ホグワーツと月花の狩人 作:榧澤卯月
<< 前の話 次の話 >>
開心術
見えぬ心を解き明かす魔法
心が見えぬが故に伝える術を学ぶ
心が見えぬが故に言葉を交わす
見えぬ事は幸いにして、障りである
甘い物にも、鎮静剤にも頼るつもりはなかった。悲しみも、怒りも、薄めてはならない様に思えた。談話室に戻ると、誰もがトロールを殺したことへの称賛を口にしたが、それも結局、虚しさを際立たせるだけだった。
冷え切った11月。木々が葉を落とし、宿木が僅かな緑を残すばかりとなった山々は、皮膚をはぎ取られた獣に似る。お兄様やお姉様が興じるクィディッチのシーズンであるというのに、心は浮き立つことが無かった。
「また、だね」
「ああ」
ハーマイオニーはトロールの件以後も変わらず接してくれたが、ポッターとウィーズリーの傍にいることが多くなった。彼女が何を思い、赦し、そうしているのかは分からない。だが、彼女がそうすると決めたのであるから、口を挟むこともない。たとえ、彼らが未だにハーマイオニーへの仕打ちを心から反省していないとしても。その事実を伝えることは彼女をどれだけ傷付けるだろうかと考えれば、甘い嘘に塗れていた方が、彼女の為ではないか。いや、ではそれが露見した時にはどうなるのか。負う傷はより深くなるのではないか。考えれば考える程、心が曇天の様に濁っていく。
今日も3人は寄り添って歩いていた。そこをスネイプ教授が通りかかり、何かを没収した後、こちらに歩いてきた。
「こんにちは、先生」
「ボーン、グリーングラス。校長がお呼びだ。放課後、校長室前に来る様に」
「はい」
「その様に」
脚に怪我でもあるのか、スネイプ教授は脚を引きずって歩いて行った。
「何だろうね」
「報告会、というものだろう」
「そっちじゃなくて、寮監の脚」
「気になるが、聞いて教えてくれるとも思わないな。それに、聞いたところでどうしようもない。ホグワーツの教員が怪我をし、直ぐに治す事の出来ない事態に生徒がどう対応する」
「それもそうだけど、気にするなら勝手でしょ。魔法薬の研究かな。実験で亡くなる方もいらっしゃるし」
「さてね。そこまで気にするのであれば、労ってやればよかったものを」
「媚びを売ってるみたいで嫌じゃない。魔法薬は実力でいい成績をとりたいの」
その言葉通り、ダフネの魔法薬学の成績は上から五指に入る様になっていた。スネイプ教授が仰った通り、お兄様は魔法薬学に秀でていたため、談話室で質問をしているのをよく見かけた。
ダフネはスネイプ教授の事を、人間としては好きになれないが、ポッターを嫌っているという一点でのみ、信用しているという。厳格な副校長ですらポッターに箒を贈るのに、最初から今に至るまで常にポッターを嫌い続けているという寮監の態度の一貫性は信用できるということだった。それもどうかと思うが、一応は筋の通る話だとも思った。
「もうお着きだったのですね。お待たせ致しました」
「構わん――レモンキャンデー」
スネイプ教授がガーゴイルに告げると、道を譲った。背後にあった壁は左右に裂け、その奥には階段が続く。階段に足を掛けると、エスカレーターが如くうねりながら上階へと誘った。最果てには樫の扉があり、グリフィンを象ったドアノッカーがついていた。スネイプ教授はそれを使うことなく、手でドアをノックした。
「校長、ボーンとグリーングラスを連れて参りました」
「ご苦労じゃった」
扉の奥から声がかけられ、扉は自然に開かれた。
そこは円形の部屋で、統一性のない家具や奇妙な小物に溢れていた。おそらくは、歴代の校長たちが持ち込んだものが、そのまま遺されているのだろう。
「ダフネ・グリーングラス。グリーングラス家が長女。お呼びに参じました」
「マリア・アイリーン・ボーン。参りました」
「そう堅苦しくなくてもよい。砂糖は幾つ欲しいかね」
