ホグワーツと月花の狩人   作:榧澤卯月
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青い秘薬

医療教会の上位医療者が、怪しげな実験に用いる飲み薬
それは脳を麻痺させる、精神麻酔の類である

だが狩人は、遺志により意識を保ち、その副作用だけを利用する
すなわち、動きを止め、己が存在そのものを薄れさせるのだ



青い秘薬

 毎晩の日課には、鍛錬ともう一つがある。校内の踏査だ。ビルゲンワースの源流たるホグワーツ。未だ続いているらしい上位者の研究を打ち破る為には、こうした地道なことから始めなくてはならない。

 日中、校内で灯りを発見したとしても、即座に使者と契約を交わすわけにはいかない。灯りは狩人以外には見ることが出来ない。学友が頻繁に何もないところで屈んでいれば、心か腹を病んでいる様に思うだろう。その為、夜間にしか寮を抜け出せない、ということだ。

 学則では、天文学の授業を除き、夜間外出は認められていない。風紀を守る為とのことだが、悪戯と称した学閥抗争で呪いをかけあうこの学び舎で何の風紀があろうか。

 男子生徒は反骨精神、あるいは助平心によって夜間外出に怪しげな期待をしていたが、幼稚なことだ。女子生徒の躰を舐める視線に気づかないとでも思っているのだろうか。

 上級生女子の中には、それが分かっていて態ときわどい姿勢を取る者もいた。尼僧の如き副校長には汚物を見る目を向けられていたが。

 副校長と修道服の組み合わせを想像すると、この上なく似合った。ハッフルパフの亡霊、太った修道士がそうである様に、宗教者と魔法とは必ずしも相反するものではない。信仰の為した奇蹟は、真であるのか、魔法であるのか。病人の為に癒しを施せば、たちまちに異端として磔にされる時代があったのだ。教会に身を置き、信仰に因る奇蹟としてそれを施した方が、都合が良い。

 

 ダフネが寝静まるのを見て、青い秘薬を飲み干す。上位者の血から精製される秘薬は、上位者に身を近づける薬効を持つ。故に、精神と肉体が分かたれ、尋常な者であれば麻痺を起こす。しかし、狩人であれば、脳ではなくその血に宿る意思を以ってその不浄の肉を動かすことが出来る。

 上位者ともいえず人とも言えぬ肉。曖昧とは、秘匿である。隠し街ヤハグルが如く、現世と常世の狭間にあるヤーナムが魔法使いからも秘匿されていることと同じ様に。ヒトに近しき上位者の落とし子アメンドーズは、蒙を啓かねば見ることが出来ず、しかし、確かにそこにいることと同じ様に。

 赤い月が現出し、悪夢と一体となって初めて姿なきオドンが女を孕ませたことから分かるが、上位者は常世にのみ存在する。アメンドーズは曖昧であるからこそ、常世と現世を繋ぐ階となっているのだろう。メンシスの悪夢たる教室棟へも、狩人の悪夢へも、アメンドーズの導きによって辿り着いたのだ。尤も、では現世の存在であるはずのゴースは何故ビルゲンワースに狩られたのか、という疑問が生じるが、父王の原初の記憶から数十年も昔の事、その答えを記した記録はない。

 

 探索自体はそこまで難しいものではない。罠や隠し道の前には遥かな先輩の狩人達が遺した手記がある。ボーン家以外にも狩人はいるが、家格がどうこうと言って、恭しく接してくる。お兄様に敬意を払うならばともかく、下級生にまでその様な態度は止めて欲しい。ここは地獄の学び舎であり、同じ狩人であれば、上下関係などない。諸共に死ぬべき関係であるべきだ。

 周りがこういう環境であったからこそ、血に拘らないグレンジャーと、血に臆さないダフネには感謝している。どちらも偶に小馬鹿にした態度を取ることはいただけないが。

 本日は城の東側に向かう。4階廊下が禁忌とされている為、後回しにしていた。

 狩人の掟として、未知の土地には独りで行かなくてはならないというものがある。先達と共に行けば必ず、どこかに油断が生じるからだ。狩人の共闘とは、依存ではなく共存でなければならない。足手纏いを連れて狩りをすることも、寄生して狩りをすることも、双方の死を招く。鍛錬の為といった精神論ではなく、合理性に基づいた掟だ。いかな上位者の血を持つボーン家でさえ、殺されれば死ぬのだ。血を流すものは皆傷付ければ死ぬ。殺せぬ道理などない。

