔や車体をA型やG型と交換したキメラ車体も見ることができます。このパンターはクルスク戦だけでは無く末期戦にも使用できる、実に面白いタイプだと言えるでしょう。