校長は杖を振るうと、ティーポットとカップを現出させた。3名分という事は、寮監の分はないのであろう。
「ありがたいことですが、結構です」
「そうかね」
校長はそれだけを言うと、自分の分だけを注ぎ入れた。
「……報告会と副校長より伺っておりますが、何を報告すればよろしいのでしょうか」
「事実については、概ねスネイプ先生より聞いておる。わしが聞きたいのは、2人がどう思ったかじゃ」
「どう、とは」
「何でも良い。あの夜に思ったことを、聞かせて欲しいのう」
「一生徒の意見としては、ただただ恐ろしい。それに尽きます。マリアがあの場に居なければ、ハーマイオニーはもう写真の中でしか会えなくなっていたでしょう」
「君とグレンジャーさんとが、麗しき友情で結ばれていることは、マクゴナガル先生から聞いておるよ。ボーンさんは?」
「間に合って良かった。それだけです」
校長の眼鏡の奥。透き通った青色が、吸い込まれる様に光っている。校長の声は、鼓膜ではなく脳を震わせるように響く。
「グレンジャーさんは、トロールを倒せば周りに認められると思ったから、単身で立ち向かおうとした、と言っておったそうじゃな。ふむ、確かに筋は通る。じゃが、あのグレンジャーさんが、その様な事を考え、実行するとは俄には信じがたいのう。そこまで考えると、あの場におった生徒達は、グレンジャーさんがそうしようとした理由を知っているか、あるいは理由そのものであると考えるのが、妥当なところじゃろうて」
「副校長にもお伝え致しましたが、名誉の為に申し上げられません。真実はくだらないとだけ申し上げます」
「然り、真実が常に価値あるものとは限らんじゃろう。しかし、君がグレンジャーさんを救ったという事実は、価値のあるものだと思うがのう」
そうだろうか。ハーマイオニーが救われる羽目になったのは、至極くだらない理由だ。結局は、運だった。ハーマイオニーに降り注ぐ、数ある不幸の中で、間に合った事だけが幸運だった。それは、自分にも、ダフネにも言える事。
狩人としての力も、結局は陰惨な業を見せただけの事。
「謙遜せずとも、君は狩人として、すべきことを為したのじゃろう。」
甘い、赦しの言葉。
赦し? 誰に赦しを乞う? 何への罪だ?
待て、今校長は、何についてを語った? 校長の声が頭蓋の中で反響している。五月蝿い。頭の中がざわめいている。言葉にならない音。音にならない言葉。脳をかき乱し、捏ね回し、そこを覗く瞳を得ようとする狂気。
「開心術ですか。不愉快です。
……実に、不愉快であると言わざるを得ません」
「それはすまなんだ」
校長は悪びれる様子が全くなかった。スネイプ教授は驚いた表情をし、ダフネの表情は曇った。
脳を探る音は既に消えた。見破られた為に術を解いたのか、あるいは全てを理解したからであるのか。
瞳とは、上位者と交信する器官。それを脳に求めたのは、上位者の心を知ろうとする試みの一つ。思考無くビルゲンワースの制服を模した様に、医療教会は物理的に脳を探るというあまりに愚かな儀式を継承した。おそらくそれは、開心術に源流を持つ。
「申し上げるものは申し上げます。ですが、それは申し上げられるものに限ります。守ると決めた名誉にかけて」
「では、君の事を聞こうかの。君は加点を求めたと聞いておる。それを踏まえて、お主は純粋な意志で、グレンジャーさんを救ったと言えるのかね。怒りに任せ、敵を殺し、それが恥ずかしい事だから、それを誤魔化そうとして加点を得ようとした。あるいは、誰も褒めてくれないから拗ねて得点を求めた。そうは思わんかね。守るべき名誉とは、誰の為のものだったのかね?」
「それは……」
継ぐ言葉が無い。ハーマイオニーを救おうとしたか。それは、分からない。ただ身体が動いた。それはハーマイオニーを救わんとしたことだったのだろうか。ハーマイオニーが居なくなると寂しいという、自分の為の行動だったのだろうか。父王は繰り返しの果てに女王らを救ったと聞く。それはどの様な想いで為されたのだろうか。校長が指摘する様に、純粋な意志の下に為された奇蹟だったのだろうか。