 

 外に通じる隠し道は多い。それもそのはずで、攻め入られた時に退路と敵の進入路が同一であれば、畢竟死ぬことになるのだから、隠された退路を用意しておくことは当然である。魔法界が非魔法族に秘匿され、外敵がいなくなった今でもこの様な魔境なのだ。築城当時の苛烈さは想像もつかない。赤蜘蛛がエントランスに犇めいていたのだろうか。あるいはあの忌まわしき裸体の巨人が転がり回っていたのだろうか。狩猟犬と人喰い豚が跋扈する、あの聖杯の庭園が再現されていたのだろうか。考えるだに恐ろしい。

 

 しばらくして、上階で何かの割れる音がした。他にも校内を徘徊している人間がいるらしい。この騒ぎを聞きつけ、教師や監督生らが大挙してくるだろう。青い秘薬は完全に秘匿するものではなく、足音や衣擦れを消すわけでもない為、注意深く見る者には気付かれる。また、仮に見つからなかったとしても、寮内で点呼を取られれば、外出していることはすぐに露呈するだろう。今晩はここまでか。

 最寄りの灯りから一度ヤーナムに戻り、それから自室に移動した。幸い、睡眠の深いダフネは騒ぎが聞こえなかったのか、落ち着いた寝息を立てたままだった。ダフネは整然とした寝姿であり、周りに花を敷き詰めれば、永久の眠りについている様である。そのくせ、目が覚めた直後は非常に機嫌が悪く、無理に起こせば、見る者を凍り付かせる邪眼が開く。夫となる者は覚悟せよ。

 

 

 翌朝。朝食のテーブルには普段にいや増してまとまりのない髪のグレンジャーが現れた。最早獅子寮で食べる事すら許されない程嫌われているのだろうか。憐れなことだ。

 グレンジャーと敵対と言える程嫌い合っているパーキンソンはマルフォイの傍に侍っている。ブルストロードもまた同様だ。どうやら、昨晩の騒ぎはポッター達がやった事で、マルフォイはポッター達を嵌めたらしい。確かにマルフォイは夕食の時間、ポッターとウィーズリーに絡みに行っていた。いつものことであるから大して気にもしなかったが、気にしたところでくだらない理由だろう。

 ダフネはもう諦めたとばかりに、グレンジャーに席を勧めた。

 

「ねえマリア、ダフネ」

「おはよう、グレンジャー」

「あぁ、そうね。おはよう。それでね、ちょっと訊きたい事があるんだけど」

「食事中だ」

「見れば分かるわ」

「朝食とは英国で最も美味しい食事の時間だ。食べ終わってからにしてくれないか」

「あら、マリアはお菓子だけ食べているのかと思ったけど」

「数ある中で最も優れているからこそ、価値が生まれる。そうだろう? 生徒が1人だけの授業で最高得点を獲ることになんの意味がある」

「グレンジャー、貴女もまだ食べてないでしょ。羊皮紙を食べられるって言うなら好きにすればいいけど」

「そうね、じゃあバケットを取って」

 

 フクロウが飛び交う中、朝食を終え、ミルクティーを注いだ。

 

「それで?」

「マリアは魔法動物にも詳しいの?」

「ある程度の事であればな。専門は獣であって、動物ではない。その道の人間には劣るだろうな。例えば、ドラゴンテイマーであれば、ドラゴンの鳴き声を聞いただけで品種や産地が分かるらしいが、私にはできない」

「じゃあ、3つ首の犬って何か分かる?」

「「ケルベロス」」

 

 声が重なる。この程度であれば、特に狩人や魔法動物学者でなくとも分かる。グレンジャーが分からなかったのは、単純に魔法族生まれではないからだろう。

 

「ダフネも分かるの?」

「幻の動物ではないし、ギリシア辺りにブリーダーがいるから。けど、突然どうしたの? 強盗でもするつもり?」

「強盗?」

 

 グレンジャーが眉を顰める。

 

