ホグワーツと月花の狩人   作:榧澤卯月
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クィディッチ

魔法界で熱狂的な人気のあるスポーツ
元はスニジェット狩りから始まったものだ
狩りつくし、それでも狩りを求める魔法族はスニッチを作り出した
まさに、熱狂である



クィディッチ

 その晩、悪夢の狩りは精彩を欠いた。

 豚の突進に轢かれ、メンシスの悪夢どころか、ビルゲンワースにすら辿り着かずに目覚めを迎えた。自分でもあまりの醜態に驚き、呆然としていると、ヘルマンはしばらく狩りを止めろと言う。

 

「何故だ。いや、あまりに不甲斐ない事は分かっている。だが、それ故に修練はやり切らねばならない。何故それを止める」

「マリア。今の君では、何も君の糧とならない。よく頭を冷やせとは言うが、心まで冷えていては成功も失敗も全て無価値だ」

「悪食とて血肉にはなるだろう」

「ならない。水を飲み続けても、痩せるばかりだ」

「うるさい。私が修練をしたいと言うのだから好きにさせてくれ。それと、女性に肥るだの痩せるだのと言うな」

「学校を出ればわがままお姫様というわけかい?」

「ああそうだ、私は友人の危機にすら昏い喜びを覚えるクソガキだからな。だから狩人として無心に狩りを全う出来る様にしようとしているんだ。助言でもなく小言だけなら口を閉じていろ」

「また酷く子どもじみた拗ね方だな。まるで反省していない」

「反省しているから狩人として――」

「いい加減にしろ。自罰的になるのも、我武者羅になるのも、反省ではない。思考停止でしかない。それらは手段の一つでしかない。手段如きに意思を奪われるな。意志を実現する為に思索を巡らせ、手段を選ぶのが人であり、狩人だ。狩人の意志すら忘れた君の何が狩人だ」

「うっさいなぁ! だからモテないって馬鹿にされるんだろう! 君は何度もドロテアを泣かせてきたのを忘れたのか! 反省するのは君の方だろう!」

 

 言葉も崩れる程苛立ち叫ぶと、ヘルマンは大仰に肩をすくめ、溜息を吐いた。

 

「悩み事があると言うから問題点を指摘すると癇癪を起こす。女性というのは度し難い。同じ生き物とは思えないな」

「そうやってさも自分は冷静だという体を装ったところで、慌てているのは分かってるんだよ! ドロテアが泣く度にお兄様に泣きついているのは知ってるんだよ! こういう時に女が求めているのは意見じゃなく同意だって言われ続けたでしょうが!」

 

 あの場で忠告をしたのはヘルマンであり、その忠告は正しいものだった。それを真に吸収できていなかったからこそ、校長の言葉に打ちのめされたのだ。であるならば、ヘルマンに教えを請うのが良いと思った。しかし、彼は教える事なく、ただ仕込み杖を振るうばかりであった。

 自分のことながら甘ったれた考えだと思うが、心も骨も折れた時に必要なのは正しい添え木なのだ。時間に任せてしまえば歪んだままとなり、更に刺激を与えれば折れたままとなる。

 お兄様であれば、悪夢の狩りを一緒に過ごしてくれるだろう。お姉様であれば、茶を飲みながらじっと話を聞いてくれるだろう。ドロテアであれば、彼女の失敗談を話してくれるだろう。ジェラルドは論外だ。

 ヘルマンであれば、厳しくも正しい添え木になってくれるだろう。そう考えていたのだが、ヘルマンは正しい導きにもならず、僅かに残った髄すら砕こうとしていた。

 人形が抱きしめてくれたが、灰血を宿す硬い指には温度が無かった。ダフネの手は温かく、軟らかかった。しかし、あの温もりが事実であったとして、その心が如何なるものかは分からない。ダフネであれば、純粋な意思を持てるのだろうか。仮に彼女が狩人であれば、私心無くハーマイオニーを救う事が出来たのだろうか。こうして友人の事すら、疑念と嫉妬無しに見る事が出来ない。それがこの心の弱さ、心の幼さだと、校長は喝破したのだろう。