「それは時系列を混同しています! マリアがハーマイオニーを救ったという事実は揺るぎません。マリアが救おうとした事実も揺るぎません。後に抱いた感情がどんなものであっても、大広間を離れたあの時に、私達が抱いたハーマイオニーを想う気持ちは、誰にも否定させません」
ダフネの言葉には、温かい怒りがあった。だが、その温もりは、刺さった棘の僅かな痛みを際立たせた。加点を求めたあの何気ない言葉は、本当に何気なかったのだろうか。
「グリーングラスさん。君が多くを語るのと対照的に、ボーンさんは黙りこくっている。その意味が分からないわけではあるまいな。ボーンさんは、それを認めているんじゃよ。ポッター君達を詰った様に、自分もまた、子どもじみた反発心で、反省をしていなかったと」
「アレを開心術で覗いたというわけですか。何のためにそんな尋問じみた事をしたかと思えば、こうしてマリアを責める口実を見つける為ですか。浅ましい」
「言葉を慎め、グリーングラス」
「良い、セブルス。開心術で覗いた、それは違うのう。ボーンさんは聡明じゃ。開心術の『か』の字ですぐに心を鎖してしまったからの。1年生で使うには、驚くべき精度じゃった。
答えは、わしはあの場におったのじゃ」
「……ふざけていらっしゃるんですか?」
ダフネの指先は、強く握られ、紅く色づいていた。それを目にしたのは、こうしてただどこを見るでもなく、項垂れているからだ。もう一度校長の目を見てしまえば、全て余すことなくあの青に飲み込まれてしまいそうだった。
「あの場にいて、アイツ等を咎めることもなく、諭すこともなく、あなたはこうしてマリアを責め立てている。一体どういう事ですか? 正直、教育者として狂っているとしか思えません」
「グリーングラス!」
「マリアとアイツらが同じ? 断じて違います! 自らの心を恥じることと、他者への恥ずべき行いを省みない事は違います! 校長、お答えください。あなたはマリアを責めているのと同じ様に、彼らを責め立てたのですか!?」
「しておらん。彼らの行いは既にボーンさんが彼らに気づかせたじゃろう。じゃから、わしはお主らに同じ事をしているだけじゃ」
「あなた何様なの!? 学校の管理者でしょ!? それが校内に侵入した外敵を排除した者への態度なんですか? トロールがハーマイオニーを殺しそうになっていた時、あなたが何をしていらしたかは知りません。他の先生方も同じです。ですがマリアは、確かにあの場所に居たんです。それをなぜこんな言い方をするんです! マリアを責める時だけは教育者ぶって、為すべきを為ささなかったのはあなたじゃないですか! 私は狩人の事を全く知りません。ですが、マリアは狩人としてすべきことをして、ハーマイオニーを救った。それの何が不満なんですか!」
「君らが彼らの理由を無視して、一方的なものの見方をしたからじゃ。もちろん、わしは本気でお主らを傷つけようなどとは思っておらん。じゃが、お主らの一部を殊更に強調すれば、この様にも見えるじゃろう。事実がどの様なものであれ、事実の見方を変えれば、真実はどの様にも変わってくるのじゃよ」
「彼らの理由? 理由があれば、それを認めろと? 私が考える、彼らの理由とは、アイツらがあまりにも馬鹿なだけです! 両親がいないから、貧困家庭の末弟だから、心が育たなかった。だからなんだと言うんですか! それがハーマイオニーが傷つき、死にそうな事になって、それを救ったマリアが不当に貶められる事を仕方ないと言える理由なんですか?」
ダフネは苦しそうに息を吐き、一方で校長は大きくため息をついた。スネイプ教授は形容しがたい表情で壁際に立ったままだった。脚の痛みが増しているのかもしれない。おそらく自分と思っていることは同じだろう。