「ケルベロスは番犬だ。双頭の犬をオルトロスという。どちらも蛇のたてがみを持ち、1頭ずつ交代で眠る為に、不眠不休で大切なものを守る」

「そう。だから、あんまり普及はしていないけれど、強盗対策に使われるかな」

「どうして普及しなかったのかしら」

「餌代かかるから。防犯だったら、魔法をかけた金庫にでも入れればいいし、大切なものが犬臭くなったら嫌でしょ。その、トイレの処理だってあるし」

「それに、調教が不十分な個体は飼い主すら攻撃するからな。稀に手に負えないからと魔法省から駆除依頼がかかることがあるな」

「駆除?」

「ああ。どこにでもいるものだ。好奇心で飼ってみたはいいが、育てきれなくなって野生化させる素人が。非魔法族もそうだろう? 淡水サメやワニがゴルフ場や下水道で発見されるだろう」

 

 扱いきれないというのであれば、ロングボトムの蛙もそうだろう。せめて自身で殺処分することが飼い主の責務だろうが、あれにその様な責任感も覚悟も見受けられない。同じ事を考えたらしく、グレンジャーは苦い顔をしていた。

 




聖歌隊マリアと修道院長マクゴナガルによる、天使ダフネにラブソングを。
教会の黒装束は教会の下級構成員の装束。血の聖女のアデーラが黒を着ているので、医療教会にとっては血の聖女なんてクスリの売人程度の扱いなんでしょうね。血の聖女アデラインも被験体ですし。
校長ならこんな時、愛じゃよって言うでしょうなんて言う割に、スネイプ教授ですらドン引きするハリー屠畜計画を伝えられておらず、校長は「情が移ったか」なんて言うド畜生であることを理解していない副校長は不死鳥の騎士団の末端構成員でしかありませんね。

そう言えば、魔法省は客用とはいえ入口に電話ボックスを使っている癖に、何故ウィーズリー氏は電話の事が分からないのか。
脳嚙ネウロの作中に、旅先を(田舎のくせに)結構栄えてるじゃん!っていう、ナチュラル上から目線の話がありましたけど、ああいう感じかなと。ナショジオとかディスカバリー見て、先住民スゲーなって言ってる感じ。マグル舐めんな。

ゴース考察は割と諦めています。
実験棟でゴースの血を使っていたとするならば、メンシス学派のトップであるミコラーシュがゴースの死亡を知らんわけでもないでしょうから「瞳寄越せ、おしゃべりしようぜ!」って言ってる事がおかしくなる。
ですが、使われているのは変態するとふさふさ系になるヤーナム・ローランでも、ブヨブヨになるイズでもなさそうです。
失敗作たちは確かにブヨブヨですが、星界からの使者とも違いますね。同じ神秘を使うから、宇宙由来ではありそうです。
また、ヤハグルの狭すぎた棺や再誕者などはルドウイークに似ていますが、ふさふさでもブヨブヨでもありません。
そこから、実験棟ではブレンドした血を使っていたんじゃないかと思いました。

ローランの血は灰血病、つまり血のみが上位者になる病気を生み出します。
ヤーナムの女王の血は、上位者の赤子を孕んだただのトゥメル人の血である為、人に馴染みますが上位者の神秘には近づけない。
エブたその血は神秘は授けてくれますが、ブヨブヨしちゃう。しかもなんかエブたそって上位者としては眷属なのでランク低いっぽい。
実験棟が存在していた段階でロマがいたとは思えません。いたらローレンス達はビルゲンを離れることはなかったでしょうから。
ゴースの血は最も人に馴染んでいたでしょう。最初から漁村は魚人だらけであれば、とっくに調査対象になっているはずです。
恐らく、ゴースの血は、何かを融合させるという特性を持っているのでしょう。海から来たりし上位者ゴース。そして大量の水は覆い隠し、海はすべてを受け容れる。そこからすれば、多数の屍が融合した様な再誕者にも、馬と融合した様なルドウイークにも、あるいは禁域の森の蛇玉にも納得がいきます。
ですから、ビルゲンワースが保存していたゴースの血を繋ぎにして、人と上位者との融合を図ろうとしたのではないかと。そして、ゴースの血が枯渇して、実験続行が出来なくなったために、メンシス学派は上位者の住む悪夢に行って、そこで直接合体しようとしたのではないかと。
じゃあなんでゴースの血だけで上位者になれんのよというと、それは三本の三本目を求めたことがヒントになるかと。ゴースの血という接着剤があったところで、繋ぎ合わせるものが無ければ意味を為しません。上位者の血が少なくとも3つ入り混じることが必要だったんじゃないでしょうか。
 
⇒読み返していて、ミコがゴースの死亡を知らんのに何でゴースの血を使ってんだよ。という矛盾に気づく。ゴースの血であるとは知っているけど、ゴースがどうなっているのかは知らんし、知る気もないと言うのはあまりにもミコが馬鹿すぎる。
なので、ミコは単純にどうにかして上位者になりたかったので悪夢を目指した。けれど、単なる末端研究員に過ぎないミコはゴースについての情報を、「昔ビルゲンワースの学徒が見えた上位者」程度にしか知らない。諦めた上層部を見限った構成員たちがミコを中心にメンシス学派を立ち上げたとすれば何とか修復可能?