 人形でさえ、主人の悪夢の終焉に祈りを捧げ、髪飾りに心を震わせた。血を流すだけで、意思を持たず、無様に感情のまま喚き立てる少女が、クソガキではなく何と言うのだろうか。理解していてなお、この感情を狩る事が出来ない。

 

 ささくれだった気持ちのままに寝床に入ったところで寝られる訳もない。どうせ悪夢の中にいれば現世の時間は経たないのであるから、何をするでもなく、ヘルマンが杖を磨いているのをぼんやりと眺めた。ヘルマンは「泣き出さないだけドロテアよりマシか」だの「今度は奥歯じゃすまないかもな」だの、独り言が激しい。メンテナンスが終わると、ヘルマンの説教が再開された。

 

「何があったかは大体が想像出来る。誰に言われたかは知らないが。言われた事について僕が言えるのは、人の話を鵜呑みにするな、だ」

「それは『クレタ島民は嘘つき』だ、では?」

「エピメニデスのパラドクスの事か。あれもまた鵜呑みにするから起きるパラドクスだ。クレタ島民の大半は嘘つきだとしているだけかもしれないし、宗教、国家、民族、複数ある内のある特定の事物に対して嘘つきだとしているかもしれない。そもそもが、エピメニデスのパラドクスの元は、信仰心からの嘆きを切り取った、何の論理性もない文言だ。切り取られたものを元にしているのだから、前提が隠されている。隠された前提を考慮せずに、ただ表面的な文言をなぞるから理解に苦しむ事になる。

 それに、僕は鵜呑みにするなと言っただけで、否定しろとは言っていない。所詮は人の言う事。感情と論理は不可分だ。いかに論理として正しくとも、その論理の源は人の感情だ。正論が正しく正論であるとは限らない。正論を振りかざす人間の感情が正しく善意であるとも限らない。もっとも、これは君がよく実感したことだろうな」

「話が長い。まとめろ」

「人の話を鵜呑みにするな」

「そのままじゃないか」

「それ以上のことはない。さっさと目覚めて、寝るんだ。明日はディルクとイングリット、それにドロテアの試合だろう」

 

 目覚めて、寝る。言葉にしてみれば奇妙な事だが、こんな生活をもう2ヶ月は続けている。

 

「ヘルマン達は?」

「ジェラルドは出るはずだ。僕は補欠さ。ジェラルドが肋骨を折りやがったから。観戦するなら、厚着していくと良い。選手と違って、風の吹きつける観戦席に座っているだけなのは辛いだろうさ」

「それも鵜呑みにするなと?」

「……早く寝なさい」

 

 

 寮対抗であるのだから、実況を1人の寮生に任せる事は間違いではないか。詩文でも詠んでいる様なグリフィンドール代表選手の紹介と、極めて事務的なスリザリン代表選手のそれ。

 クィディッチを知っていて、その上で興味がない身にとって、同胞たち以外に見所はない。非魔法族生まれにルールを説明すると、誰もが口を揃えておかしいという。それでいて興奮しているのだから始末に負えない。

 もちろん、寮生の一人としても、妹としても蛇寮の勝利を願う気持ちはあるが、それはクィディッチの勝利ではなく寮の勝利に向かうものだ。

 ダフネは「お姉様ーっ! お姉様ーっ!」と絶叫し、武術を嗜むミリセントは無言で魅入っており、パンジーはマルフォイの蘊蓄に聴き入っていた。

 獅子寮の観戦者を見やれば、「ポッターを大統領に!」という意味不明な文言が縫い付けられた横断幕を掲げている。ラスベガスのネオンサインもかくやと色鮮やかに光るそれは、ハーマイオニーが変身術を施したものだという。遠くに行ってしまったものだ。

 

 試合開始。

 猛然と緑の閃光が2つ走った。お兄様とお姉様だ。

「珍しいスタイルです!普段のスリザリンは嫌らしいカウンターの後に得点を奪っていきますが、どうした事でしょう!」

 お兄様がクアッフルを抱え、お姉様はそれに続く。それから、遥か高く、それこそマルフォイの言う、ヘリコプターの飛ぶ高さまで上っていった。あまりの高度と上昇速度に、ブラッジャーも反応する事がない。