もう、やめてくれと。
「そうは言うておらん。彼らを貶めるには、君らは彼らを知らないと言っておるのじゃ。わしがお主らの一面を抉り出したのと同じ事を、お主らはしていると言うだけじゃ」
「納得がいきませんし、したくもありません。罪人を非難するには罪を犯せと?」
「それは詭弁じゃ。何故その者が凶行に及んだかを知れと言っておる。復讐であったかもしれんし、自衛の為であったかもしれんし、愛する者を守る為だったかもしれん。それを知ったからといって、彼の者の行いが正しいものであると言う事も出来ぬし、彼の者を赦せと言うつもりもない。じゃが、それを知らずして行いだけを責めるというのは、あまりに浅慮じゃなかろうか」
「アイツらの理由なんて充分に知っています。先程言った通り、アイツらが馬鹿な子どもで恥知らずだというだけです。そしてその馬鹿が起こした事件を解決したマリアが傷つけられている。本来事件を解決すべきであり、生徒の安全に責任を持つべき人間によって。それだけで、私がアイツらを憎み、アイツらの非を詰る理由は十分でしょう。それに、どんなにあなたが薄汚れた誤解をしていたって、私がマリアもハーマイオニーも友達だと思っている事を穢そうとした校長は赦せません」
校長は茶で口を潤すと、先ほどより大きなため息をついた。
「しかし、彼らとグレンジャーさんは、もう友達になっているようじゃ。なのに、お主らが彼らを赦さないというのは、それこそお主らの方が子どもじみているのではないかの。大人というものは、寛容さを得るということじゃよ」
「なら、校長ご自身が寛容さを表してください。マリアに対するこの仕打ちは残酷です。それに、ポッター達がハーマイオニーの傍にいるのは、虐めたままであることが後ろめたいか、それが副校長に露見することが怖いだけでしょう。校長は私達がアイツらを貶めたと仰いました。まさしくそうだったのでしょう。私達はアイツらに、何の罪の気づきも、反省も与えられなかった。アイツらは私達への怒りだけを剥き出していました。そんな連中が、どうして反省して、彼女の友達になったというのでしょうか。友達になるというのは、買い物ではありません。積み重ねです。尊敬を集め、人が集まってくる校長には分からないことでしょうが」
「話は平行線の様じゃの」
「はい。永久に交わらないことを祈ります。それと、個人的なお願いですが、マリアにトロール討伐の点数をください。校長のお考えでは、そんなことよりも私達がポッターとウィーズリーを貶めたことの方が重大な関心事の様ですが、私はマリアがハーマイオニーを救ったという事実を、私達があんな連中と同じだなんて酷い侮辱で上塗りされたくはありません。浅ましいとも、なんとでもお考えください。マリアは学校の為にもなる、正しいことをしたんです。副校長は校長より――」
ダフネの腕を掴み、その言葉を止めさせる。
「いいんだ。純粋な意志ではなかった。気づかなかったが、そうなのかもしれない。気づかなかったという事は、愚かだという事だ。智慧が、足りなかった。ダフネの想いはありがたい。ありがたいからこそ、それだけでいいんだ」
「確かに、それは忘れておったの。スリザリンに20点」
「要らないと申し上げております。あの血に塗れた業を見て、それでも私を友人としてくれる者がいる。それだけが、私が得た勝利です。校長の仰る通り、ハーマイオニーを救う事が、純粋な意志に因るものでない、汚涜されたものであるのだから、それで得た寮杯もまた、汚れてしまう」
「そうは言っておらん。そうして、拗ねた物の見方をすることもまた、子どもらしさじゃよ。本心からじゃが、グレンジャーさんを救ってくれたこと、感謝しておる。そうでなければ、ハリー達が新しい友を得ることもなかったじゃろう」