私的ブラボ時系列
1.ビルゲンワースがトゥメル遺跡にてヤーナムの女王を発見
2.ゴースという名の上位者を崇める漁村を発見
3.ゴースを覚知しているだろう住民を開頭手術
4.住民の祈りに応えてゴース現出、自分の血を浴びた者に呪い(遺志)をかけて死亡。ゴースの意思は臍帯を通じて遺子に継がれる
5.結局何も見つからなかったので、ウィレームが後悔し、血の研究を凍結
6.ウィレームの意向を受け、一部の学徒がヤーナムの女王を貴族であるカインハーストへ隠匿(自衛力がある為カインハーストを襲撃出来ないと考えた)
7.トゥメル人らを中心とする処刑隊がカインハーストを襲撃。ヤーナムの女王を奪還
8.ローラン遺跡を発見。上位者は未発見なるもそこらの獣からローランの血を回収
9.ローレンスら、ヤーナムの女王ごとビルゲンワースを離脱
10.ヤーナムにローランの血由来の灰血病蔓延
11.最先端医療の実験棟設立。ヤーナム女王由来の血の医療が発足
12.医療教会がビルゲンワース周辺を禁域指定
13.ヤーナムに獣の病が蔓延
14.ルドウイークが教会派狩人より離脱。それに伴い、ヤーナム工房勃興
15.時計台のマリアが出産。漁村の惨劇と獣の病の原因を知った後自死
  ※16までにカインハーストの子等がエーブリエタースを発見。聖歌隊として改編
16.ゴースの呪いがマリアによって狩人の悪夢として現出。実験棟と漁村が消滅
17.ゲールマンが教会派狩人を離脱
18.実験棟消失により、上位者に直接触れられる悪夢を求め、メンシス学派が発足
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30年くらい時間が経過
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20.ゲールマンが月の魔物と邂逅。助言者化
21.ゲールマンを失い、旧市街で獣の病が致命的なレベルまで蔓延
22.旧市街焼き討ち。デュラ世代古狩人の大半が狩人の悪夢堕ち。アイリーンやガスコインが活躍
23.ビルゲンワースが22によって出現した上位者から瞳を植えつけられる。ロマの眷属化
24.メンシス学派が秘儀を開始
25.月の狩人到着

流れはこんな感じかなと。

旧市街焼き討ち以前に狩人の夢は出来ていなければならず、かつ、永遠に時間が繰り返される夢の中でゲールマンが歳をとるとも思えないので、マリアの死とゲールマンの助言者化は時間がかかると思います。

ゲールマンはカレル・ゲールマンという名前何じゃないかなと思ってます。
狩人の徴は永劫の罪を重ねよというゴースの呪いの声。それを見出した原初の狩人。
ビルゲンワースはそのカレルの文字を研究し続ける。
ゲールマンが狩人としてビルゲンワースを離れても、上位者の声を文字化する研究を続ける。
その内に、忌まわしきカインハーストの血に因らない術を求め、マリアがゲールマンの下へ。
ゲールマンはその血を研究材料としたが、それによってマリアが自死したことに絶望して、教会を離脱。
ゲールマンは狩りの中で聞こえる上位者の声を書き取り続ける。彼の祈りの為に。
マリアを模した人形に命を吹き込む事を祈るゲールマンの声に応え、月の魔物が出現。
マリアと上位者の特別な赤子を殺害したことから、上位者の怒りに触れたゲールマンは血に酔っていないにも関わらず夢の住人に。
そして、祈りに応え、夢の中で人形は動きだすも、所詮は人形、マリアではない。
それどころか、ゲールマンの妄執を受け、人形は灯りを用い、鬼灯(ほおずき)として悪夢に表れる様になる。
またも絶望したゲールマンはマリアへの罪に苦しみながら、上位者への贖罪を続ける。

そんな悲恋があってもいいんじゃないですかね。

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