「どういうことだ? どういう意図がある? マルフォイ、説明してくれ」

「君の兄君と姉君は最高だってことさ!」

「訳が分からない」

「クィディッチでは、クアッフルをゴールに入れるか、スニッチを掴む事でしか得点がない。ああしてクアッフルがゲームに絡まなくなるとどうなる? スニッチを掴むしか無いんだ。つまり、シーカー対決だ! あの2人は、ポッターを試しているんだ!」

 

 呆然としていた観客達に、理解が伝播する。

 

「汚いなスリザリンさすがスリザリンきたない!あまりにもひきょうすぎるでしょう!」

 

 興奮のあまり、言語能力が著しく低下した実況者が叫ぶ。

 

「卑怯?笑わせるなよ、ジョーダン」

 

 スリザリンのキャプテン、フリント先輩が喉に杖を沿わせ、拡声魔法をかけて観客に語りかけた。クアッフルは遥か彼方にあるのだから、チェイサーである彼にすることはない。悠然とコートの中央に浮かび、観客席を睥睨している。

 

「オレ達は確かに勝つ為にはなんだってする。ラフプレーは当たり前だし、精神攻撃は基本だ。だがなぁ、オレ達はいつだって、ルールブックには反していない!

 ところがどうだ? グリフィンドールの期待の新人は、規則に反して1年生でありながら代表選手だ。規則を曲げて、それでいてなお許される存在。であるならば、紳士たる我らは敬意を払おう。敬意を持って、その能力を見せてもらうとしよう。そう考える事の、どこが卑怯なんだ?

 これを卑怯と考えるオマエの考えが透けて見えるぜ。実戦経験がないから、1年生だから、マグル育ちだから、不利だと考えているわけだ。チェイサーの援護がなければ、グリフィンドールは負けると。

 だがそんなものは関係ない! 才能で特例を認められたんだ! 才能を見せてみろ、ミスター・ポッター!

 この、大観衆の前で! オマエの価値を証明してみせろ! オマエの血に流れる、才能の力を!」

 

 試合展開は一方的だった。全てをスリザリンが支配していた。

 ポッターがスニッチを見つけたかと思えば、すぐにブラッジャーが打ち込まれる。赤毛の双子がブラッジャーにお兄様とお姉様に狙わそうとするも、数百メートルも離れた場所に鉄球を打ち込む術などない。味方のチェイサーを囮にし、ブラッジャーの高度を上げさせようとすれば、ビーターのドロテアがそれを撃ち抜いた。

 

 ブラッジャーは2つある。それらが狙うのは、スリザリンのシーカー、チェイサー、ビーター、キーパーの5名、グリフィンドールはさらにチェイサー2名を加えた7名である。当然被攻撃数が増えるグリフィンドールだが、ビーターの数はスリザリンと同数。防御の手が足りないのは明白だった。

 

「諸君! つまりは、こういう事だよ! グリフィンドール期待の新人は、確かに飛行術には優れていた。それは1年生なら良く知っている事だろう! だがしかし、まるで全然、クィディッチの選手としては、程遠い! だというのに、何故ポッターはクィディッチの代表選手になったのか? 遺憾だが、真に遺憾だが、オレを含め観客はある疑念を抱かなくてはならない!

 教授陣は、ポッターだから代表選手に据えたのではないかと!

 魔法使いとして生まれ、箒に乗る人間なら誰しもが憧れるだろう。代表選手として、空を駆ける自分に! 防御をすり抜け、ゴールにクアッフルを叩き込む快感! 荒れ狂うブラッジャーを殴りつけ、味方を護る充足感! 迫り来るチェイサーとの瞬きすら許されない駆け引き! 勝利に至る、栄光と共に掴むスニッチ!