「要らないと言っているでしょう! なんと言われようと、自らの罪を知ってなお、彼奴らの行いが罪であることは絶対に撤回しません。そんな連中と自分の友人を近づけた。そんな事に加点なんてされたくはありません!」
「……マリア。本当に、いいの?」
肯くと、ダフネは分かったと一言、校長の傍に歩み寄った。
「開心術を使うのなら、私のすることも分かりますよね」
ダフネはテーブルに置かれた2人分のカップを取り上げ、そして床に叩きつけた。
「子どもじみた反抗だという事は分かっています。ですが、子どもにだって、子どもなりの矜持があります。あなたの大切なポッターの様に。
スネイプ寮監。さぁ、25点を減らしてください。『あなたの』生徒である私達が、ここまで侮辱されているのに、あなたは何もしてくれなかった。せめて、これぐらいはして頂けますよね」
スネイプ教授は、その言葉に何の反応も示さず、先ほどと変わらない表情のまま、じっとダフネを見つめていた。
「行こう、マリア。ここにいちゃ、ダメだよ。ダメになっちゃうよ」
手を引かれ、歩き出す。入室時と同じ様に、樫の扉は自ずから開き、閉じた。掌から伝わるダフネの温もりは、焼くように熱い。螺旋階段もまた、同じ様にうねり、2人を運んだ。同じであるはずなのに、どうしてこうも変わってしまったのだろう。
ダフネは大声で泣いた。驕りでなければ、彼女にとって2人もの友人が、理不尽に傷ついた様に感じているのだろう。
だが、それも純粋な意志なのだろうか。友を想って泣くのか、友を想う自分の為に泣くのだろうか。校長の言葉は、見えない心をさらに秘匿する。
校長の言葉は、呪いだった。
校長は個人的に割と嫌いなので、わしは全て知っておるよ感とハリーとグリフィンドール贔屓を強調して書きました。集団の指導者としては優れていますが、教育者としては無能もいいとこだと思います。基本、ハリーをほめそやす事しかしませんし。
不死鳥の騎士団とか、ハリーが罠にかかったのって校長の説明不足だよなと。訳の分からないまま隔離されてお前なんもするなとだけ言われて放置され、友人たちから冷たい態度を取られ、周囲の人からは危険人物扱いされたらそりゃあシンジ君はヱヴァ乗っちゃいますよ。
前話について言い訳をば。
私は原作のトロールあたりを読み返し、「男子2名は反省をしていない」と考えています。その為、積極的にオリ主TUEEEEにする為に彼らをより悪く見せたり、彼らから反省の機会を奪おうとしたつもりではないのです。反省していないのだから書き様がないという事と、単純に私の描写不足と文章力不足です。私の原作読み込みが甘いと言われればそれもまた否定できない事実ですが、まあ長々とした言い訳を聞いてください。
原作では、談話室への帰り道、ハリーはロンに対して「僕たちが鍵をかけて閉じ込めたりしなかったら助けは要らなかったかもしれない」と言っています。ですが、反省していたならば、「僕らがハーマイオニーに酷いことを言わなければこんな事は起きなかった」とロンに言ったはずです。反省していたならば、加点が少ないなどと言うはずはありません。ハーマイオニーが嘘をついてまで自分達を庇っている、という事は既に気づいているにも関わらず、それでいてこの言葉です。つまり、自分たちが庇われないとまずいことをしたという事が分かっているのに、それを省みる事がないという事は、そもそもハーマイオニーの普段の態度が自分達をそうさせたのであって、自分達は悪くないという無意識下の前提が作られている様に思います。
原作準拠としたのは、談話室前トークは原作引用から始まり、彼らの態度からすればこう言うだろうなと思ってのことでした。