 さぁどうだ諸君。自分は観客席にいる。かたやポッターは特例の代表選手。随分と差がついたものだ。悔しいでしょうねぇ」

「てめぇ、ふざけた事を言うなよフリント! ハリーは代表選手となるだけの才能がある! 何度も練習を積み重ねてきたんだ! 俺たち選手はみんなハリーの事を信じている! お得意の精神攻撃は効かないぞ!」

 

 ウッドだったか、グリフィンドールのキャプテンもまた、拡声魔法を用いた。

 

「あぁ? ……なぁオリバー。どうして反論した? オレ達がポッターの事を過小評価しているなら、オマエらにとって好都合じゃあないか。ってことはだ、今のオマエの発言は、ポッターが何の事はない、フツーの1年生だって事を暗に認めてるってことだな」

「そうやって胡座をかいているといい! 最後に笑うのは俺たちだ!」

「おたくのポッターは胡座すらかけないみたいだぞ。ヒャハ、ヒャハッ

 ヒャハハハハハハァーッ」

 

 ポッターは暴れ馬に乗るが如く、箒に振り落とされそうになっていた。空中をジグザグに飛び、速度は不規則に加減速している。あれに乗り続けられるという点では、確かに飛行術に優れているのだろう。

 双子が直ぐに近寄り、ブラッジャーから守りつつ、ポッターを飛び移らせようとしたが、双子が近づくと、ポッターの箒はそれに反発する様に高度を取った。

 

「せめてもの情けだ。試合はもう終わらせてやろう」

 

 試合開始からスニッチを目で追い続けていたらしいジェラルドが、フリント先輩の言葉を受けて進みだした。相手が万全の状態でない時に全力を出すのは気が咎める様だったが、このまま醜態を晒し続けるのも酷だと思ったのだろう。グリフィンドール側のゴールポストの根本にある煌めきに飛んで行った。月の僅かな光を反射する水銀弾すら見逃さない狩人の目は、晴れ渡る寒空に輝くスニッチなど、容易に見つけ出すことが出来る。

 ポッターが箒の制御を取り戻したのと、ジェラルドがスニッチを掴むのは同時だった。

 

「呪いを掛けられていたんだ!」

 

 ウッド先輩が20分に亘り抗議し、確かに正常な挙動には見えないとするフーチ教官だったが、スリザリンチームが何かをしたという証拠もなかった。抗議むなしく、結局、0対150点で終着となった。

 何より、フリント先輩の大演説は、グリフィンドール以外の寮に決定的な疑念を与えていた。

 




単に神秘低いマリアちゃんは変身術苦手だろうなって思ったので、ダフネやハー子に煽られるという場面を書いたのですが、あれをこじらせるとこういう態度を取るだろうなと思いました。

今回は完全に娯楽回。
車が壊れた時の電話のコピペはいつ見ても笑えます。
野球に限らず、スポーツ漫画って、プレイ中に声なんざ聞こえないよねって思います。なので、マリアがクィディッチプレイヤーでないのだから、不貞腐れたままただ観戦してたって、なんの面白みもないので、フリント先輩にいろいろインストール。なお、今作戦立案者はヘルマン。作中随一のツンデレキャラ。

渡久地東亜に学ぶビジネス哲学とか出したら売れると思うんですよ。元々ビジネスジャンプの作品だし。ワンピースに学ぶ仲間との仕事術みたいなのあるじゃないですか。仲間って言うと、真の仲間とか1,300円の仲間を思い出す人もいるでしょうが、ポッターが言いたいのは「俺は悪くねぇ!」です。

まぁ、実際あれを言うまではルーク悪くないですからね。精神が未熟で自分が原因であったことを受容できなかったのはハリーもルークも仕方ないですが、ハリーがやったのはアクゼリュス崩落させてなお「俺らもっと褒められて良くね?」とか言っているので、余計えぇ……?って。


またも前話言い訳という名の頭垂れ流し。もうこのスタイルで行った方がいいのかもしれない。

原作で、ダンブルドアの目が強調されるシーンがいくつかありますが、これ絶対(心の中に)入ってるよね……って思いながら読んでいます。妹を失うという取り返しのつかない過去から、ダンブルドアは二度と誤らない様にと、開心術使いまくってるんじゃないかと思います。ハリーに感情移入して読むと、「ダンブルドアはなんて素晴らしい理解者なんだ」って4巻くらいまでは思いますよね。相手の言って欲しい事を言うって、人心掌握術としては基本中の基本。

・ダンブルドアの感情について
げきおこ。
生徒でもクリア出来る程度に難易度調整した上で、絶対にお辞儀勢にはクリア出来ないアトラクションを作って、ハリー・ポッター英雄化計画を進めるくらいのハリー贔屓。
それだけハリーを大切に思っておきながら、護りの為にマグル家庭に預けざるを得ない。そうしてハリーは健全な11歳程度の情緒や論理性が育たなかった。飛行術とその後の箒のプレゼントは、今まで抑圧されてきた為に満たされなかった承認欲求を大いに刺激する。その背景があって、自らの過ちを認められない可哀想なポッターの事を恥知らずなどと言われたら、万象一切灰燼と為す程度の憤怒。この小娘どもはなんと残酷なのかと。
マルフォイ君は典型的スリザリンの性質を煮詰めたものである為、ハリーがそれに対する反感を抱くことは望ましい。しかし、ミス・ボーン達がグレンジャー嬢の友人であり救済者という優位な立場から、一方的にハリーを攻撃したことは悪である。

という感情に基づく、マリア達への攻撃。

ポッターもマリアも大して変わらないのに、マリア達はお前らの罪を自覚しろと糾弾するわけですから、子どもである事を責める事もまた子どもだろうと。ですが、相手がどういう過去を持つ者であれ、友人を傷つけられたのだから、友人の為に怒るという感情は筋が通っている。なので、純粋な意志でなかったという無理筋を通そうとするわけです。

純粋な意志については、自分で読み直していて、すごい無茶苦茶な事を言っているよなぁと思いました。
例えば、仕事。お客様の為にする事を本心から思っていたとして、では、何故仕事をするのかと言われれば、それは生活費や自己実現の為であるわけです。真にお客様の為を考えれば、最低限の持続可能性を保つ程度まで利潤を失えという暴論にも繋がります。
ハーマイオニーを救うにあたり、一切の邪念があってはならなかった。その邪念とはお前の子どもじみた敵への復讐心と承認欲求であると言われると、大人でさえブチギレていい話だと思います。
未だに理解出来ていないんですが、マイケル・サンデル教授の説明です。題材となったのは、スペリングコンテストで審査員のミスによって加点された少年が、真実を告げるという話でした。自らが誠実な人間でありたいという利己心の為に、自らの幸運による勝利を告白する事は、果たして道徳的と言えるかどうか、という論点だったかと思います。
正直、私には眠いから寝る程度しか純粋な意志とその結果にしか至りませんが、肉体的欲求による行為の選択は道徳的ではないとされています。人間に普遍的にある道徳的知性に従うことで道徳的な存在に至るとかいう感じだったかと思いますが、それって宇宙は空にあるんじゃねと僕は訝しんだ。
いずれにせよ、純粋な意志とは容易くは持ち得ない。それ故に、純粋な意志による魔法は非常に強力です。子を想う愛が、死の魔法に打ち勝った様に。もちろん、アバダも乱発出来るような簡単なものではありません。混じり気のない殺意こそが殺傷せしめるのです。お辞儀様の精神は底が浅いので、怒り=殺意として直結していますが、もし、アバダが一般に普及すれば、食品衛生は大きな転換期を迎えるでしょう。生レバー生牡蠣食べ放題です。
その点、自らの幸せな過去によってしか生み出すことが出来ない守護霊はクソザコナメクジ以下です。人は過去に依って成りますが、未来に向かって生きねばなりません。故に、魂の出し殻でしかない吸魂鬼を追っ払う程度しか出来ないのです。その元となった魂が、いかな悪人であれ、それを憐れむくらいはあっても良いではないですか。それをせず、ただ不浄の生き物とするは、英国魔法族の驕りが見えるんですよね。戦争大好きで我らを迫害したマグルと違って、我等は自らの手を汚すなどと言うことはしない。罪人の処理は罪人にさせればよいと。その点、ファンタビで死刑の描写があったのは良かったなぁと思いました。
殺人は魂を引き裂くだの、闇の魔術だの言って皆忌避していますが、それを吸魂鬼にやらせているだけであって、自らが高潔で在りたいが為に、手段はより下衆であります。ですが、自らの手を汚さないという意志は貫徹されている。いかがでしょう、闇の魔術を忌避するという、純粋な意志です。
つまり、純粋な意志は部分を抽出してみれば確かにそれを得られるのです。それはダンブルドアが言った通り、一面だけを見ればそうであるのと同じです。
マリアが友人の為に抱いた怒りや焦り。それだけでみれば、それは間違いなく純粋な意思です。また、ダンブルドアの「そりゃハリー達は酷いかもしれんが、そうなった理由を知りもせんで好き勝手言いおってクソガキどもが。お灸据えてやる」という意志もまた貫徹されています。
これは、リリー・ポッターの護りがそうでしょう。勝気で、ジョックのポッターに言い寄られてもすぐにはなびかない様な女性が、殺人者に息子の命を懇願するのです。全てはハリーに注ぐ愛。
さて、この対になるのは、瞬間的でなく継続的であり、最期にそれが果たされた、セブルス・スネイプです。非道な手段、心を苛む過去、お辞儀様に対する恐怖と崇敬とそれらを裏切るという唯一の意志。それが、リリー・ポッターに向ける愛です。手段としてはストーカーじみていますが、歪んでいたとて殉じる程の想いは純粋な愛の意志です。