原作では3人は特別な体験を共有したから友達になったとあります。ですが、次章ではハーマイオニーが友達になった事の利点を列挙した上で、ハーマイオニーは規則を破る事に寛大になり、優しくなったなどと書かれているので、やはり根本的に原因に対する反省や罪悪感はないのだろうと思いました。ロンはパーティーの最中、ハーマイオニーがトイレに籠っているのを耳にしてバツの悪い顔をすることはするのですが、仮に、ハーマイオニーがトイレではなく自室にこもっていたとしたら、2人とも「パーティーに出てこないなんて当てつけかよ」と思って終わりだと思います。つまり、トロール侵入は、彼らが結果的に死地に追い込んだハーマイオニーを救う事で彼らの成功体験とするという、マッチポンプな展開でした。
原作との違いですが、原作はトロールを気絶させたという実感のある加点だったのですが、拙作の展開では何もないわけですから、自分達はハーマイオニーをこの事態に追い込んだ原因であるという事は和らぐことなく直面するでしょう。その加点への後ろめたさとハーマイオニーへのバツの悪さは自分達が「救おうとした」という事に対する加点であると誤魔化すことで受容しようとするだろうと考えました。そうでもなければ、幼いとはいえ11歳程度の心には負担が大きいでしょう。生育環境が生育環境なだけに、ハリーにせよ、拙作のポッターにせよ、心理的発達はかなり遅れているのは断言出来ると思います。
そういう背景で、マリアに悪し様に言われれば、「全く身に覚えのない、理不尽な暴言を言われた」と感じることでしょう。一般的な1年生が答えられるはずもない質問を投げたスネイプ教授と同じです。「僕らが知るわけないだろう」というポッターの想いは共通しています。最初から寮監にハーマイオニーが居ない事を伝えろよと言われると、ウィーズリーからしてみれば「スリザリンはハーマイオニーが死にかけた事件まで利用して、グリフィンドールを減点させて寮杯を得ようとしている」としか思わないし、ポッターからしてみれば「自分がハーマイオニーを救ったんだと自慢するなんて、なんて嫌な奴なんだ」としか思わない。マリアが結果的にではありますが、副校長の前で彼らの名誉を守ったことや、普段の大人ぶった物言いが崩れる程に焦り、トロールに対して我を忘れる程に怒り狂ったという事実も、今の彼らには理解できないでしょう。
マリアは、幼い故の悪意なき配慮のなさなど知らないし、知ったことではないので、結果だけを見て、2人を責めました。ダフネは妹と接することで、2人の幼さを理解していますが、言ったところで伝わり様がないだろうと諦めました。トロール殺害後の話なのに、ローディングテキストをトロールについてにしたのは、「こいつらヒトの形をしてるけど人の心は持っているの?」というダフネの心を表したつもりでした。
ヘルマンにそう語らせた様に、次があるとは限らない事は、一つのテーマでした。不死鳥の騎士団編はハリーに取り返しがつかない失敗を与える象徴なのだろうと思います。国語のトラウマと名高い、エーミールの名言「そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな」で有名なヘルマン・ヘッセ著『少年の日の思い出』ですが、あの話の根幹もそうでしょう。夏の葬列もそうでしょう。おそらく皆様が抵抗感を覚えるのは、この辺りだと思います。Bloodborneも大筋は人とは何かという事なのでしょうが、取り返しのつかないことというのは一つのテーマになっていると思います。黄泉戸喫、ペルセポネの冥界下りと同じ様に、ヤーナムの血を受け容れた後は、たとえその獣性に打ち勝ったとして、上位者を狩りつくしたとして、ヤーナムに来る前の尋常な人には戻れません。夢に囚われるか、人ならざる者になるかの違いでしかありません。
その上で、繰り返しを繰り返し、その果てのマリアの存在というのが、私がスマホをいじりながら書いた設定の中で無意識に生まれたのだと思います。「ヤーナムって英国の建築様式なのか……ふーん。神秘ってなんだろうなぁ。いつも導きの鋸鉈ブンブンだから気にしたことないや。魔法? 英国、魔法……これだ」というところから、初の物書きを始めました。お話上、お父様を軟体生物にしてしまうと、様々不都合が生じてしまうとか、ガスコイン神父の断末魔から豚モツ抜き少女狩人様はオリヴィアという名前なのではとか、獅子寮2人はなぜ2階にいたのか? など、それこそ取り返しの効かないミスに今更後悔していますが。1話から書き直す事は出来ないので、何かしら設定を考えるか無視しようと思います。
多くの方が指摘されている様に、マリアもまた子どもです。甘やかされて育ってきていますから、ダフネに多少窘められる程度であっても新鮮に感じ、今話の様に校長にこじつけめいた説教をされた程度で酷く落ち込みます。仮に芯が形成されていれば、何を言われようと自らの糧にしようとするでしょうが、今のマリアには全て身を削るヤスリにしか感じられません。狩人の誇りや生き様はともかく、現実的な感覚としては、生きるか死ぬかですから、結局成功すれば良いという誤ったスリザリン的思考が根付きやすくなります。あの局面で爆発金槌を使ったのは、マリアが言い訳しましたが、結局は純粋にハーマイオニーを助けるというものではなく、ヘルマンや校長の言った通りに、マリアの憎しみを解消するという側面もありました。それに、ハーマイオニーがトイレに籠った一因は、マリアとダフネがトイレに連れて行ったからです。トイレにハーマイオニーがいることを知らなかったハリーを責めるのであれば、トロールが侵入してくることを知らなかった2人にだって責任はあるという事になります。マリアは「私たちに絡んでないで、獅子寮で友人を作ったらどうだ」くらいに思っていたのが、まさかここまでハーマイオニーが獅子寮で酷い扱いを受けるとは思いもしなかったので、さめざめと泣いてしまいました。ですが、それも同じことです。知らなかったことで被害者ぶるなと。友人候補程度には思っている相手が、朝食を同寮で食べられない程に疎んじられていると思っているならば、自分は止まり木になれる様に手を差し伸べなさいと。そういう事になります。
大人として叱るならば、相手に何が悪かったのか、次はどうすればいいのかを理解させることです。一方的に、相手が子どもであるか無知であるかのいずれかによって起きた事を論うことは、単なる自分の鬱憤を晴らすだけです。
取り返しのつかない罪を雪ぐには、全てご破算にするか、新しい何かを創るしかありません。幼き彼らにも、大人ぶったマリアにも、新しい機会が与えられて然るべきです。ですが、今ではないと思います。多感な子どもにとって長い数か月の間に築かれてきたいじめにも似た関係を、ただトロールを倒したというだけで仲良くなるというのは、少し無理があると思います。また、ダフネの心情はそれを赦さないでしょう。羽海野チカ著『3月のライオン』の中に、いじめた者を赦したくない、謝った程度で赦される様な事で、友達が転校することになったなんて認めたくない、という下りがあるのですが、心情としてはそれと同じ様なものです。たとえ真にハーマイオニーが彼らを赦したとして、ダフネは彼らの過去を忘れないでしょう。
原作に於いても、拙作に於いても、ハーマイオニーは単に仲良くなったのではなく、彼らより大人になろうと思ったのではないかなと思います。おとなになるって、相手に合わせて自分を演じるっていう、かなしいことなの。拙作においては、ダフネが断じた様に、ポッターらは保身の為にハーマイオニーの好感度を上げておこうという汚れた関係からスタートさせますが、それすらハーマイオニーは見抜いているのだろうと思います。
長々と言い訳をしましたが、彼女ら彼らの成長を見守ってくれたらなと思います。