私はこうも思います。悩む事こそ、純粋ではなく入り混じる事こそ、人なのではないかと。獣には感情と生存本能しかありません。しかし人は、思い悩み、解決し、あるいは諦めることでそれを糧とし、生きていくのだと。風の谷のナウシカは「精神の偉大さは苦悩の深さによって決まる」としました。

また、イエスもまた人であると思います。イチジクがなっていないから呪うとかあまりにも人間じみた感情です。神を信じ、神の想いに沿った旅路の果て、「エロイ・エロイ・レマ サバクタニ」と、神を疑うわけです。これが、「神のすることだから全て正しい。なので早よ死にます」というルカの福音書にあるものであったらば、人の子として神が十字に架けられるという救いにはならなかったわけです。クリスチャンでない私にとっては、そもそも人間を欠陥品として作った創造主のマッチポンプではないかと思いますが、それはともかくとして、悩む事こそが人たる精神であり、悩むとは内在闘争。つまり、人と獣との境界線です。悩みに抗う事も受け容れる事も諦め、救いを求めるは獣への変態。血を受け容れてしまう事は、人であることの諦めなのです。そうでなければ、輸血液を入れた瞬間に獣に変態するはずですから。

つまり、聖母ダフネです。
ダフネは純粋な意志を否定し、人との関係を積み重ねとしました。その言葉は友人を護る為のただの反論でしかありませんでしたが、それは確かに本質なのです。クレープに餡子を詰めようと生クリームを詰めようと、それはクレープなのですから。ドネルケバブサンドとは違うわけです。
下手に理屈をつけず、自らの瞳で見るからこそ、本質に見えるのです。宇宙を見上げたところで前は見えず、脳の中に瞳があれば頭蓋の裏しか見えません。脳の中の瞳によって見える神とは、単に自らの神でしかないのでは。そんなものよりも、ただ顔に付いた瞳で目の前の相手を見て、それを心で判断する。それがマリアにとってのダフネであったらなぁと。
そのダフネのことすら疑わせてしまう「純粋な意志」とは、確かに呪いの言葉です。

---追記 3/20 02:30頃---
あまりにも校長が酷かったので擁護
ハリーを傷つけたという事に対する怒りは完全に別離させて、「お灸据えたるわ」というのも、本心から教育のつもりです。
持たざるハリーには優しく、持てるマリアには厳しく、という無自覚な線引きがあります。
そして、力を持っているにも関わらず、闇の陣営との戦いに介入しなかった狩人に対しても、狩り=殺害という形でしか物事を解決できない危うさも無意識に忌避しています。
なので(?)、悪意的にマリアを責めるつもりはありません。お前らのやったことってこれだからなと言い放っただけです。なのに、ダフネが激高したので、やっぱお前らも子どもじゃんと思っただけです。

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